20 住吉ダンジョン その1
4月1日の朝7時。
博多駅まで訪れると、そこには万人はいるかと思ってしまうほどの大勢の人で賑わっていた。駅前の巨大なモニターには『博多ダンジョン』攻略の紹介ムービーが流れており、誰もが足を止めてその映像を見て熱狂している。その場の熱をスマホの動画に収めようとしたり、有名なクランが映像に映る度に叫んだり、そのにぎやかさは炎のごとく盛り上がりを見せていた。もちろん俺もその中の一人だ。
「やっぱ『宵の明星』クランだろ!絶対博多ダンジョン攻略してくれるって!」
「いやいや、『黒鉄』クランだって!圧倒的なパワーで全部蹴散らしてくれるよ!」
「『蒼月団』が一番でしょ!分かってないわねぇ」
できることならずっとここでダンジョン熱に浸っていたいが、現実がそうはさせてくれない。時折モニターに映し出される今日の博多ダンジョン攻略開始のスケジュールによると、この後いくつか催しがあるようだ。各クランパーティのリーダーの抱負を語る演説や、JPDCの副代表から各クランパーティに攻略に役立つアイテムを渡す会など、正直全部見たい。
ただ今の時点でこの人だかりなので、これ以上経つと本当に動けなくなるかもしれない。それに博多駅側にある『住吉ダンジョン』もいずれ人であふれかえるだろう。ダンジョン熱が収まらなくなった攻略者が集うに違いない。
というわけで非常に名残惜しいが今のうちに人込みを必死にかき分けながら目的地へ向かう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
15分間ほど博多駅からひたすら人と人の間を抜けていき、ようやく住吉ダンジョンを管理する施設まで到着した。中に入ると予想通り多くの攻略者で賑わっていた。話す話題はやはり博多ダンジョンに関するものも多いが、皆同様にいつか博多ダンジョンに挑めるくらい強くなりたい、と夢を見ているようだ。
「思うことはみんな同じだよな。あんなの見せられたら。俺も負けてられないな」
すでにダンジョンは入場できるようになっており、受付でデバイスを受け取ってから待機列で自分の順番が来るのを待つ。さらに20分ほどが経ちようやく自分の番になる。入場管理をしているお兄さんに一人パーティであることを伝え、いよいよ攻略を開始する。
ダンジョンの入り口を通過し、暗闇が晴れるといつもの洞窟風景が辺りに広がる。
「数日間来れなかったからな。なんだか懐かしい気分になっちゃうな」
何度か深呼吸をしてダンジョンの空気を楽しんだ後、駆け足で攻略を開始した。
住吉ダンジョンでは3種の魔物が確認されている。ゴブリン、ウルフストレイズ、単眼コウモリだ。共通点は戦う際は複数体を相手にしなければならないという点だ。このダンジョンゴブリンは複数体で現れるし、ウルフストレイズは常に一匹で行動してるが、会敵すると一目散に逃げ、その後ほかのウルフストレイズを引き連れて現れる。単眼コウモリは戦闘中に高音波で仲間を呼び寄せる。基本数人パーティで挑まなければ常に数的不利を押し付けられるようなダンジョンになっている。
「まあ俺は対多だろうが負ける気はしないけどな」
とはいえこれまでもダンジョン攻略中に複数の魔物の混合の群れを倒したり、マッドニュートのダンジョンボスを一人でさばききった経験もある。そこまで気後れすることなくダンジョンを進んでいく。
そして1時間ほど経過した頃だろうか。1階層も終盤に差し掛かったところで住吉ダンジョン最初の魔物と遭遇する。
「「「ギャギャギャ!」」」
3体のゴブリンだ。俺を見つけると我先にと俺に向かって走ってくる。
「ステータスオープン」
対多の鉄則は同時に相手にしないこと。マッドニュートのダンジョンボス戦では走り回りながらなんとかしたが、今回は状況が違う。一直線に向かってくる3体をどうにかしなければならない。だから、今できる方法でゴブリンを相手にする。
「ギャ!?」
「ギャッ……」
召喚したステータスカードとナイフを矢継ぎ早に2連投する。ナイフは真ん中のゴブリンの喉を、ステータスカード右のゴブリンの目を正確に射貫く。どちらも足を止め、その場で停止する。こちらに向かってくるゴブリンが1体だけとなり、俺は悠々と大金槌を構える。
「『フレイルスイング』!!」
攻撃スキルを発動し、風切り音をまき散らしながらゴブリンの脇腹を殴打する。すると当たった直後に光の粒子となった。吹き飛ぶ間もなく即死ということだろう。
「残り2体!」
残る2体のゴブリンに目をやるとナイフが刺さったゴブリンは大の字で地面へ倒れており、ステータスカードが刺さったゴブリンは痛そうに目を抑えている。優先すべきは後者のゴブリンだろう。こちらから一気に距離を詰め、顎を狙って大金槌をコンパクトに振り抜く。少しでも早く3体目のゴブリンへ攻撃を食らわせるため攻撃スキルは使わない。2体目のゴブリンが光の粒子となるのを確認する間もなく、倒れている3体目のゴブリンの胸にすぐさま大金槌を振り下ろす。
「ギャ……!」
「おっ、魔石ゲット!」
