十八話「生まれてきた意味」
◇璃々◇
たった数時間が、美波鈴にどんな変化を与えたのかわからないが、彼女の顔つきは確かに変わっていた。自分にも未来にも絶望しきっていた異端審問官としての彼女は消え。私の目の前には、微かな希望を手繰り寄せようとする糸依の幼馴染みとしての彼女がいた。
関係値はマイナスに振り切れた私たちだが、ただ一つ、糸依を助けたいという思いだけは同じ。許してなんてない、彼女も許されるなんて思ってない。だから、
「私は……あなたを利用する。たとえ、あなたの全部を使ってでも糸依を生き返らせる。それでいいわね?」
「いい。なんでもいい。あの子が生き返るなら、なんでもする!」
「返事が良くて助かるわ。それじゃあ、持ってる情報も材料も全部出して。──絶対に、救ってみせるから」
私のその言葉を聞いて安心したのか、美波鈴は全てを話した。赤い玉──糸依の魂が宿った物質とそれに使われた呪い。時間が限られてることや、現状、魂を器に落とし込む呪いを彼女も知らないこと。
もしかしたら、禁術書に書かれている内容がヒントになるかもしれないが、それを持って来させた場合、家族に見つかって処刑される可能性もなくはない。
今、最も恐れるべきは時間切れだ。二度目のチャンスがないとくれば、取れる手段も限られてくるし、難易度も上がる。急拵えの呪いでは失敗のリスクも計り知れないだろう。最悪の場合、その場にいる全員が死んでもおかしくはない。私たちが今手を出そうとしているのは、そういう領域の問題だ。
でも、それがどうした?
死は怖くない。
死はいつかくる終わりだ。
私が、本当に怖いのは……死んだように無意味に生き続けること。
「……二階に行くわ。糸依を持って付いてきて」
「わ、わかった」
「クマタロウ、あなたは骨を持ってきて」
「!!」
器はある、魂を器に固定するための要となる骨もある。呪文は即興で用意するしかないが、仕方のないことだ。代償としてなにかを持ってかれてしまったとしても、構わない。
もう一度、糸依に会えるなら。
そう、決意を固め、開かずの部屋へと足を動かす。あの部屋にあるのは、本来、一族の悲願に使われるべき人形だが、もう時効だろう。
歪んだ願いを追い続けるより、失われた悲願を叶えるより、今が私にとって大切なものなんだ。きっと、ご先祖さまもわかってくれる。
彼女も、失って願いを覚えてしまったんだから。
「美波鈴」
「……なに、空金璃々?」
「今からあなたが見る光景は、到底信じられないかもしれないけど、黙って受け入れてちょうだい」
「受け止めるわよ。どんなことでも」
どうやら、彼女も覚悟を決めてたらしい。強く言いきった美波鈴を信じ、私は部屋の扉を開けて中に入る。
明かりをつけて、ケースに被せた布を取れば──人形と何度目かの対面だ。
まるで人間のようで、生きているのか死んでいるのか、眠っているのか起きているのかわからない、そんな完璧な人形。糸依と瓜二つのそれを見た美波鈴は、最初こそ戸惑いはしたが、数度深呼吸を繰り返せば元の落ち着きを取り戻し、優しくケースを撫でた。
「本物、じゃないのよね」
「えぇ。精巧に作られた人形、のはず。私もわからないわ。お祖母様も全てを教えてくれたわけじゃないから」
「これを、使うの?」
「容姿が似ている。それだけでも呪いの効果は上がるし、使わない手はない。魂が宿ったその紙玉で彼女の骨を包んで、人形の中に埋め込む。あとは、呪文さえ詠えれば──糸依を助けられる」
出せる手札は全部持ってきた。ここからは、私次第だ。
心を落ち着かせるために、一旦深呼吸を挟んでから、ケースの蓋を開ける。人形に問題がないか体を触って確かめ、改めてその存在の異質さに気づく。
