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第46話 戦闘準備

 次の日の朝議はこれからの方針をどうしていくかが話し合われた。

 ルカもエクール兵の治療の手を休めて、朝議に出席している。


「今水晶宮で保護しているエクール兵は80名余り。結界近くまで後退したのがおよそ1000名。あと2000名ほどが森を彷徨っていますね」

「2000か……」

「歩兵が多く、それほど広範囲に散らばっている訳ではないのですが、紫奇猿の攻撃をかいくぐっての救出になり、こちらにも相応の被害が出始めています」


 全丞相の報告を嵐は腕を組んで聞いている。さすがに最初の頃のような暢気な様子はなく、緊張感が室内に満ちている。


「華露の報告では、後退した軍はそのまま結界を抜けて撤退する様子を見せているらしい」

「ならば兵が引いた後、こちらから結界を閉じられそうだな」

「はい。一両日中にはどうにかなりそうです」


 櫂の発言に、嵐も全も頷く。とにかく結界を閉じることが最重要事項なのはルカにも分かる。あれだけの狂暴な魔物が結界を出て、エクール王国の村や町を襲ったら、ひとたまりもない。


「結界を閉じるのは鋼と範に任せておけばいいだろう。左軍は引き続き森の捜索を」


 嵐がそう指示を出している時、突然朝議の間に(しゅう)が走り込んで来た。


「陛下!!」

「秀、お前、どうして」

「紫奇猿が結界の外へ出ました!」

「なんだと!?」


 その場の全員が驚き、嵐は玉座から立ち上がる。


「どういうことだ!?」

「森の中を逃げていたエクールの魔法使いたちが、それぞれに結界に穴を開けて外へ逃げたようなのです。それを追い掛けて紫奇猿も外へ」

「まさか、そんな……」

「紫奇猿は森の中の兵士を追っていたんじゃないのか!?」


 嵐の言葉に秀は申し訳ない様子で首を振る。


「私たちが思っていた以上に、紫奇猿は数を増やしていたようです。兵士を追い掛けているのは、我らに対する陽動で、本命は結界を越える隙を狙っていたようです」

「なんと……」


 重臣たちが言葉をなくす中、嵐だけは厳しい表情のまま、すぐに重臣たちに目を向けた。


「動揺している場合ではない。すぐに動くぞ。残っている左軍はどれほどいる?」

「水晶宮の守りに1000名残しておりますが」

「全員連れて行く」

「追い掛けるのですか?」

「放っておくわけにはいくまい。結界の穴はすぐに塞ぐ。これ以上穴を開けられては困るから、全体を一度完全に補強する」

「魔晶石が大量に必要ですが」

「あるだけ使え。出陣の準備だ。急げ!」


 嵐の言葉に全員がきびきびと動き出した。

 ルカはその様子を見て、両手を握り締めると立ち上がり嵐の前に立つ。


「私も行く」


 真っ直ぐに嵐の目を見上げて言うと、嵐は厳しい目を向ける。


「危険だぞ」

「分かってる。でも私も行く。エクールの地理なら私が一番理解してる。絶対に役に立つわ」


 無謀なことなのは百も承知だ。それでも行かなくてはいけないと心が叫んでいる。

 その気持ちにルカは向き合いたいと思った。

 じっと見つめていた嵐は、ふっと笑うと手を伸ばしてルカの頬を摘む。


「勇ましいな、我が王妃は」

「嵐!」


 身を捩ると、嵐は手を離しポンポンと頭を撫でた。


「ルカがそう決めたなら、俺は止めない」

「いいの!?」

「うん。すぐに支度を。間に合わなかったら置いていくからな」

「分かった!」


 ルカはそう言うと、慌てて朝議の間を出て、自室に戻った。

 女性用の皮鎧を着こみ、帯には小さな玉石を連ねた鎖を巻き付ける。

 初めて着る鎧に、妙な高揚感を覚えた。


