23 住吉ダンジョン その4
「何か言うことは??」
「大変申し訳ございません」
住吉ダンジョン攻略開始早々、俺は平身低頭で謝罪の意を述べていた。
2日前に住吉ダンジョンで『すてあさーち』なる特殊スキルを得て、その凄まじい効果ゆえに溺れそうになるも、冷静沈着な思考と引き際を弁える潔さを発揮し、何とか破滅ルートを回避した直後、『すてあさーち』の効果だと思っていた矢印が喋りだし、気まずい雰囲気に耐えられなかった俺は丸1日ぼけーっと過ごし、その次の日にのこのこと住吉ダンジョンにやってきた次第だ。
2日前に起こった現象は、あわよくば俺の幻覚であってほしいと思いながら、住吉ダンジョンに一歩入った瞬間、このような状況になっている。
「……ふんっ。もし謝罪じゃなかったら、僕でさえどうなるかわからなかったよ。ったくもぉ、謝るなら最初から逃げるんじゃないよ」
怒ってはいるのだろうが、俺からはただ矢印が階段の方向を向いているようにしか見えないこの謎すぎる状況に、早くも頭が混乱し始める。何で俺は矢印と話をしているんだろうか。
「で、間が空いちゃったけど、君!なんであの時ダンジョンボスに挑まなかったの?ビビっちゃったの?(笑)」
そしてなぜ煽られているのだろうか。あの時は自分の体調とステータス、そして足元を掬われないよう念には念を入れるために引いたのだ。決して情けないわけでもビビっているわけでもない。
「俺なりに色々考えた結果だ。慢心することなく、思考の積み重ねと自己分析を徹底して、あの結論に至ったんだ。残念だが、えー、と」
「僕のことは好きに呼びなよ。名前なんて無いもん」
「そうか、じゃあ矢印くn」
「死ね」
「……ステア君が思っているような臆病者なんかじゃないんだ」
物凄い暴言を吐かれた気がするが、気のせいにしておこう。それに今回は、前回攻略できなかった無念を晴らすために来たのだ。昨日はしっかり食事と睡眠をとり、『博多ダンジョン』を攻略している攻略者の生中継を見るのを諦めてまで体を労わることに注力した。さらに今日は魔石を食べるのを控えて、きちんと朝昼夕と食事をとることにしている。万全な状態で住吉ダンジョンを攻略しようとしている俺に、茶々を入れようとしてくる矢印を相手にしている暇などないのである。
「ふーん、言うじゃん。魔石を食べて死にかけていた人の発言とは思えないけどねぇ!思考と自己分析?事故を積み重ねても事後分析しかできないじゃん?んー??」
お、落ち着け。何でそんなことを知っているのか問いただしたいが、相手は無機物かどうかも怪しい存在だ。ここはあくまで穏便に、まごうことなき人間の俺が寛大な心を見せねば――
「ん?黙っちゃったねぇ。図星だったぁ?」
その矢印の奥に、ニヤニヤとした何かが見えた気がする。そして同時に俺の中の何かが吹っ切れた気がした。
「いいだろう。どうせ今日ここのダンジョンボス『グリーンロック』を倒す予定だったんだ。最速で俺を最奥まで案内してみろよ。人様を煽るだけ煽って、自分は知りませんは通用しないぞ?」
「んふ!言うじゃん!それじゃあ君の本気を見せてみて、よーいドン!」
ステアの合図とともに俺は駆け始めた。今回ばかりは手を抜いて走る気はない。浮かぶ矢印改め、ステアの案内に従い、迷路のように入り組んだフロアを進んでいく。右に左に、おおよそステアの向きに沿う形でほとんど全力疾走で走り続ける。
念のためスマホでマッピングツールは起動しているが、ほぼ出番はないだろう。一昨日『すてあさーち』を手に入れてからは、その後の攻略はあっという間に終わってしまった経緯故だ。
「そう考えると、このスキルは本当に出鱈目な力を持ってるなあ」
「何?考え事?余裕だねぇ」
ぼそっとつぶやいた独り言に目ざとく口をはさんでくるステア。そんなステアに対し、鼻息を鳴らして答える。
「言ってろ。俺の予測が正しければもう間もなく、あの突き当りのT字路を左に進めば2階層への階段がある」
左右に道が分かれるT字路に到着するや否や、左の通路の先へ迷わず進む。その奥には階段と湧き水の小さな泉が見える。少し岩肌がごつごつしていて見通しが悪かったが、確かにセーフゾーンがあると確認できた。
「ほらな。言ったとおりだろ?」
「ふぅん。ちなみにどうやって分かったか聞いてもいい?」
俺が自慢げにそう言うとステアはまるで何もわかってない子供のような口ぶりで問いかけてくる。自然すぎて本当にわかっていないのかと思ったが、俺は素直に答える。
「お前の向きを見てたからな。あのT字路に近づくにつれて明らかに矢印の示すが左に曲がっていった。だからT字路に着くころには真左に向いて、その先に階段があると思ったんだよ」
