33 流川の実力と被追放者のその後
「お前は、流川!」
「悪いけど、止めさせてもらったよ。芳井君」
芳井は流川によって両の拳を掴まれている。必死に振り解こうとしているが、びくともしていないようだ。芳井は流川のロックから逃れるのを諦め、逆に攻撃として流川の横腹を蹴飛ばそうとする。
「なめんな!」
「往生際が悪いね。言っただろう、ここは喧嘩をする場所じゃないと。おとなしくしてくれたまえ」
「がっ!?」
しかし、その瞬間、流川は芳井の拳を握る力を強め、芳井の体勢を崩す。突然自分の拳が万力にでも押しつぶされたように感じた芳井は、攻撃を中断し、その場にしゃがみ込む。その表情は必死に拳の痛みをこらえるような苦痛に満ちていた。
「君では僕には勝てない。潔く大人しくしてもらえないかな」
「く、くそっ、化け物めッ……!」
流川には絶対に勝てないと理解したのか、芳井は力なくうなだれる。
「小野寺君、すまないね、止めに来るのに時間がかかってしまって」
芳井の降伏の姿を確認した流川は、俺に向かって話しかけてくる。どうやらどこからともなく俺を助けに来てくれたらしい。ほとんど決着間近だった気がするが、とりあえずお礼をする。
「あの、ありがとうございます。助かりました」
「……いや、お礼は大丈夫さ。それより何があったか詳しく聞かせてくれたまえ。これでも一応この学校の特別臨時講師だからね、よろしく頼むよ」
それから数分ほど、事の成り行きを流川に伝えた。去年のダンジョンコースで二階堂とその取り巻きが幅を利かせて、横暴なふるまいをしていたこと。ダンジョンコースの最終試験で俺が二階堂達と同じパーティとなり、ダンジョン内で二階堂の私物を取り巻きが消滅させ、その罪を俺に着せたこと。そしてその事実が二階堂にバレ、元取り巻き達が復讐しようとしており、その協力者になるように脅されたこと。要所要所だけかいつまみ、そのすべてを伝えた。
「なるほど、状況は理解した。どうやら僕の思っている以上に問題は広がっているようだ。完全には時間がかかるだろうが、この件に関しては僕が責任を以って対応する」
顎に手を添えつつ、いつものトーンより若干低い声でそう伝えてくる流川。その言葉には強い意志と覚悟が込められているように聞こえた。声を聴いているだけなのに、全身に圧がかかるようなイメージが湧いてくる。
「ところで、小野寺君」
「はい?」
しかし、その圧もすぐに霧散し、軽い口調で流川追加の質問をしてくる。
「君はこれからもダンジョン攻略をつつがなく進めたいかい?」
「それはまあ、そうですね」
「承知した。この件が解決するまでは君もおとなしく、と言いたいところだが、そう返事をするくらいだ。じっとしていられないだろう。少なくとも、今回の芳井君と持林君による君への暴行及び脅迫については『攻略者相互危険承認制度』の採用を以ってなかったことにしたいがどうだろうか。そうすれば君はしばらくの間は自由だが?」
流川の言いたいことは理解した。大いに含意のある話し方だったが、ここは了承するのが吉だろう。というか俺の事情を凄まじく汲んでくれているな。そんな制度があったことなど、俺でさえほとんど忘れかけていた。
「あ、はい。ありがとうございます」
「結構。これからも仲間とともにダンジョン攻略に励んでくれたまえ。それではまた会おう。芳井君、持林君をおこしてくれたまえ。今から職員室に向かうぞ」
「……」
芳井からの返事はないが、すべてを諦めたような表情で、持林を揺すって起こす。そのまま2人は流川に連れられその場を去っていった。
「あっ、もう授業始まってるじゃん!早く教室に戻らないと」
そうしてこの1件に関しては、俺は特に対応することもなく終えることができたのだった。
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その日の夕方、流川は芳井と持林とともに、ダンジョンコース用に作られた講義室の一角で向かい合って座っていた。
「遅くなってすまないね。ちゃんと反省したように見えるから、これから昼間の続きをするが良いかな?」
本日のダンジョンコースの教師としての業務を終えた流川は、昼からこの部屋で待機するよう命じられていた人に声をかける。念のため部屋にはカギがかけられていたが、逃げ出そうとした痕跡は何もないため、しっかり反省しているのだと流川は状況証拠的に2人の心境を推察する。
「はい、だいぶん落ち着きました」
「あの、これから俺たちはどうなるんですか」