「口元にこれをお付けしますね」


 藤真が薄い布で鼻と口元を覆う。不思議なことに布の内側、唇の触れる辺りに薄い板のようなものがあった。


「内側にあるのは水晶を薄く削ったものです。紫奇猿が近くにいるようなら、常にそれを噛んでいて下さい」

「噛む?」

「口に含んでいれば毒避けになります」

「分かった……」


 ルカはまたあの紫奇猿と対峙しなくてはいけないのだと改めて恐怖を感じると、ごくりと生唾を飲み込む。


「ルカ、行きましょ。もう広場に兵士たちが集合しているわ」


 鈴に促され、部屋を出る。思羅も黒雷尾の姿で共に歩くと、広場へ向かう。大きな門を越えて外へ出ると、今まで見たどこよりも広い空間に、ひしめくように兵士たちが出陣を待っている。

 男性も女性も、自分よりも明らかに若い人もいる。その誰もがかなりの軽装で、エクール王国の兵士のような身体をすべて覆う鎧を着けている者はいない。


「皆、軽装なのね」

「守りは魔法が補うからね。それよりも魔物相手には身軽に動ける方を優先するの」

「へえ……」

「ルカ、おっと、ルカ様」


 名前を呼ばれて振り返ると、秀が防具を着けた翅馬を引いて近付いてくる。


「ルカでいいです。秀様も行かれるのですね」

「嵐からルカの守護を任されたよ」

「え?」

「嵐は攻撃の要だからね。君を守りながらは戦えない」

「そうですか……」


 嵐のそばにいるつもりでいたルカは少しだけ不安に思ったが、自分が足手まといになっては元も子もない。


「君が死んだら、嵐に殺されるだろうから、全力で守るよ」

「よろしくお願いします」


 ルカは気持ちを切り替えると、秀に頭を下げた。

 櫓の上にいる兵士が鐘を鳴らすと、兵士たちが翅馬に乗り始める。

 秀も翅馬に跨ると、ルカに手を差し出した。


「嵐は先頭だ。行くかい?」

「もちろんです!」


 怖気付いていては共に行くと言った意味がなくなる。ルカは覚悟を決めて答えると、翅馬に跨った。

 翅馬が動き出そうとした瞬間、「クルル」と高い声が聞こえて、秀の前をひらりとクルルが横切った。


「クルル!?」


 ルカの肩に留まったクルルは、ルカの頬を小さな嘴でつついてくる。


「クルル、一緒には連れて行けないわ。とっても危険なの。あなたはお部屋で待っていて」


 さすがに戦場には連れていけないと、諭すように言ってみるが、クルルは怒ったように頬をつつき続ける。


「だめだったら」

「ルカ、連れて行っておあげなさい」

「思羅様、でも……」

「久瑠々はルカの瑞鳥よ。きっとそばにいたいのよ」


 思羅の言葉にルカはクルルを見つめる。濡れたような濃い青い瞳がじっとルカを見つめている。

 その目が何かを訴えているようで、ルカはハァと息を吐くと、外套の襟を緩めた。


「中に入って出てきちゃだめよ。とっても危ないんだからね」


 ルカが優しくそう言うと、クルルは喜んだように飛び上がり、スポッと外套の中へ滑りこんだ。


「よし、行こう」


 秀の言葉に翅馬が浮き上がる。空には埋め尽くさんばかりの兵士が飛んでいて、ルカは目を見張る。

 周囲を見渡すと、人と人の間に、嵐が見えた。


「秀様!」

「ああ」


 秀とルカの乗った翅馬が人の合間を縫って飛ぶと、嵐に近付く。


「嵐!」


 吹く風に負けないように大きな声で名前を呼ぶと、嵐は振り返り笑った。


「来たな! よし! 皆、準備はいいな! 行くぞ!!」


 嵐の掛け声に合わせて鬨の声が上がる。

 そうして、南へ向けて、一団が一斉に移動を開始した。

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