第47話 紫奇猿との戦い
嵐を先頭に一団が風を切るように空を駆ける。翅馬がこれほど速く空を飛べるなんて思わなかったルカは、ただただその速さに驚き、振り落とされるのではないかと気が気ではなかった。
あっという間に森の端へ到着すると、森の中から数騎の翅馬が上昇してくる。
「陛下!!」
「鋼! 俺たちが抜けたら結界を塞げ! 他の魔物を通すな!!」
「御意!」
嵐は鋼にそう指示を出すと、結界に向け右手を差し向けた。その瞬間、空間がぐにゃりと七色に歪み、穴が空く。
「行くぞ!!」
穴が広がり続ける中、嵐はまた走り出す。それを追い掛けて兵士たちも一斉に動き出した。
秀もまた翅馬を走らせていると、ふいに嵐がこちらに近付いてきた。
「ルカ! ここから一番近い村はどこだ!?」
嵐の突然の質問に、ルカは一瞬考え声を上げる。
「このまま真南へ! 翅馬ならすぐよ!!」
初めて晶国へ行く時、最後に立ち寄った国境の村だ。ルカが叫び指を差すと、嵐は頷き走りだす。
晶国の中では高い木々のそれよりもずっと上を飛んでいたが、今は地上の動物が視認できるほどに低い位置まで下りてきている。
そうして少し行くと、遠くに紫色の靄のようなものが見えだした。
「なに、あれ……」
「紫奇猿の毒だ。視認できるほど濃いなんて初めて見たな……」
背後の秀の呟くような声にぞっとする。
嵐たちはスピードを落とさずその紫の靄に突っ込むと、中から悲鳴が聞こえてきた。
「救助が最優先だ!! 範! 行くぞ!!」
嵐は怯むことなく地上へ降りると、靄の中から襲い掛かってきた紫奇猿の腕を、腰から引き抜いた剣で一気に切り落とした。
秀は戦闘に巻き込まれないように、高度を取って地上を見守っている。徐々に靄が晴れてくると、そこに二匹の紫奇猿がいることが分かった。
そして地面には、血塗れで倒れている多くの人が見え、ルカは震える手で口元を覆った。
「嘘……、皆……」
兵士の間をたくさんの黒雷尾たちが飛び、当たりには落雷が落ち続ける。
そうしてしばらくすると辺りが静かになった。
「終わったようだね」
秀はそう言うと、翅馬を下降させ地上に降りた。
巨大な紫奇猿が二匹、地面に倒れている。身体中に槍や矢が刺さっている。けれどそれよりも、村の壊滅的な様子にルカは息を飲んだ。
村のすべての家が崩れてしまっている。瓦礫に埋め尽くされた道には、もはやピクリとも動かない村人たちが倒れている。
「生き残っている者を探せ!」
「嵐……、私……こんな……」
あまりの惨状にルカは震えが止まらない。嵐は持っていた剣を鞘に収めると、ルカの手を握った。
「大丈夫か?」
「皆……、死んでしまったの?」
「ここはな。でもまだ助けられる。頑張ろう」
嵐の穏やかな声に顔を見上げると、頬から血が流れている。
「血が……」
「大丈夫だ。周囲に村はまだあるよね?」
「うん……。ここから馬で半日くらいのところ。もうあとは城下町に向かって、町が増えていくわ」
「分かった。秀、ルカを頼むぞ」
「ああ」
ルカを秀に任せると、嵐は兵士たちの元へ戻って行く。
「遠見はできるか?」
「やっております。あまりに人が多いのでどうにも……」
嵐が話し掛けた兵士は一際長い杖を持っている。その兵士は目を閉じたまま話し続ける。
「紫奇猿だけではありません。相当の大物が出てしまっております。近隣の村には到着しているでしょう。ですが、近くにはもう紫奇猿の気配はありません」
「なんだと?」
「近くにいるのは他の魔物だけです」
「まずいな……」
「嵐、紫奇猿は毒だけ撒き散らして移動している。多分、もっと多くの人が食べられる場所を探しているんじゃないのかな」
秀の言葉に嵐が顔を顰める。
(人が多い場所なんて……まさか……)
ルカは自分の考え付いたことにぞっとして首を振った。けれど否定したい気持ち以上に、不安が大きく膨らんでいく。
「まさか……城下町になんて……行かないわよね?」
ルカが小さく呟いた声に、嵐が険しい顔を向ける。
「紫奇猿には翼がある。高くは飛べないが、走るよりもずっと速く移動できる」
「そんな……でも……」
「隊を編成しなおす。範、右軍は隊ごとに各町へ。魔物を各個撃破していけ。もはや紫奇猿がどれほどいるか分からん。殲滅が最優先だ。後続隊に救護は任せよ」
「御意!」
「鋼、来たな」
「お待たせ致しました! 陛下!」
上空から声がすると、鋼がひらりと翅馬から飛び降りる。
「お前は俺と城下町へ。たぶん一番の大物がいる」
「生け捕りにはしないので?」