ステアは意外と存在感のある矢印だ。走りながらではあったが、徐々に左に動いていけば嫌でも目に入る。案内役としては非常に優秀な奴だ。
「僕を見てたからなんだねぇ。うんうん、そんなに僕のことを見ていたなら、そりゃあ階段の場所くらいわかるよねぇ。か・い・だ・んはね」
「何が言いたい?」
セーフゾーン目指して走りつつも、なぜか意味深げに話しかけてくるステア。お前が聞いてきたんだから答えたんだろうが、と言い返そうと思った直後。
「「ギャギャギャ!」」
「なっ!」
岩肌で見えにくかったが、通過しようとしてた岩の陰からゴブリンが2体現れ、俺の顔面目掛けて棍棒を振ってくる。咄嗟のことだったが腕をクロスして顔面への直撃だけは防ぐ。腕と棍棒がぶつかり合い、ガンッと大きな音が鳴るがそのまま走り抜ける。当たり所が良かったのか、腕はそこまで痛くない。
「くそっ、見えなかった!」
「やっぱり。だと思ったよ。こんな奴らも見落とすようじゃあ先が思いやられるねぇ」
はあとため息が聞こえてきそうなほど生意気に貶してくる。しかしゴブリンを見落としていたのは事実なので、何も言い返せない。思えば、ゴブリンは強くはないが、多少知恵が働く魔物だ。それにとんがっている耳は普通の生物よりもより遠くの小さな音まで拾える。おそらく俺の走る音や話し声を聞いたうえで、岩陰に潜伏していたのだろう。
ん?ということはステアがいるから見つかったんじゃないのか?ステアがいなければこんなに全力疾走することも、ダンジョンで堂々と話をするなんでないわけで。
「……まあいい。もうこんなミスはしないからな。それにステアもあえて煽ってきたんだろ。言外に階段以外も見ろ、魔物がいるんだぞってな」
「なっ、うるさいよ!な、何変なこと言ってんの!わーわー!そんなわけないじゃん!」
急に怒り始めたステアは無視し、そのまま2階層へ駆けていく。変なとこでしっかりと俺のことを気にかけてくるせいで、気が散ってしまう。両手で頬を叩き、今度はステアや階段以外にもちゃんと周囲を注意しながら、到着した2階層をさらに奥へと進んでいくった。
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「お、6階層に続く階段が見えた」
攻略開始から1時間。何度か行き止まりに引っかかてしまったが、それでも本来出くわす行き止まりの数に比べたら文字通り桁が違う中、魔物ともほとんど会敵せず、ダンジョンボスのいるフロアへ続く階段を見つけた。圧倒的な速さで住吉ダンジョンを攻略してきたが、こうも早いと感動よりも呆気なさが出てくる。ただ慢心はもうしない。今の俺は体調万全でフルパワーを出せる絶好調状態だ。
「まあまあだね。僕がいるんだから道なんか間違えないでほしいよ」
「やかましい。ステアが思い切り行き止まりを指していたせいだろ」
「はあ!?どう見ても階段の方を指してたでしょ!意外と近いな(キリッ)とかやってたでしょ!」
「してねえよ!」
「ゴオオオォォォ!!」
6階層に続く階段を登りながら喧嘩しているといつの間にかダンジョンボスのいるフロアについていたようだ。一旦ステアのことは無視し、大金槌を構える。
「まあいいよ、せいぜい僕にカッコいいところでも見せられるよう頑張ってね。『グリーンロック』は硬いボスだけど君には朝飯前のはずだからねぇ」
ステアのことは無視する(二度目)。
とはいえステアの言う通り『グリーンロック』はダンジョンレベル10以下のダンジョンボスの中ではトップレベルに硬いのは違いない。薄く淡い黄緑色に光る浮き上がった巨岩と形容するしかないその魔物は文字通り岩のような硬さを誇る。しかも多少日々を入れたところですぐに修復してしまう回復能力も持っている。その分動きは非常にゆっくりではあるが、下手に長期戦に入ってしまうと非常に厄介な相手となっている。
しかし今の俺にとっては造作のない相手のはずだ。大金槌を長く持ち、柄の先端を強く握りしめる。大きく振りかぶり、大金槌を後方へと伸ばし、目だけは『グリーンロック』をしたたかに見据える。
「ふぅん……」
先手必勝。最大火力。『ふれいるすいんぐ』。
それが最速最短の勝ち筋だ。
「『ふれいるすいんぐ』!!」
攻撃スキルの名を唱え、体と腕を連動させて大きく大金槌を振る。遠心力も乗ったそのスイングはゴオオオと低い風切り音を放ち、振り終わる直前に飛行物体へと変わった。
「ゴオオオオオ!!!」
俺の手から離れた大金槌は圧倒的な速度と破壊力を打ちにとどめ、ほとんど回転することなく、『グリーンロック』の中心部へと命中した。その瞬間、ドゴオオオオ!とけたたましい衝突音とともに『グリーンロック』の体が破裂し、間もなくただの岩の塊となったそれは落下し終わる前に光の粒子となったのだった。




