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19 神に祈ったことはありますか

 小倉駅前ダンジョンを攻略し終えた次の日の3月25日、それは突然起こった。


 武器と防具の手入れの最中、大金槌に擦り傷や凹みが散見されるようになり、武器の修理や買い替えを検討しようとスマホに手を伸ばしていたその時。


「んッ、な、は、腹があああ……!」


 いつぞやに喰らったマグマのような腹痛。大金槌を雑に放り投げ、一目散にトイレへと駆け込む。心当たりはもちろんある。昨日のダンジョン攻略の際に、特殊スキルを得ようとしたが結局無駄打ちとなってしまった魔石だ。覚悟はしていたが、おそらく今から13個の魔石をひねり出さなければならない。


「ぐ、ぐううう、うう」


 間一髪トイレに間に合い、息も絶え絶えに用を足す。しかし、用を足し終わってもなかなか痛みが引かない。マグマのような熱い痛みから、腹の内側で棘が暴れているかのような突き刺す痛みに変わっただけだ。脂汗が額に滲み、歯を食いしばって痛みをやり過ごそうと尽力する。挙句、神に懺悔して許しを請おうとする。


「な、なんで、うう。……神様仏様ニールセン様。ワタクシが間違っておりました。どうかワタクシめにご慈悲をください。なんでもします。お願いします。この痛みをどうにかしてください。本当お願いします――」


 しかし、早口での祈りの言葉すらも効果はなかった。それどころか痛みは激しさを増していき、そのうち俺は気を失った。人生で初めてのことだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「んあ?あ、俺、何してたんだっけ」


 気が付くと、目の前には木目の入ったトイレの扉が目に入った。下を見ると、ズボンを下ろし、下半身を丸出しでトイレの便座に座っていることに気づく。同時に激しい腹痛に襲われていたことを思い出した。


「うわ、くっさ!う〇こしながら寝てたのか、俺!?汚なっ!風呂入ろ、風呂!」


 トイレに漂う便臭で目が一気に覚め、尻を拭いて洗浄レバーに手をかける。


「ん?なんか忘れてるような……あっ!そうだった。魔石を確認しないと」


 確か13個だったか。便器の中身を見て魔石の数を確認する。しかしそこにはどう見ても4つしか魔石は存在しなかった。


「あれ?確か昨日13個食べたよな。じゃあなんで4個だけなんだ?昨日の分じゃないのか?それともまだ何か俺の知らない条件があるのか?」


 悩んだ末、一旦便所の現状は放置し、水を流しもせず風呂に入ることにした。起きたばかりで頭が回らない。すっきりした後でもう一度戻ってきて考え直すことにしてトイレから出る。

 すると急に足に力が入らなくなり、素っ転んでしまう。腹も急に空いてきて、ギュウウウと胃が食べ物を求める音を出す。気が付けば喉もカラカラで、まるで砂漠で遭難した人になってしまったかと錯覚してしまう。


「み、水……」


 必死に力を振り絞り、這いずりながらキッチンへ向かう。途中、リビングを通ると、ふとテレビニュースが流れているのに気づいた。トイレに行く前からつけっぱなしにしていたので、俺が気絶してからずっとついていたのだろう。画面の中のニュースキャスターは笑顔で今日の天気予想を伝えてくる。


『本日、3()()2()8()()の福岡は、高気圧に覆われて穏やかな空模様となりそうです。日中の気温は17度前後まで上がり――』


「は?3月28日?」


 俺がトイレに入ったのは3()()2()5()()だ。ということは、俺は丸々3日間も気を失っていたことになる。であれば、今の俺の体の衰弱具合にも説明がつく。


「考えるの、は、あとだ。み、水……」


 幸いにも意識はまだはっきりしている。適切な対応を取れば病院に行くこともなく回復できるだろう。

 冷蔵庫から水入りペットボトルと食パンを取り出し、しんどい体に鞭を打って自室へと戻る。布団に入り、全身を冷やさないようにしたうえで、水を少しずつ飲んでいく。


「はあ、はあ。ダンジョンコースで習ったサバイバルスキルを、まさか自宅で使うことになるなんてな。なんでやねん」


 それから少量ずつを水を取りつつ、1時間ほどが経った。本来ならおかゆやスープが良かったが、あいにく飢餓状態でも食べられそうなものが食パンしかなかったので、水でふやかしながら食べていく。

 こんな状態になったことはないが、目算で3日くらいは回復に時間はかかるだろうか。


「運動も難しいだろうし、情報収集と整理をするくらいしかないか。はあミスったなあ~、何がミスなのかまだ分かっていないけど」


 とはいえ十中八九魔石摂取に関する事象だろう。今までは九重大学跡地まで赴いて図書館を利用していたが、この体だと家を出ることさえままならない。それに、未知の何かの影響でこうなってしまったのであれば、図書館と言えど適切な情報は得られまい。こういうのはネットでオカルトチックな情報の方が役に立つかもしれない。ちょうどいいし、そこから手を付けようか。


