22 住吉ダンジョン その3
触れようとしても触れず、半透明で奥の景色が透けて見える、ザ・矢印の形をしている謎の物体(?)をつぶさに観察する。少し左右に動いてみるとその矢印も一緒に動く。まるで影のようだ。しかし後ろを振り返ると、その矢印はついてこない。まるで常に同じ方向を指し続けているかのように――
「比喩じゃなくて本当に指し続けている?」
試しに縦横無尽にその場を動き回る。逆立ちしたり、回転したり、横になったり。いろいろ試してみて分かったが、どうやら常に同じ方向を向いているようだ。俺がその方向とは反対側に歩いていくと、矢印は視界から外れ、俺の後頭部の後ろ辺りに浮いて後方を指すようになる。もちろん矢印の方向に進んでいるときは視界内で前をずっと指している。
そしてその矢印が常に向いている先にあるのは、次の階層に進む階段だった。
「んー、たまたま俺が幻覚を見ているっていう可能性は、さすがにないか。ステータスオープン」
ステータスカードを出して確認すると、見たことのない特殊スキルが書かれていた。
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なまえ:小野寺太郎丸おのでらたろうまる
とし:16
しゅ:ひと
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ついかこうげきりょく:249(+75)
ついかぼうぎょりょく:230(+76)
まなりょう:147(+49)
ついかいどうそくど:200(+80)
ついかまほうこうげきりょく:188(+71)
ついかまほうぼうぎょりょく:307(+99)
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ふれいるすいんぐ
ついかこうげきりょく1.1ばい
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あじゃすとうぉーく
わーどらんげーじ
すとろんぐあーむ
すてあさーち
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さいだいだんじょんれべる:4
だんじょんこうりゃくりれき:『すみよしだんじょん(4):2かい』
『こくらえきまえだんじょん(3):4かい』
『こくらえきまえだんじょん(3):5かい』
『ここのえだいがくあとちだんじょん(2):5かい』
『ここのえだいがくあとちだんじょん(2):5かい』
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「ははっ、はいはいはいはい。なるほどね。『すてあさーち』君。君ですね。わっかりやすい名前してんのな」
こんな矢印が出た原因が一瞬で分かり、つい失笑してしまった。これまでの特殊スキルとはわかりやすさが違いすぎる。
ウォークと書いてあるのに走らなければ効果のわからなかった『あじゃすとうぉーく』。
未だ何の効果かわからないままである『わーどらんげーじ』。
効果の全容が不明でいつか本腰を入れて調べようと思っている『すとろんぐあーむ』。
それらに比べ『階段の位置が分かる矢印が現れる』という一目でわかる効果の『すてあさーち』君。
「うーん、まあ先に飯食ってダンジョンクリアしてから考えるか。『すてあさーち』を試しがてら次の階層に行こう。寝ている間にステータスもかなり上がったしな」
空腹を訴える胃を鎮めるため乾パンとジャーキーを味わうことなく一気に食べる。荷物の整理と防具の着用を済ませ、痛む体に鞭を打ちながら3階層へと向かった。
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それからわずか30分後。俺はダンジョンボスが待ち構える6階層に続く階段のあるセーフゾーンまで来ていた。1階層攻略かかった時間はたったの10分程度。ジョギング程度の速さなので、距離にしてみると3,4キロメートルというところだ。
階段前で立ち止まっていた俺は、この異常さにようやく現実が見えてきた。
「やっぱり寝起きで頭回ってなかったなあ。そりゃそーでしょ。階段の方向が分かったうえで走っても疲れないとか、フロア攻略の速度10倍くらいになるでしょおおおお!」
最近セーフゾーンで叫ぶことが多くなっている気する。ただ、この現実にはツッコまずにはいられない。これまでのダンジョン攻略の常識がひっくり返る事態だ。少なくとも罠の心配のないダンジョンレベル30まではあっという間に攻略できてしまうだろう。
しかし、そこで俺の理性が働く。こんなうまい話、絶対何か裏があるだろうと。目の前に浮かぶ矢印を無視し、少し考え込む。あれはどうだこれはどうだと、思いつく限りのデメリットを探していく。
「あ」
そして、とても初歩的な見落としに気づいた。
「多分俺の予想が合っていればこれが最大のデメリットじゃん。ステータスオープン」
ある大きな見落としに気づいた俺はおもむろにステータスを確認する。
