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1 準備万端!

 3月中旬のよく晴れた日。俺こと小野寺太郎丸(おのでらたろうまる)は校舎裏に呼び出されていた。終業式兼卒業式を終え、高校一年の区切りを迎えた直後のことだ。


 普通であれば、卒業する先輩との最後の談笑や満開の桜の下で告白でもされるのかと思うだろうが、俺に限ればそれは全くの見当違いである。高校生になってからも筋トレとダンジョンの情報収集に明け暮れていた俺には、彼女どころか友達すらほとんどいない。


 この学校では、『ダンジョン専修課程(ダンジョンコース)』が1年前から実施されている。全国でも数十校しか導入されていない課程で、普通の授業とは別枠で訓練や座学が組まれている。新設や受講条件などにより受講している人数も少ない。そのせいで、基本的に一人で行動することが多くなる。そう、友達がいないのは完全なる不可抗力によるものなのである。


 要するに俺を校舎裏に呼び出す奴がいるとするならそれは――


「よぉ~、ダンジョンコースのがり勉君。明日のダンジョン実地訓練で良い装備を使いたいからよぉ、お前の分の支度金を俺様にくれよぉ」


 俺と同じくダンジョンコースを選択している同級生なのであった。しかもあまり性格の良いほうではない、もっと言えば他者を見下して悦に浸るような人間である。長い金髪に190センチメートルはある身長と100キロ近い体重を誇る巨漢で、全身を真っ黒に焼いている高校二年生。学校指定の学ランを着崩してズボンは腰まで下げた、典型的な昭和の不良のような恰好をしている。


 そんな人間である二階堂傑(にかいどうすぐる)は三人の取り巻きと共に俺の退路を塞いでくる。俺をじりじりと壁際に追い詰め、にやにやと下劣な笑みを浮かべている。彼らはダンジョンコースでも有数の実力者であり、それをちゃんとわかっているからこそこのような態度をとっている。前からこのような手口で俺や他のダンジョンコース受講者から色々なものを巻き上げているのが良い証拠だ。


 もちろんこんな横暴も、初めのころは俺含めて何人かは教師にこのことを伝えて対処を求めた。しかし二階堂の父が有名なダンジョン攻略者らしく、教師でさえ二階堂には強く出られないとのこと。教師としてどうなんだそれは、と言いたくなる事態だが、それはそれとして俺の夢のためにはこんなところで邪魔される訳にはいかない。二階堂は威張るだけあって腕力は突出しており、後ろ盾には有名ダンジョン攻略者の父がいて権力もあるときている。ダンジョンコース受講中に顰蹙や怒りを買って再起不能にされ、もうダンジョンに入ることすらできません、じゃあ、死んでも死にきれない。俺のダンジョンライフが潰えることだけは、どうしても避けなければならない。


 結果、俺はこれまでできるだけ穏便に搾取される側を演じてきた。二階堂から見れば、俺はダンジョンの知識だけ詰め込んだ頭でっかちで、脅せば簡単に金を巻き上げられる矮小な存在だろう。今のところ、ひどい暴行を受けたり、ダンジョンコースを辞めさせられるような圧力をかけられたりはしていない。実際、他の生徒が正義感を振りかざした結果、二階堂からの圧力によってダンジョンコースを辞めさせられた例もあったし。


「支度金がこれっぽっちってマジでねぇよなぁ。せっかく俺様がこの学校のダンジョンコースを盛り上げてんだから、学校側ももうちょいよこせっての。まぁいつもみたく、がり勉君から足りない分はもらうけどな。ギャハハハハ!!!」


 二階堂とその取り巻き達は下品な笑い声を上げながら、俺に支度金(と上乗せ分のいくらか)を渡すよう手招きのジェスチャーをする。


「はい、これが僕の支度金です。全部で12万円あります」


 反抗の()の字でも見せたら何をされるか分からない。少なくとも、完全に二階堂らから距離を置けるまでは、ある程度の出費は許容しなければならない。ダンジョンコースの座学を修了した生徒に対して学校から与えられる支度金の10万円に追加で2万円を用意すれば、二階堂の徴収に対して十分だろうか(ていうかこれが限界)。自宅にあるアルバイトで稼いだ最後の軍資金で装備を整える算段を付けつつ、すごすごとお金を差し出す。お金の入った封筒にはしっかりと『小野寺太郎丸様』と書いてあるが、その通りに使われることはなさそうだった。


「へっ、これっぽっちか。まあねぇよりましだな。俺様の装備のオプション代として使ってやるから、お前も感謝しろよ?じゃあな、がり勉君」


 明らかに金銭感覚が狂っている発言をした二階堂は、それでも僅かながら満足そうな面持ちでペラペラと俺の支度金のお札を数える。取り巻きも12万円という大金に目がくらんでいる。今まで数千円ほどの徴収ばかりだったが、一度にこれほど取られるのは流石にメンタルにくるものがある。


 その時、咄嗟に何か少しでも仕返しをしたいという考えがふと頭によぎる。


 こちらに背を向けて去っていく二階堂達。


 辺りの地面には数センチほどのいくつかの石。


 俺はそれらを拾い上げ、流れるような動作で放り投げた。とある理由で鍛え上げた投擲力により、数メートルの距離をほとんど水平に飛んで行った4つの石は、狙い通りそのまま二階堂と取り巻き達のズボンポケットへと静かに吸い込まれていった。二階堂達はそれに気づくことなく、時折大きな笑い声をあげながら去っていく。


 数秒遅れて、冷や汗が出てきた。


 完全に余計なことをしてしまった。魔が差したと言うのは簡単だが、このことがバレたら何をされるか分かったもんじゃない。自らの軽率な行いを猛省しつつ、俺も足早にその場を離れたのだった。微々たる胸のすく気持ちと共に。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ただいま」