あっという間にゴブリンを倒し切り、最後の個体からドロップした魔石を拾う。対多でも難なく対応できるのを確認できたので、スピードを上げつつ攻略を再開する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
攻略は順調に進み、2階層までたどり着いた。
いつもより入り組んでいるように感じるフロアを進んでいると、さっそく新しい魔物が出てきた。
「キィィイイ!」
一見普通のコウモリにしか見えないが、頭部の中央に小さな一つ目がある魔物『単眼コウモリ』が現れた。単眼コウモリは一匹での戦闘力は低い。しかしそれを補うような戦い方を得意としている。それは――
「キィ!キィ!キィ!キィ!キィ!キィ!」
「6匹か。なるほど」
戦闘開始直後に行うこの仲間呼びだ。人間の可聴域ギリギリの高音を複数回出し、叫んだ回数と同じ数の単眼コウモリを同じフロアから集める行動だ。その後、集まった単眼コウモリの集団で敵を襲うのが基本的な戦闘スタイルである。
ちなみにダンジョンレベル4に初めて挑む3人パーティに対して単眼コウモリが呼ぶ仲間の数の平均が6匹と言われている。
「単眼コウモリもお目が高いな。俺が同レベルの攻略者3人分の強さとは、ねッ!」
「キッ!」
単眼コウモリが仲間を呼び終わると同時に俺はナイフを投げる。ステータスや特殊スキルによって底上げされた俺の投擲は、空中で羽ばたく単眼コウモリの羽を一瞬で貫く。姿勢を崩し他単眼コウモリが地面に落ちるのと同時に2本目のナイフを胴体へ放つ。回避する余裕もない単眼コウモリはナイフをそのまま受け、光の粒子となった。
「やっぱりナイフ買っておいてよかったな」
住吉ダンジョンを攻略するにあたり、ほとんどの敵と対多で戦うと予想していたので、手数と攻撃力を買っておいたのだ。今まで使っていたナイフとは形状も重さも異なるが、すぐ手に馴染んだ。日ごろからあらゆるもので投擲の練習をしている成果だろう。ナイフを2本とも拾い直し、腰に引っ掛けておく。
「ん?もう来たのか。1、2……6匹だな。まとめて相手してくれるわ!」
やられた単眼コウモリが呼んだ仲間の単眼コウモリが20メートルほど先からやってくる。まずは様子見だ。ステータスカードを呼び出し全力で放つ。
「ステータスオープン!ステータスオープン!ステータスオープン!ステータスオープン!ステータスオープン!」
都合5回、ステータスカードを放った。2発を除き、3発の攻撃がそれぞれ別の単眼コウモリの羽を切り裂く。急に飛べなくなった単眼コウモリはそのまま地面に次々と墜落する。どうやらすぐには身動きが取れなさそうなので後回しにする。
「キィィイイ!!」
いまだ羽が健在な3匹の単眼コウモリは金切り音のような鳴き声を上げて間近まで迫ってきている。俺はすぐに腰のナイフを腕をクロスさせて握り、まるでショータイムを宣言するパフォーマーのような動作で同時にナイフを放った。それらは迫る左右の単眼コウモリの胸を正確に射貫き、一撃で光の粒子に返る。
「キイ!」
残った1匹の単眼コウモリが怒りをあらわにし、俺の顔面目掛けて羽を広げて覆いかぶさろうとしてくる。顔面に張り付かれたら最後、嚙みついたり引っ掻いたりと地味だが辛い傷を負わせられるだろう。まあ張り付かれたらの話である。
「キ!?」
ナイフを投げた後の手を素早く動かし、単眼コウモリの胴体を鷲掴みにする。
「惜しいねえ。『すとろんぐあーむ』が無かったら攻撃できてたかもね!」
『すとろんぐあーむ』によって腕の力は底上げされており、キイキイ喚きながらなんとか俺の手から抜け出そうとする単眼コウモリをがっちりホールドする。いくら身を捩っても俺の手からその単眼コウモリは逃げ出すことはできない。俺はそのままダンジョンの壁に向かって走り、勢いよく単眼コウモリを叩きつける。
「キ、キィ……」
全身を強く殴打された単眼コウモリは力なく鳴き声を漏らし、そのまま光の粒子となった。俺の手に魔石をドロップしながら。
「よし、魔石も手に入ったし、あとは残っている奴らだけだな」
いまだ地面に這いつくばっている3匹の単眼コウモリ。逃げることも戦うこともできないようなので、サクッと大金槌で倒しておいた。
「じゃあ攻略に戻るか」
ナイフを拾い直し、攻略に戻ろうとしたその時、
「ガウガウ!」
後方から魔物の鳴き声がした。急いで後ろを振り返ると、1メートル弱ほどの体長の狼がいた。全身を青白い毛皮に包まれており、口からむき出しの牙は鋭く輝いている。『ウルフストレイズ』だ。
「ガウ!」
俺と視線が合うのとほぼ同時にそのウルフストレイズは踵を返して去っていった。仲間を集めに行ったのだろう。また、この隙に俺の匂いも覚えられただろうから、次の階層に進むまではどこにいても追ってくる。
「攻略しつつ、出会ったら戦うでいいか。追ってもすぐには追いつけないだろうし」
走り去っていくウルフストレイズを見ながら一旦追わない選択をする。2階層の攻略はまだ途中だから、おそらくセーフゾーンより先に仲間を集めた本当のウルフストレイズ達と戦うことになるだろう。今のうちに戦う算段を考えつつ、ウルフストレイズとは逆の方向に進んでいった。