 ダンジョンを攻略できないのは残念だが、かといって不貞腐れるわけにはいかない。弟の小太郎にも誓ったしな。


 そう自分を納得させ、情報収集を始めるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 それからほぼ3日が経ち、3月30日の夜。


 あっという間に時間は過ぎていった。水と食パンで脱水と飢えをしのぎ、寝るかスマホでダンジョン情報の収集。少し元気になったら、ようやく買い出しと家の掃除を死に物狂いでやり遂げ、また布団の中で情報収集にいそしむ。一見無職のような数日間を過ごしたが、何とか面白そうな情報をみつけられた。


 まず、初めにトイレに4個しか魔石がなかった件についてだ。

 あの4個の魔石はすべて1回目の小倉駅前ダンジョンの攻略時に獲得したものだった。トイレを掃除するときに魔石をしっかりと確認し、自身の記憶を取寄りにそう判断した。ただ、その4つの魔石を実際に食べたのは2回目の小倉駅前ダンジョンの攻略時だ。ここからわかることは、特殊スキルを得るために食べなければならない魔石はその攻略中に手に入れたもの出なければならない、ということだ。誤解を恐れずいれば、新鮮なうちにさっさと食べましょうということなのだろう。


 次に、残りの9個の魔石についてだ。

 この9個の魔石はおそらく特殊スキル獲得のための礎になってくれているまずだ。もし意味がないのであれば、タイミング的に4個の魔石とともに排出されていなければ辻褄が合わない。あれから数日たった今でも俺から排出されていないし、無駄ではなかったのだろう。


 そして次は、魔石を食べて腹が痛くなり、さらには気を失ってしまった件についてだ。

 これは正直突拍子のない推測しかできなかった。そもそも、間違った魔石の食べ方は俺以外にもしているはずだ。攻略中に食料と間違って魔石を食べる、地上でも自宅に置いていた魔石を子供が誤飲する、など探せばそういった経験のある人間はそこそこいる。そういった人たちもみ皆同様に腹を壊し、気を失ったりしているのだろうか?この答えはNoである。だとしたら魔石の誤飲を防ぐためにもっと情報が世間に溢れていなければならない。しかしあるのは噂レベルの『魔石を食べると体が爆発する』のみ。確かにあの腹の痛さは体が爆発すると言いたくなるが、だとすればシンプルに『魔石を食べると腹を壊す』という情報が出回っていなければおかしい。

 以上から、魔石を食べることに関しての一般の情報はあまり頼りにならない、というのが俺の見解だ。つまり、俺の体起こったことから自分なりの答えを出さなければならない、ということになる。ただ、少なくとも今回の件では、あの4つの魔石のせいで腹痛が起こったと考えるのが妥当なので、『魔石は攻略中に正しい方法ですべて食べ終える』という答えで問題ないはずだ。腹をすかせた状態で、その攻略中にドロップした魔石を、複数個一気に丸呑みし、ダンジョンの湧き水を飲む。これさえ守ればとりあえずすぐにあんな目に遭うことはほとんどないだろう。


 そして最後に今後の動きについてだ。

 今まで最初の成功体験に引っ張られて魔石をガンガン食べていたが、リスクがあるということを理解した。そのうえで、俺は食べ続けるという選択をする。文字通り身を削りながら、特殊スキルを得る条件をある程度把握したのだ。今後はその一切を守り切り、ただ強くなることだけを目指す。

 

 そしていずれ、ニールセンのみが成し遂げた偉業を俺が再び達成する。


「でも筋力とか落ちてるだろうから、まずは鍛えなおして、そこならダンジョンレベル4に挑戦だな」


 決意はしたものの、まだ万全ではないことは自覚しつつ、今後の計画を立てながら、その日は早めに眠りについた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「うん、意外と動けるな。これだけ動けるなら心配はいらなかったかも」


 庭で汗を流しながらも、大金槌の素振りと戦闘訓練を終えた俺は、タオルで汗をぬぐう。数日のブランクがあったが、常日頃から訓練をしていたおかげか、たった1日で思いのほか早く回復できた。『響喉鰐の皮』を売って得たお金の残りをすべてつぎ込み、久しぶりに牛肉なんかも食べ、心身ともに元のレベルまで戻ったようだ。


 わずか1日のリハビリでダンジョンに潜れるようになったのは重畳だ。明日は4月1日で、日本屈指の攻略者が『博多ダンジョン』攻略を開始する日でもある。ダンジョンレベル4の攻略前に、彼らのご尊顔でも拝見させてもらおうかと思いながら、翌日の準備をするのだった。

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