9 ダンジョンクリアと振り返り
4階層にたどりつくと、早々に荷物を下ろして目の前の存在——ゴブリン剣士に対して臨戦態勢を取る。さっきは二階堂の『大一閃』によってあっさりと倒されたダンジョンボスではあるが、放つ圧はやはりほかの魔物とは比べ物にならない。今回は俺一人。負けイコールこの世とおさらばすることになるので、軽く息を吐いて気を引き締める。
「攻撃スキルはなし。地道に倒そう」
先に動いたのはゴブリン剣士。部屋の中央からこちらに向かい、武器を振りかぶりながら走ってくる。そして上段から振り下ろしてくる剣に対し、俺は大金槌を横にして受け止める。カキンッと金属同士のぶつかる高い音が鳴り、ゴブリン剣士の動きが止まる。
「でやああああ!」
その隙を見逃さず、ゴブリン剣士の空いた腹へ前蹴りを叩き込む。グギャアとうめき声をあげたゴブリン剣士は剣を手放しはしないもののよろめく。前蹴りの勢いそのまま、今度は大金槌を横なぎに振るう。それを辛うじて剣で受けたゴブリン剣士は体勢を崩しつつも俺から距離を取る。
「逃がさん!」
すかさずゴブリン剣士の手元に追撃して握っている剣を弾き飛ばす。剣を持っていないゴブリン剣士など剣士にあらず。剣を飛ばされ呆気に取られているゴブリン剣士の頭上から大金槌を振り下ろす。もはや防御も出来ないゴブリン剣士からズチャと肉の潰れる音が鳴った。
「ちゃんとした大きな生物感のある魔物だと、感触気持ち悪いな。でもこういうのに慣れていかないとなあ」
頭がつぶれたゴブリン剣士が光の粒子となって消える。瞬殺とはいかなかったものの、危なげなく倒すことができたのは自信になる。少しだけ乱れた呼吸を整え、ダンジョンから脱出するのを待つ。
「とりあえず脱出してからだな、いろいろと考えるのは。魔石についてももっと調べたほうがいいだろうし、しばらくは忙しくなるだろうな」
今後の予定を立てつつ、28秒が経って脱出の時間となる。辺りが暗転し、そのまま明るくなると、先ほどと同様に脱出用の施設へと移っている。
初陣と言ってもよい俺のダンジョン攻略は順調な滑り出しとなったのだった。
脱出先の施設ではほかの冒険者は見られず、ただ受付と現代的な機器のみが視界に入る。今日このダンジョンでできることはすべて終わらせたので、後ろ髪を引かれることなく攻略終了の手続きに移る。
「生存報告デバイスと証明書です」
「はい、確かに確認いたしました。ドロップ品の換金は致しますか?」
「大丈夫です」
「承知しました。百道浜ダンジョンのご利用ありがとうございました」
手短にダンジョン攻略の後処理を終わらせる。魔石は食べてしまってないため、換金するものはなし。ただ、数時間にわたった攻略で得られた、特殊スキルの効果検証と入手方法の見通しが立ったのはプライスレスな成果であろう。近くのコンビニでお金を下ろし、軽食を済ませてから俺は意気揚々と次の目的地に向かった。
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電車とバスを1時間ほど乗り継ぎ、田園風景の広がる山奥にあるレベル2のダンジョンへ到着する。ここにはダンジョンが出現する前までは有名な大学が建っていたらしいのだが、今やダンジョンを攻略する冒険者たちが集まる場所になっている。ここは『九重大学跡地ダンジョン』と呼ばれており、大学機関の建物を再利用したダンジョン研究も盛んに行われている場所である。
「図書館を利用させてください」
「身分証明書はお持ちでしょうか」
「冒険者証明書でお願いします」
「はい、確認できました。本日は17:30が閉館時間となっておりますので、それまでにはご退出お願いいたします」
そのため、その研究結果を求める人には図書館を通じて情報を開放しているのだ。流石に初日からダンジョンの梯子はしないので、調べ物だけに集中する。時間的に1時間ほど調べ物に充てられそうだった。
「えーっと、魔石に関する論文はどこだー」
強行してダンジョン攻略後に図書館へ来た理由は魔石だ。魔石についての最新の研究状況を知るために来たのだ。ネットで調べるよりも新鮮で興味深いものが得られるだろう。
「この辺か。魔石とエネルギーについての論文は……結構あるな。まあ1時間あれば十分か」
手辺り次第に魔石とエネルギーに関する研究論文を物色する。英文タイトルのも忘れずに選び取り、読書スペースの一角を陣取る。まずは日本語で書かれたものからぺらぺらとめくり始める。
「ふんふん、ほーほー。なるほどなるほど。そんなことまでわかってんのかあ」
やはりダンジョンの情報をあさるのはとても楽しい。ダンジョンの謎が現代科学によって解明されていっており、その未知に間接的にとはいえ触れることができるのはなんと甘美なことだろうか。