「お前の望みを叶えてやりたいが、状況が悪過ぎる。生け捕りはまたの機会だ」
「分かりました。全力で戦いましょう」
「左軍500は俺と共に城下町へ。全速力で飛ぶぞ!!」
嵐の掛け声と共に、半分に数を減らした兵士たちは一斉に城下町を目指した。
眼下で通り過ぎる町からは、煙が上がり悲鳴が聞こえる。範将軍の隊がその都度、少数で分散して降りていく。ルカはそれを涙を堪えて見送った。
そうして城下町が見えてくると、ルカの悪い予感が当たっていることが分かった。
そこここから悲鳴と戦闘の音が鳴り響いている。魔法騎士が戦っているのか、魔法が放たれて空に赤い光が見えた。
城下町の大通りは、戦えない者たちが逃げ惑い、酷いパニック状態だった。
「行くぞ!!」
街を見下ろしていたルカは、嵐の声にハッとして視線を向けると、嵐が屋根の上で暴れている紫奇猿に魔法を放った。
空気を切り裂くような風の刃が巨大な紫奇猿を切り刻む。血が飛び散るが、気にしていないように紫奇猿はそばで戦っていたエクール兵に襲い掛かった。
「すごい数だ。これほど紫奇猿が数を増やしていただなんて……」
秀が城下町を見渡し、強張った顔で呟く。
見えている限り、10匹は紫奇猿の姿が見て取れる。どれもかなりの身体の大きさで、腕一振りで兵士を吹き飛ばすほどの威力だ。
ルカはただ震えながらそれを見ているしかなかった。すると、視界が徐々に紫の靄に閉ざされていくのが分かった。
「毒を飛散させている。まずいな……」
「毒を吸ったら死んでしまうんでしょ!? 街の皆は……」
通り過ぎた村の惨状を思い出し、ルカが言葉を失くす。
けれど唇を噛み締めると、秀の目を見た。
「秀様! 下に降りて!」
「だめだ!」
「風上へ皆を誘導する! 少しでも毒を吸わないように!」
真剣な目で秀を射抜くように見つめると、秀は少しの間、睨み合うようにルカを見つめたまま考える。そうして大きく頷くと翅馬を下降させた。
戦闘から少し離れた場所の小さな家の屋根に降り立ったルカは、翅馬から降りると大きく息を吸い込む。
「皆! 落ち着いて!! 風上に逃げるの! 西に!! 西門へ逃げて!!」
ルカは自分が発した声が思った以上に大きく響き渡り驚いて秀を見ると、秀の手がルカの肩にそっと触れている。
「魔法だよ。続けて」
「紫の靄を吸いこんではダメよ!! 口元を布で覆って!! 西へ!! 急いで!!」
逃げ惑っていた街の人たちは、突然聞こえてきた声に足を止め恐怖を湛えた目でルカを見上げている。
泣き続ける子どもを抱く人や、老人、女性を見下ろし、ルカは涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。
「あの魔物は晶国の人たちが倒してくれる!! だから落ち着いて!! 西門へ!!」
ルカの言葉に全員戸惑った表情だったが、ポツリポツリと歩きだす人たちがいた。
それに釣られるようにまた一人また一人と西門へ向けて歩き出す。そして次第にその数は増していった。
「そうよ! 皆、西門へ!!」
「ルカ、西門って、この通りを真っ直ぐに行くのかい?」
「ええ!」
ルカが頷くと、秀は一度確認するように大通りを見つめる。そうして両手を上げると、その手に金の光を放つ弓と矢が出現した。
その矢を放つと、金の飛沫を飛ばしながら、すごい勢いで矢が飛んでいく。そうして遠く見える西門へ、一直線の金の光の糸が繋がった。
「これでこの周辺は毒が薄まる。目印にもなるから丁度いい」
「すごいわ! 秀様!」
ルカはが声を上げると、秀は笑みを見せた。
「皆を誘導しましょう!」
「ああ。翅馬に乗って!」
ルカは自分ができることを見つけて勇気を奮い立たせた。
恐怖を振り払って翅馬に飛び乗る。城下町を飛び回り、逃げ惑う人々に声を掛け続ける。
そうして四方八方に逃げていた人々が徐々に西へと動き出した頃、ふいに見上げた王城の尖塔が爆発し、崩れ落ちるのをルカは見た。
「城が!!」
高い城壁に囲まれた王城は無事だと思っていたルカは、突然の爆発に目を見開いた。
それは周囲で戦っていた晶国の兵士たちも同じだったのか、城を見上げて動きを止めている。
「陛下! 行って下さい!!」
鋼の声が遠く聞こえたかと思うと、紫の靄の中からすごい勢いで翅馬が飛び出した。
「嵐!!」
嵐は戦闘でぼろぼろになった外套を放り、こちらを見ることなく遠ざかって行く。
それに追従して数人が城へ向かうのを見て、ルカは秀を見た。
「私たちも行きましょう!」
「ああ!」
そうして二人も嵐を追って王城へと向かった。