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なまえ:小野寺太郎丸おのでらたろうまる
とし:16
しゅ:ひと
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ついかこうげきりょく:252(+3)
ついかぼうぎょりょく:234(+4)
まなりょう:148(+1)
ついかいどうそくど:202(+2)
ついかまほうこうげきりょく:189(+1)
ついかまほうぼうぎょりょく:309(+2)
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ふれいるすいんぐ
ついかこうげきりょく1.1ばい
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あじゃすとうぉーく
わーどらんげーじ
すとろんぐあーむ
すてあさーち
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さいだいだんじょんれべる:4
だんじょんこうりゃくりれき:『すみよしだんじょん(4):5かい』
『こくらえきまえだんじょん(3):4かい』
『こくらえきまえだんじょん(3):5かい』
『ここのえだいがくあとちだんじょん(2):5かい』
『ここのえだいがくあとちだんじょん(2):5かい』
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およそ30分ぶりに見る自分のステータス。当然、その値はさっきのものとほとんど同じだった。
そう、これが俺が思い至ったとてつもなく大きなデメリットである。いくらダンジョンレベル4とはいえ、30分で得られるステータスの合計は20やそこらだ。最短距離で進んでいるので、今までの攻略と比べて移動距離や戦闘が目に見えても減る。
もし調子に乗って、次々ダンジョン攻略していけば、いつかステータスが足りなくなってしまうだろう。取り返しのつかない状況になってから気づくような厄介極まりないデメリットである。
「あぶな、やっぱり冷静さが一番だな。確かにフロアの攻略スピードが上がるけど、逆にダンジョンボス倒せませんじゃ本末転倒だよな」
俺は目の前の6階層に続く階段を一瞥だけしてから来た道を戻る。危うく実力不足のまま、突っ込んでしまうところだった。今ならまだ引き返せるし、そこらで魔物と戦って経験を得るのもいいだろう。
直前で踏みとどまった自分をほめつつ、俺はその場から離れようとした。
その時だった。
「はあ~?ここまで来たくせに帰るの?なさけな(笑)」
「ふぁ?」
俺の背後から声が聞こえた。気配なんてものは微塵も感じなかった。
もちろん一人パーティの俺に仲間はいない。それなのに俺以外の、どこか幼そうな印象を受ける少し高めの声が聞こえた。
俺は情けない声をあげながらも、大金槌に手を伸ばしていた。それは危険に備えるためか、それとも馬鹿にされた気がして怒りが湧いたからか、どちらにせよ、異常な事態に対しての反応ではあった。
「おいおい!そんなもんでどうすんの?もしかしてそれで僕をやろうと思ってんの?」
急いで後ろを振り返るも、そこには人影一つない。ただ半透明の矢印がふわふわ浮いているだけで――
「誰だ!」
「は?まだ分からないの?目の前にいるのに?君の眼は節穴なのかい?」
先ほどからやけに棘が含まれている言葉を浴びせられながらも、辺りを見渡す。しかしというか、やはりというか、矢印以外何か変なものはない。幻聴かと疑うが、それにしてはやけに明瞭な声だ。やはり俺のほかに誰かが――
「まだ変なこと考えてんの!?いいから早く現実見なって、なあ」
もし姿が隠せる敵なら今の状況はとてもまずい。いずれそんな魔物と戦うことは考えていたが、この段階で出会うとは思いもしなかった。隙は見せないよう気を引き締め、大金槌を強く握りこむ。
「おい!そろそろ怒るぞ!目の前にいるだろ!いい加減構えよぉ!」
「……え、えーと。もしかして矢印、さん?」
「そうだよ!なんでそんなに無視するんだよぉ!ここまで送ってあげたのにぃ!」
いつの間にか聞こえていた声が震えだしており、まるで泣き出しそうな雰囲気を感じる。うすうす思っていたが、まさか本当に矢印が喋っているとは。ここ最近で一番の異常事態に直面し、困惑する。
「……おい、君。なんか言えよ。僕が話してるんだぞ」
「いや、普通の人なら、普通矢印が喋るなんて、思わない、わけで。なので、はい。……」
「……」
「……」
なぜかジト目で睨まれているような気分になりながら、気を使って一言ずつ言葉を紡ぐ。ただいつも一人だったので、何か気が利いた言葉が出るわけでもなく。ついにお互い無言で変な空気になる。
「え、えーと……。じゃあまた今度ね!矢印君!」
「は?」
その雰囲気に耐えきれなくなった俺は瞬く間にバッグから『脱出のスクロース』を取り出し、目にもとまらぬ速さでそれを破いた。すると俺を中心に辺りの地面に魔法陣が浮かび上がり、数秒もせぬ間に俺はダンジョンから脱出したのだった。