2人は少しだけ声を震わせながらそう流川に返答する。攻略者とはいえ、まだまだ学生である2人にとって、部屋に閉じ込められるというのは経験したことがなかっただろう。少しだけ精神的に参っているのかもしれないと、さらなる推察を進める。
「その前に、今の状況を振り返らせてほしい。今君たちは『攻略者が攻略者に対し暴行及び脅迫を行った』としての対応を要求されている。この意味は分かるかい?」
「……わかりません」
「……俺もです」
ばつが悪そうな芳井と持林に、不勉強だなという少々落胆気味の感情を持った流川は簡単に今回の件についての参照され得る法律を伝える。
「一応ダンジョンコースのカリキュラムに『攻略者に関する最新の法律』があったと思うんだけれどね。そこから教えておこう」
まず、攻略者の犯罪については、2年前に日本ダンジョン委員会(JPDC)の委員長である佐藤美咲の進言により、それまでの法律とは異なるものが適応されるように国会で可決された。すでに施行もされており、攻略者から一般人に対する犯罪の大半が通常の倍以上の罰金や実刑が課されるようになる一方、攻略者間での犯罪については、両者の同意があれば一定の犯罪はなかったことができるようになった。
もちろん悪用厳禁だが、今回は小野寺の了承も事前に確認しているので、『攻略者相互危険承認制度』が適用できるようになっている。まだ整備が甘い部分もあるが、この制度のおかげで攻略者間のごたごたによるダンジョン攻略の進行が停滞する事態を可能な限り排除されている。
「つまり、小野寺君から『攻略者相互危険承認制度』で被害者の立場として、それでも問題を無かったことにしていいという了承を得ている。もちろん同じことをすれば、今度は了承を得られず本当に逮捕されてしまうだろうがな」
「も、もうあんなことはしません!」
「そうです!俺たちの考えが甘かったです。もしあのまま進んでいたら二階堂さんに仕返しをできたとしても、その家族からさらなる仕返しがあったと思うので」
自分たちの計画の甘さを十分理解したのか、2人は冷や汗をかきながら反省の言葉を繰り返している。おそらく昨日時点で二階堂からパーティから辞めさせられ、そしてすぐには冷静になれずにあんなことをしてしまったのだろうと理解する流川。
とにかく、今回の件はなかったことにできそうなので、小野寺との約束を守れそうと一安心する。
流川は時間を確認し、最後に2人にこう伝えた。
「本当なら二階堂君も含めて今回の件は決着させたかったが、君たちの言っている通り、二階堂家の権力は並大抵のものではない。二階堂君、そして小野寺君とも今後はできるだけ関わらないようにしてほしいね。ただ君たちの言い分もわかっているつもりだ。今後、君たちが改心し、攻略者として名を上げていけば、次はダンジョンを攻略することもあるだろう。その時はぜひ力を貸して一緒にダンジョンに行こう。それではな」
「は、はい!ありがとうございます!」
「こんな俺らにも優しくしてもらって感謝しかないです!本当にありがとうございました!」
いつの間にか尊敬のまなざしを向けられつつ、流川はその場を後にしようとする。すると、何かを思い出した芳井は声を上げる。
「あっ、そういえば」
「なんだい?」
「さっき流川さんは小野寺に仲間と一緒にダンジョンを攻略していけって言ってましたけど、あいつは確かソロでしたよ、なあ持林」
「そうそう、あいつダンジョンコース受けている時からずっと一人で。多分今もソロでダンジョン攻略しているはずですよ。前見たんで」
「……そうか。いや、貴重な情報ありがとう。てっきり仲間がいると思ってたのだが」
「あいつ仲間がいるっていっつも嘘ついているからな」
「今日も言ってたし、前も教室でも言ってたよな」
「ダンジョン攻略は基本的に3人以上のパーティを組むことが推奨されている。低レベルのダンジョンなら問題なくても、ダンジョンレベルが上がるにつれ、1人での攻略は自殺行為になっていく。情報ありがとう、次小野寺君と会った時には注意しておくよ。ではな」
流川は昼間の小野寺の強さを思い出しながら、それでもダンジョン攻略を1人でするなど愚の骨頂だという結論に至る。世界規模で見てみれば、確かにトップランカーと呼ばれる攻略の最前線にいる攻略者の中には、単騎でダンジョンレベル30をクリアする者もいるが、それはあくまで例外中の例外だ。
流川の目には新人攻略者として十分優秀そうに見えた男の評価をもとに、どこかのパーティにでも斡旋しようかと思うのであった。