本物と遜色ない感触。体温こそないが、人間との見分けは簡単にはつかないだろう。
唯一無二の違いは、目を凝らさなければ気づかないほど小さな、左胸の切り込み。その姿形から、あまりしっかりと見てこなかったからか見落としていた、何かを入れるための穴。最初からあったのか、何代目かの誰かが切ったのかはわからないが、悲願に近づいたものが居た。その証拠。
「……美波鈴、糸依を私に」
「任せたわよ」
「わかってる。クマタロウ、骨を」
「!!」
「──呪いを、始めるわ」
残してあった全ての骨を紙玉で包み、胸の穴に押し込むと、人形はそれをすんなりと受け入れ、核とする。人間でいう心臓の代わりにあたるため、左胸という場所も上手く噛み合っている。
あとは、詠うだけ。
頭の中に、胸の中に彼女を──糸依を思い浮かべて、詠うだけ。考えてはいけない。心からの呪文で、魂を器に縛り付ける。
思い返せば、あっという間に過ぎ去った日々だった。思い出も少ないし、知っていることだって多くない。わかるのは、短い時間でも私の中で大切なものになっている、そんな想い。
間違えてばかりの私たちが、最後にとる正解。
みんなが幸せな大団円は、あなたな居ないと始まらないの。
お願い。お願いだから、戻ってきて──糸依!
「器なき、黄泉戻りの魂よ。空の器を満たし、現世に舞い降りろ。永遠の別れを断ち切り、戻り給え!」
呪文を言い終えた瞬間、ケース下の紋章が赤く光だし、核を入れ込んだ穴が肌に浮かび上がった紋章で塞がれる。やがて光が収まった頃、今までただの人形だったものがピクリと指を動かし、ゆっくりと目を開けた。
人形は糸依と同じ──夜空色の瞳をしていた。
◇糸依◇
目が覚めて。一番最初に視界に入ったのは、必死に祈るような表情をした璃々ちゃんだった。その横には、鈴ちゃんも同じような表情で立っていて……段々と、記憶が戻っていく。
確かに、確かにわたしは死んだはずなのに。看取られて眠りに就いたはずなのに、意識がある。
少し遠いが、耳も聞こえるし。目も見える。体は少し動かし辛いが、ちょっとなら問題ない。
なのに、どうしてだろう。
みんなと会えて嬉しいはずなのに、感情がグチャグチャで、上手く言葉が出てこない。
そんなわたしに気づいたのか、鈴ちゃんはすぐさま駆け寄り、抱き締めてきた。薄布一枚羽織ったような服しか着ていないわたしからしたら、少し気恥しいが彼女の体温に触れることでようやく生きているんだと、実感が湧いてくる。
「ごめん! ごめんなさい! アタシ、糸依に酷いことして、本当にごめんなさい!」
「……あやまらないで。だいじょうぶ。おこってないよ」
「糸依……いよりぃ……!!」
涙を流しわたしの名前を呼ぶ鈴ちゃんの頭を撫でながら、視線を璃々ちゃんの方に送ると、彼女は少し複雑そうな表情だった。きっと、さっきまでのわたしと同じで、嬉しいけど素直に喜べない。そんな感覚なんだろう。その答えは、自分が寝ている場所、辺りの景色を見れば、なんとなく見えてくる。
「……にんぎょうに、なっちゃったんだね」
「それしか、方法がなかったの。ごめんなさい」
「ううん。うれしいよ。あきらめないでくれて、ありがとう。りりちゃん」
まだ慣れない体で喋り辛いけど、精一杯の笑顔でお礼を伝える。すると、璃々ちゃんが一筋の涙と共に──見たことのない笑顔を零した。あまり笑ったことのない彼女らしい、少し不器用で、けど本当に嬉しそうな笑顔。
多分だけど、わたしはこの子の、こんなにも愛おしい笑顔を見るために生まれてきたんだと、そう思った。
◇
五月の終わり。十五歳の初夏の頃──わたし、夢川糸依は人形になった。
次回もお楽しみに!
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