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プロローグ ダンジョンが出現した世界

初めまして

1-1=0と申します

この度妄想癖が限界突破したので、ノープランで書き始めます。

拙い作品ですが、よろしくお願いします。


 最初のダンジョンが発見されたのは、新年を迎えて間もない頃のことだった。


 場所はモンゴル南部。雪の絨毯に覆われた広大な草原を移動していた遊牧民たちが、偶然にも奇妙な構造物を見つけたことが発端だった。


 彼らはその草原を幾度となく行き来していた。だが、そんなものは一度として見たことがない。何もなかったはずの場所に、何の前触れもなく現れた異物。その事実は、彼らに強い違和感と恐怖を抱かせた。


 構造物は古代遺跡のような外観をしていた。しかし、既知のどの文明にも属さない。似ているようで、決定的に違う。中でも異様だったのは、巨大な扉だ。縦横ともに十メートルを超えるそれは、全面に精緻な文様が刻まれており、どこか禍々しい。まるで「こちらへ来い」とでも言っているようだった。


 噂は瞬く間に広がった。この摩訶不思議な存在に興味を持った世界中の歴史学者や研究者はこぞって集まり、間もなく衝撃的な事実を突き止めた。扉の先が我々の知る世界とは異なる、危険に満ちた未知の空間へと繋がっているということを。


 この発見を皮切りに、同様の構造物の出現が世界各地で次々と確認された。同様の構造物は世界各地で確認されるようになる。誰が言い始めたのか、それらは『ダンジョン』と呼ばれるようになった。


 当時、小学五年生だった俺は、そのニュースをテレビで見ていた。画面越しに映るダンジョンは不気味で、現実感がなくて、それでいて少年の冒険心をくすぐるものがあった。ニュースキャスターが淡々と事態を伝えてくる中、俺は心の中で何かがざわめくのを感じた。


 家では、俺は影のような存在だった。


 二つ下の弟がいる。あいつは、いくつもの才能に恵まれていた。特にサッカーは突出していて、小学生ながら周囲の大人たちから注目されていた。


 弟が遠征や合宿に参加するために家を空けることは日常茶飯事で、両親もそんな弟について回る形で家を留守にすることが多かった。


 弟が注目を集めるほどに、俺への親の関心は薄れていった。最初は寂しかった。どうして弟ばかり、どうして俺を見てくれない、そんな悩みに涙を流したことさえあった。


 しかし次第にそんな感情は消え失せ、いつしか俺は淡々と、そして静かに日々を過ごして行くだけの存在になっていた。ただただそんな事実から目を背けながら。


 そこに現れた『ダンジョン』という未知。


 心のざわめきはすぐに熱望へと移り変わった。それからの俺は、ダンジョンに関する情報を集め始めた。ニュース、記事、解説。関係ありそうなものは片っ端から目を通した。時間が経つほどに、情報は増えていく。構造、出現する生物、そして魔石と呼ばれる未知の物質。果ては各国のダンジョンに対する政策や設立される国際機関にまで手を伸ばしていた。


 熱量が大きすぎることはさておき、その頃の俺は純粋な子供だったのだ。


 ただただ、少年心をくすぐる冒険への憧れが俺を突き動かしていたのだ。扉の向こうに広がる未知の空間。その中で生きる存在や眠る財宝、そして人類が未だ手にしていない知識の数々。それらに触れることができる人間になりたいと、強く願うようになった。


 弟に対する引け目も、親の愛情を得られないことも、もはやどうでもよかった。ただ、扉の向こう側に自分だけの未来を見つけたい――そう思ったのだ。


 この時に初めて自分の中に自我が生まれたとさえ感じた。




 それから1年が経ち、ダンジョンを取り巻く状況は、ダンジョンオタクと化した俺でなくても分かるほど激変した。


 ダンジョンからほぼ無尽蔵に得られる魔石のエネルギー源としての活用研究が進み、ダンジョンの内部構造パターンと生息する生命体の分類なども徐々に明らかになっていった。国際的な取り決めも決まっていき、一般人の無秩序な関与を防ぐためのルールや法整備も加速度的に進んでいく。はじめは未知や恐怖の対象であったダンジョンは瞬く間に国家管理下の存在となった。


 とまあダンジョン出現後から1年、こんなことがあったのだが、正直このあたりの出来事はそこまで重要じゃない。なぜならばこの後、それまでのダンジョンの常識(といえるほど知見の蓄積があったかは不明だが)が覆る衝撃的な事件が起こったからだ。


 事件のきっかけは北欧に位置する国、デンマークだった。


 ダンジョン対策のために設けられた国際規定では、各国は管理能力や治安などに応じたダンジョン保有上限数が存在する。ダンジョンは初回クリア時に別のダンジョンを生むという特性があったからだ。


 しかしデンマークの領域内でその上限を大幅に超えたダンジョンが存在することが明らかになったのだ。ダンジョンの数が増えるということはそれ即ちダンジョン攻略や研究が進んでいるということになる。つまり、この事件はこの規定の背景にもつながる「抜け駆け」を良しとしない暗黙の了解を破る結果となったこととして、世界中の国や公的機関から大きなバッシングを受けたのだった。