 冷や汗で湿ったシャツに気持ち悪さを感じつつ、自宅の玄関で無造作に靴を脱ぐ。ただいまの挨拶の返答もなく、誰もいない家に帰宅した俺は自室へと向かった。


 机と本棚しかない殺風景な自室に荷物を降ろし、押し入れに入っている布団のシーツの中をまさぐる。厚さ数ミリメートルの封筒をシーツの中から取り出し、中身を確認すると15枚の一万円札が出てきた。俺の最後の軍資金である。中学生のころから家族に内緒で、法律などあってないような労働環境の飲食店で働いて貯めた資金。もともと50万円以上あったが、ダンジョンコースを受けるための追加授業料や二階堂のカツアゲなどいろいろな理由により、ここまで減ってしまっている。


 しかしダンジョンコースも実地訓練のみを残すだけとなり、それを修了すれば正式なダンジョン攻略者として認められる。そうなればダンジョン攻略に勤しみながら真っ当に稼ぎ始められる。どうせ親も関与してこないだろうし、そのまま家を出るのも良いかもしれない。まあ要するに、ここで全財産を解き放つときがついに来たのだ。適当な服に着替え、昼ご飯を手早く平らげ、軍資金を手に意気揚々と家を出発する。


 歩くこと10分ほど、大通りに面する百貨店に到着した。ダンジョン黎明期からダンジョン業界へと進出した企業が経営する、ダンジョンに関するあらゆるものが販売される総合小売店(デパート)である。窓一つない奇妙な出で立ちの建物、その入り口には複数人の警備員が険しい目つきで立っていた。普通の百貨店とは大きく異なる様式が、ダンジョンに関する商品を厳重に取り扱っている証拠でもあるのだ。


 できるだけ胸を張り、ダンジョンコースを受講している証でもある学生証を警備員に渡す。無表情の警備員が学生証を確認する中、気圧されることなくチェックが終わるのを待つ。そして、問題なしと判断されたのか学生証を返してくる警備員の横を通り、そそくさと建物内へと入る。


 内装は普通の百貨店と変わらず、様々な商品が展示され、各ブースで所狭しと販売されている。武器に防具にアクセサリー、中には魔物からのドロップ品が整然と陳列されており、ダンジョンオタクである俺の心を否応なく高ぶらせてくれる。造形まで凝られている武器やきらびやかな防具の値段を見て唖然としたり、珍しいドロップ品を生で見れたことに感激したりと、ウインドウショッピングだけで永遠と時間が溶けていく。気づけば2時間も時間が経っており、慌てて本来の目的を思い出す。


 今日このダンジョン用品専門店に来たのは、ダンジョンコースの実地訓練という名目で行われる、レベル1ダンジョンの攻略に必要となる武器と防具の調達である。武器や防具など直接ダンジョン攻略にかかわるものを扱っているブースに赴き、これまで散々悩み続けて決めた種類の武器と防具を物色する。


 初めに目を付けたのは大金鎚。金属製の大型ハンマ―であり、殴打面には細かな棘が敷き詰められている。容易く振り回すことはできないが、レベルの低いダンジョンの魔物であれば、ほとんど一撃で倒せる威力を出せそうだ。価格は3万円。剣や槍といった武器が主流であるが、初心者にとっては言葉通り諸刃の剣である。一応座学で一通りの武器の扱い方は習ったが、いきなり刃のある武器を使うのは危険と判断した。剣もかっこいいけどね。


 次に俺が購入したのは全身を覆う革鎧。低レベルのダンジョンの魔物のドロップ品から作られる鎧であり、関節部までも革で覆われている。柔らかい素材であるため、動きの阻害をせずダンジョン攻略を進めることができると紹介されている。つぎはぎ部分のみ装飾されているため見た目は悪いが、そこそこの衝撃吸収と機能性を合わせ持つ6万円の防具である。セットで同じ素材から作られた長靴と革兜も+1万円で購入した。


 最後に選んだのは、ダンジョン攻略用荷物パック。ダンジョン内での活動に対し、必要となる食料やアイテムが登山リュックに詰め込まれた、所謂スターター商品である。内容物は乾パンや缶詰や水といった純粋な食料品、ナイフやマッチや着火剤などのサバイバルグッズ、包帯や絆創膏やアルコール液などの医療キット、武器防具のための手入れ道具一式、そして魔物からのドロップ品である『脱出のスクロース(レベル1)』と『救援のスクロース』と『結界のスクロース(レベル1)』が詰め込まれている。ドロップ品の各種スクロースは名前の通りの効果が発動される奇妙なアイテムである。ダンジョン内のみでしか使用できず、加えて発動原理も仕組みも何も分かっていない代物だ。どれもダンジョン攻略者にとっては必需品である。


 これらをすべてまとめられたセット価格が5万円ということで、俺の最後の軍資金はここで力尽きることとなった。


 本当であれば、他にも欲しいアイテムがあったのだが、そういうアイテムは下手すれば15万円程度では買えないものも多い。低レベルのダンジョンで、なおかつ講習という場面ではおそらく」使うこともないだろう。武器や防具などに15万円かけただけあって、最初のダンジョン攻略で躓くことはないはずだと納得し、いつかお金が貯まったらまた買いに来ようと決意しながら百貨店を後にした。


 両手には憧れのダンジョン攻略者になるための準備品であふれている。なかなかの大荷物である商品を抱えながら俺は自宅に帰るのだった。

ダンジョンコース受講条件

・親権者の同意

・健康診断合格

・体力試験

・空間認識テスト

・ストレス耐性テスト

・死亡リスク同意

・追加受講料

・本人意思確認

etc.

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