26 上山田ダンジョン その1
「はあー、いいもの見れたな」
博多駅前のダンジョンイベント用の特設会場では、未だ熱が冷めやらぬといった雰囲気だ。
すでにJPDC委員長も司会進行の人も撤収しているが、しばらくは収まることはないだろう。
かくいう俺もその一人であり、博多駅のモニターに映っている『博多ダンジョン』攻略中の『宵の明星』クランパーティの攻略生放送を眺めながら、ダンジョン熱が沸き上がっているのを感じている。
「どうしよっかなあ。今日はもう帰るつもりだったけど、あんなの見せられたらダンジョンに行きたくなっちゃったじゃん」
最近マッピングをしなくなり、常に充電が有り余っているスマホを開き、カレンダーを確認する。今日は4/3で、高校1年生と高校2年生の間の春休み中だ。4/6には始業式と普通の授業が始まるので、春休みは今日を含めてあと3日である。
俺は財布の中身と残り時間、そして自分の心に問いかけ、これからの行動を予定から大きく変えることを決意する。
「ダンジョンレベル5, 6, 7を残り3日でクリアするか」
俺の頭の中には現在日本で見つかっているダンジョンの情報が入っている。ダンジョンレベルはいくつか、どこにあるのか、どんな魔物やダンジョンボスが出現するのか、どんなドロップ品を落としてくれるか。それらの情報を整理し、4/3, 4, 5で少し離れた場所にあるダンジョンに挑むことにした。
それにステアにも聞きたいことがいっぱいあるしな。
とりあえず、レベル5のダンジョンに向けて博多駅から出発することにした。時刻は午後3時を回ったところだった。
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2時間ほどかけ、電車やバスをいくつも乗り継ぎ、場所は福岡県の中ほどに位置する上山田に到着した。上山田にはレベル5のダンジョンが出現したが、かなり辺鄙な場所なので、あまり攻略者が来るようなところではない。ただ、隣の県にあるダンジョンレベル6, 7を攻略するにあたり、ちょうどその中間地点にあるこのダンジョンは、今は非常に好都合だった。
到着したバス停から、小道へと入り、そのまま山道をえっちらおっちら登っていく。しばらくすると山中には似つかわしくない白の建物が現れる。いつものダンジョンを管理する施設だ。自動ドアを通り抜けると、他よりも少し窮屈そうな受付が目に入る。やはり人があまり来ないような場所は予算が減るのだろうか。
「あ、ダンジョン攻略される方ですか?」
なんて失礼なことを考えていると、受付の人は俺が来たことに気づくと声をかけてくる。
「はい、そうです。今日はまだ入れますよね?」
「はい、問題ございません。……念のため伺いますが、お一人でダンジョン攻略を?」
「んー、まあ、一人ですかね。あ、これ、攻略者証明書です」
ステアのことを思い出してどう答えるか迷うも、どう見てもひとりしかいないので素直に肯定しながら、手早く証明書を渡す。
「承知しました。攻略者証明書ありがとうございます。こちら生存報告デバイスです。それではお気をつけて」
受付の人に見送られながら、上山田ダンジョンへと足を踏み入れる。過疎っているせいか、いつも通りダンジョンに入るだけなのに、やけに注目されて少し気恥ずかしい。だが、誰かに見送られるというのは思ったより悪くなく、少しだけ安心した。
視界が黒に染まり、いくばくか経って明るくなる。無事ダンジョンに入れたようだ。ダンジョンの風景はいつも通り、普通の洞窟が広がっており、目の前にはちょうど矢印も浮いている。
「次は『上山田ダンジョン』を選んだんだね。それじゃあさっそく――」
「ちょっと待ってくれ。ステアに聞きたいことがいくつかある」
再開早々ダンジョン攻略を開始させようとしてくるステアを制止する。俺は何も言っていないのにここが『上山田ダンジョン』であることを認識していたステアに対し、やはり何かしらの謎があると得心する。何をどこまで知っているのか、それを今のうちに問いただしたい。
「ステアはいったい何者なんだ。ダンジョンについて、何をどこまで知っている」
「ふふ、ようやく聞いてくれたね、知識人君。普通、僕みたいな存在が現れたら真っ先に聞くことでしょ?なのに、すぐ……ではないけど受け入れて僕の力を有効活用している。ちょっと正気を疑ったね」
やや言葉の節々に棘があるような気もするが、あちらも正体の開示に乗り気なら甘んじて受け入れよう。
「つまり説明してくれるのか?ステアはあまりに色々知っているように思えるからな」
「……いや、今決めた。君にはなーんにも説明しない!僕はただのナビゲーターだ。僕もどっちかって言うと、今までみたいなやり取りの方が好きだったり、するかもね」
「ええー」