複数の文献に目を通し、魔石とエネルギーの関係やエネルギー抽出手法の進展がなんとなくわかった。
前提として、魔石からエネルギーを抽出するためには、魔石、溶媒、エネルギー伝達物質の3つが必要と判明している。手順としては魔石を溶媒に浸け、エネルギー伝達物質を溶媒内で魔石に接触させるだけでよい。
近年の研究では、溶媒は強酸性のものを用い、魔石その中に浸け、金属製の伝達物質で電力を生み出しているようだ。この時、魔石は同時に複数使うことでエネルギー抽出のタイムパフォーマンスが向上するとのこと。ただ金属の種類によっては熱エネルギーが発生したり、伝達物質の形状を針状にすると振動として運動エネルギーが放出されたりするので注意が必要らしい。
「原理はわからんが、要するに魔石を酸性の液体に浸けて金属を触れさせるとエネルギーが発生……いや、抽出されるんだよな。何個かの論文で発生ではなく抽出って強調されてたし」
とにかく、最新の研究によって判明したエネルギー発生の条件はあらかた理解できた。それをもとに特殊スキルの発生条件を考える。
まず、まず魔石の同時摂取は効率の面だけだからシンプルに一つずつでも良いだろう。まあ念のため複数まとめて丸呑みでも可というところだろうか。次に溶媒についてだ。人間が持つ酸性の液体といえばそれは胃酸に決まっている。魔石が胃酸に浸かることでエネルギーがあふれ出てきたのだろう。それにエネルギーの形態も未知のもので確定しても良さそうだ。同じ金属というだけでも形状によってエネルギーの形態が大きく変わる。もしかしたら現在の科学で視えないだけで他にもエネルギーの形態が存在し、それが人の限界を超えた力を授けているのかもしれない。
「んでもって、それ以外のルールを見極めないとな」
ここまでの条件であれば、まだ、容易に満たせる。特殊スキルが噂レベルでも存在しないということは、さらに何かしらの条件があるはずだ。
「......やっぱりダンジョンっていう場所と湧水あたりかな」
魔石を食べるだけの条件だけだとやはり特殊スキルが知られてない現状と矛盾する。ダンジョン内はまだまだ未解明な部分も多く、特殊スキルを得るためのなんからの条件を満たしているのがダンジョン内である可能性が高い。
「とりあえずは魔石をダンジョン内で食べ、湧水を飲むのを続けよう」
考察を進めるのも大事だが、それ以上にダンジョンの攻略を進めるのも大事だ。再現性を得るための条件を導けたと信じ、参考文献を元の棚に戻してからそのまま帰路に着く。
春休み中にできるだけ経験を積む心づもりで、ダンジョン内で食べる食料だけ買って家に帰るのだった。
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晩飯もそこそこに俺は庭で大金槌を振っていた。もちろん夜分遅いので音は立てず、されどダンジョン攻略中の戦闘の動きを模倣していた。
これはダンジョン内での動きとステータス補助のない生身での身体の動きのずれを減らす鍛錬だ。一度経験した動きをステータスの補助なしで再現することで、ただ力に振り回されるのではなく、自分の創造力をも反映した動きを可能とする。はじめはどの動きも一拍の遅れながら再現していたものの、動きの模倣と最適化を繰り返し、ほとんど同じ動きをできるようにしていく。
さすがにあまりに大きなステータスの恩恵による動きは再現できないが、それでも理屈と経験を体に叩き込み、より洗練された高みへと至らせる。実はダンジョンコースでもこのこと習うのだが、要求レベルが高く、しないからと言ってペナルティがあるわけではないため、物好きな一部の冒険者以外はほとんどやっていない。
「はッ!」
ダンジョンボスのゴブリン剣士を倒した一連の流れを再現し、額の汗をぬぐう。受け止め、蹴飛ばし、弾いて、叩きつける。シンプルながら10秒ほどの攻防をよどみなくし終えることで、ステータスがどれほど自分の実力を底上げしてくれていたのかがよくわかる。
「思考と攻撃の遅延が無くなるというよりかは、純粋に攻撃の速度が速くなっているな。やっぱり身体能力向上が基本的なステータスの効果っていうのは間違ってないんだな」
蹴ったり武器を振るったりしながらダンジョン内での動きとの差異をできるだけ減らすよう、実践の動きを何度も反復する。こういった地道な特訓がいつか役に立つのだ。
「……よし、今日はこんなものかな」
春の夜とはいえ、集中して激しく動き回れば汗もかく。肩を軽く回し、今日のもろもろの手応えを実感しつつ、さっさと風呂に入る。
明日からはダンジョンレベル2である九重大学跡地ダンジョンに潜る。どんな魔物が出現し、どんなダンジョンボスが待っているかは把握している。魔石による特殊スキル習得の計画もある。順調に事が進みそうだと思いつつ、その日は休むのだった。