 しかしデンマーク側は自国領域内にダンジョンが規定以上存在してたことは認めたが、それは民間人による勝手な行動によるものだと釈明した。事実として、国家の人間では誰も新しく発生したダンジョンに進入できないことも証明した。


 この頃、ダンジョンに進入できる条件は不明確だったものの、経験則的に「そのダンジョンを攻略しうる力を持つ」という仮説が有力だった。よって、国家側の人間が入れないダンジョンは逆説的に民間人の勝手なダンジョン攻略によるものとされた。


 当然この事態は良い面と悪い面が存在する。


 各国の足の引っ張り合いや単純なダンジョン攻略難易度の高さによって、停滞しかけているダンジョン産業に新たな兆しが出てきたという希望。一方で、法を無視した民間人のダンジョン攻略が全世界でより活発になってしまう可能性があるという懸念。一長一短ではあるものの、静かな水面が穿たれたように、大きな動きが起こる格好の機会となった。デンマークは自国を始めとして他国やら国際機関やらを招き、その民間人あるいは集団を探すこととなった。


 それからさらに半年後。ダンジョンが出現して1年半が経った頃。


 件のデンマークにおける民間人のダンジョン攻略者の捜索は難航していた。しかもその間、ダンジョンの数は当然増え続け、そもそも攻略済みかどうかすら不明な状態も続いていた。事態は迷宮入り(ダンジョンだけに)すら視野に入っており、相次いで各国の調査団が撤退を始めていた。同時に利用できないダンジョンの半永久的な管理をデンマークに押し付けながら。


 前置きが長くなったが、そんな状況の最中、突如として世界を揺るがす超常現象が発生した。


 ある曇天の日。デンマーク全土及び周辺国の一部地域でテレビやラジオといった電子機器が一斉に使用不能になるという事態が起きた。その異常現象は5分間に渡って続き、通常の放送などはその一切が遮断された。そしてその間、謎の音声のみが放送されたのだった。


 二つの声があった。


 一つはデンマーク語を話す推定デンマーク人のもの。そしてもう一つは同じくデンマーク語を話す謎の機械音声。


 たった5分ではあったが、その対話の内容はこれまでのダンジョンの常識が一変するものだった。


 まず推定デンマーク人ことウィリアム・ニールセンという男が、最高難度のダンジョンを単独で攻略したということ。そして、初の最高難度ダンジョンの踏破者としてダンジョンの“管理者”と対話していたということ。


 挙句には、ダンジョンの調整をしたいから何か意見はないかとアンケートが始まったり、踏破者であるニールセンはこの世とは異なる世界への挑戦権を得て、次なる最後のダンジョンに挑むということが分かったり。


 何か一つでも世界が気炎万丈盛り上げるような話が次々と巻き起こった。


 はじめは手の込んだ悪戯だという人もいた。しかしそれからと言うもの、ニールセンが希望したとおりにダンジョンの不満点が一斉に改善されたり、世界中に『異世界への道標』という但し書きの彫られたダンジョンが生成されたりと、ニールセンと謎の存在の会話が事実である証拠が次々と現れた。


 あの五分間は、現実だった。


 もはや誰もニールセンの偉業を疑うことはなく、世界は再び熱狂した。


 そして同時に人々は理解した。


 ダンジョンは、届く場所なのだと。


 世界はニールセンによってもたらされたダンジョンの改変がこと詳細に調査した。そして同時に第二のニールセンを生み出すべく、各国は制度を見直し、ダンジョンの一般人への解放や、ダンジョン攻略の新しい手引きの公開などを始めた。


 これ幸いと俺は準備を始めた。


 親に無断でアルバイトを掛け持ちし、寸暇を惜しんで体を鍛え、より一層ダンジョンの知識を詰め込む。辛さなどみじんも感じなかった。ただ前に進むための作業を積み上げている感覚だけがあった。

 

 その甲斐あってか、中学時代はは青春という面では見事に灰色一色だった。しかし、それもこれも全てはダンジョンに挑む為。日本のダンジョンに関する法律が改訂され、未成年の場合でも、指定の学校で新設されたダンジョン講習を修了すればダンジョン攻略者になれるようになった。


 最短で高校一年生の終了時期。そこがスタートラインになる。


 当然講習をスムーズに終えるには諸々の体力テストやダンジョンに関する知識が必要になる。それを乗り越えるためなら灰色青春の一つや二つ、余裕で過ごしてみせる。そしていつかは第二のニールセンとして――




 そうしてダンジョン出現から5年と少し。


 ニールセンの大偉業から3年半。


 世界のダンジョン情勢も落ち着いてきた頃。


 ダンジョン講習をほぼ修了した三月初旬。


 春の陽気をうっすらと感じられる季節の到来とともに。


 俺だけの物語が始まるのだった。




ウィリアム=ニールセン


デンマーク人

ダンジョン出現後、わずか1年半で最高難度のダンジョンを攻略した傑物

『異世界への道標』攻略中■■■

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