若干歯切れが悪いが、どうやら情報開示はたった今なしにするつもりらしい。さっきの乗り気は何だっただろうか。俺はブーブーと文句を垂れたい気分になる。そんな俺に対し、何か返答でも待っているのか、ステアから何か期待に満ちた視線のような何かを感じる。矢印はあっちを向いているのだが。
少しだけ言葉に詰まる。今ここで俺がそれでも情報が欲しいと言えば、ステアは教えてくれるのだろうか。それとも――
「……分かった。じゃあそれでいい。ステアにはだいぶ助けられているからな。これまで通り階段までの案内と、会話相手になってもらえればと思うよ。好きな時に好きなように話をしてほしい」
少し照れ臭くなるも、どうやらそれがお望みなのだから、俺はちゃんとそう伝える。それに俺はただの攻略者だ。いきなり真理を求めすぎても良くないだろう。どこぞの海賊もそんなことを言っていた気がするし。
「!ありがとう!こちらこそこれからもよろしくね。……もしかしてだけどぉ、タロウマルも割と僕と話すの嫌じゃなかったりするのぉ??」
「まあ嫌ではないな」
「えぇ?え、あ、そう。ふぅん、そうなんだ……。じゃ、じゃあさっそくダンジョン攻略を開始だよ」
「オッケー」
まだ若干切れが悪い気もするが、その張本人であるステアも開始と言っているので、俺は矢印の向きの通りに走り出す。聞きたいことは山ほどあったが、まあ今はこれでいいだろう。なにも気にしない風を装いながらダンジョンを駆けていった。
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しばらく進むと長い一本道に差し掛かる。速度を緩めず移動していると、1匹の魔物が見えてくる。『ウルフストレイズ』だ。俺の走る音に気づいたのか、ウルフストレイズはこちらを振り返すと即座に俺から逃げるように去ろうとする。
「仲間を呼ぼうとしているな」
「どうするの?」
「一応行先は同じ方向だからな。仲間を呼ばれる前に倒す」
目測で20メートルは離れているウルフストレイズ。その後ろ姿を見据え、腰のナイフを抜いてナイフの重心近くを逆手に握る。走りから助走へとステップを変え、まるでやり投げのようなフォームでナイフを一気に投げ抜く。そのナイフは一寸もブレずに、微かに山なりの軌道を描き飛んで行き、あっという間にウルフストレイズの後ろ脚に刺さった。
「ガウ!?」
ウルフストレイズはいきなり受けた攻撃に理解が追い付かないのか、驚きの表情をしながらその場で転倒する。その足では颯爽と走ることはもうできないだろう。すぐに追いついた俺は大金槌を掬い上げるように振り、ウルフストレイズを光の粒子へと変えた。
運よく魔石もドロップしたので、ナイフと一緒に拾っておく。
「んー、相変わらずすさまじい投擲技術だね」
「もっと褒めてもいいんだぞ?」
「すぐ調子に乗るよね。少しは謙虚さを身に着けたらどうだい?そしたら友達の一人くらいできるよ」
「べ、別に友達位いるし……」
「ダ・ウ・ト」
「うるさあああい!いいからダンジョン進むぞ!」
くそ、変なこと言わなければよかった。ステアのやつ、さっきまでしゅんとした態度だったのにすぐこれだ。今からでも諸々前言撤回できないか考えていると、突き当りの曲がり角から新しい魔物が出てくるのが見えた。
「連戦だ!いったん止まるぞ」
「はーい」
角から現れたのは青いジェル状の見た目をした魔物だった。一見『スライム』にも見えるが、以前百道浜ダンジョンで遭遇したスライムより一回りほど大きい。
「『スライム・ダブル』だな。1匹だけなら、さすがに大丈夫だろう」
『スライム・ダブル』はスライムと異なる点がいくつかある。
まず、打撃が少し効きにくくなる。とは言っても、今の俺のステータスやスキルを考慮すれば『ふれいるすいんぐ』で1発だろう。
次に、攻撃性が発現する。スライムは天井から落ちてくることしか攻撃手段がなかったが、スライム・ダブルは積極的に敵の穴に入り込む攻撃をしてくる。人間でいえば、鼻や口、耳などにジェル状の体を送り込み、そのまま窒息などで命を奪うのだ。かなり怖い攻撃手段である。
そして最後の特徴が真っ二つにすると2匹の『スライム』に分裂することだ。特に斬撃攻撃を与えると発生する。大金槌の攻撃だとおそらく発生しないとは思うが、注意するに越したことはない。
「先に攻撃を当てる!『ふれいるすいんぐ』!」
スライムダブルが不規則に体を変形させながら、俺に近づこうとする。しかし左程でもない速度なので、こちらから先制攻撃することにした。一気に加速し、大金槌で攻撃スキルを発動させる。バシャっと小気味いい音とともに、俺の攻撃を避けられなかったスライム・ダブルは光の粒子となって消滅する。
「ドロップはなしか。まあ先に進もうか」
「……んー」
「どうかしたか?」
「いや、何でもないよ。ほら、さっさと進みなよ」
「はいはい」
何やらステアが言いたげだったが、軽くあしらわれてしまう。それなら気にしないことにし、俺はダンジョンを進んでいった。




