最終話「魔女と人形と異端審問官」
◇璃々◇
私たち三人の新しい関係が始まってから、早数日。色々なことが、慌ただしく回っていった。
美波鈴の家出から始まったそれは、あれよあれよと流れていき、最終的に家の住人が二人増えたのが、つい昨日のこと。騒がしさは以前の倍以上になってしまったが、それを心地良いと思っている自分がいることに、少し驚いた。
歪んで重なった私たちだけど、一歩ずつ寄り添いあって過ごしている。許せないことも、許してはいけないことも抱えたまま、生きている。
もし……付け加えることがあるなら、朝一番に大切な人に会える生活というのは、悪くない。
「おはよう、璃々ちゃん。トースト焼いてるけど、食べる?」
「……えぇ、一枚お願い」
「飲み物は?」
「コーヒーで」
「わかった。少し待っててね」
笑顔でそう返す糸依を見ていると、本心からそう思う。不謹慎だし、彼女には失礼かもしれないが、こうなったからこその今が素直に愛おしくて、温かくなる。
課題は山積みで、人形になった糸依を元に戻す研究や、追っ手となって迫ってくる可能性がある美波鈴の家族。異端審問官を匿っている罪が他の魔女から指摘されることだってなくはない。
だけど、この今を守れるならそんな課題は苦ではない。強いて嫌なことがあるなら……
「おはよう、糸依! 鈴のご飯ある?」
「トーストでいいなら、すぐ作れるよ」
「やった! ジャムもつけてね!」
「ふふっ。はいはい」
少し距離の近い幼馴染みが身近に居ることくらいだ。まぁ、それも一種のスパイスだと割り切るのが魔女。狡賢く強かに歩いていくのが私らしさだと、やっと気づけた。
◇鈴◇
家族から逃げて、辿り着いた空金璃々の家で、アタシは居候することになった。勿論、糸依も一緒だ。人形になってしまった彼女は、いくら精巧に作られていたとしても、人間とは違う。
いくら時間が経っても髪は伸びないし、体が衰えることもない。食事をして栄養を摂るが、それは空腹だからではなく、エネルギーとして必要だから。睡眠も同様に、体全体に張り巡らされた擬似神経を休ませるため、らしい。決して眠いからではない、とか。
こうやって少しずつ、アタシは自分の犯した罪の重さを知っていく。傷付けば血が出るのもそれらしく見せるため、なんて。昔の人間の思考はわからない。
わからないが、恩はある。
まだまだ続いていく人生で、アタシは償っていかなきゃいけなんだ。誰かにそう言われたからとか、そうじゃなくて、自分でそうしたいと思ったんだ。
だから先ずは……
「寝ないの?」
「……まだね。時間は有限。糸依の未来をこれ以上奪わないために、できることはやっておきたいの」
「──なら、アタシもやる」
「本気?」
「元異端審問官を舐めないで。呪いについて、最低限の知識はあるわ。……ちょっとだけど、禁術書も見たし役に立つ」
「……そう。勝手にしなさい」
「勝手にする」
馬が合わないこいつとも協力して、糸依を元の体に戻す。アタシのエゴでもあるから贖罪とは言えないかもしれないけど、やってみせる。今までは、アタシが糸依から貰ってきたから。今度は、アタシから糸依にあげたい。
例え、どれだけ時間がかかっても。
例え、どんなに苦しいものになっても、構わない。
アタシは、糸依が好きだから。その好きが歪んでいたとしても、それがアタシの中で一番の理由だから、がんばる。
その次は、空金璃々にも……ちゃんと、謝りたいな。
◇糸依◇
人形になって、少し、ほんの少しだけ日常が変わった。寝るという感覚はなくなって、電源が切れたみたいに夜は動かなくなり。食事も、美味しいとは思うけど、お腹が減るという感覚は消えてしまった。
怖くないと言えば、嘘になる。
体の動かし方だってまだ慣れないし、今度はいつ死ぬかすらわからなくなってしまったんだから、当然だ。
でも、それでも、二人には感謝している。最後まで諦めないでいてくれたことが嬉しくて、小さいけれど歩み寄ってくれているのが微笑ましい。
今もそう。
二人して、わたしの体のために真剣に話し合っている。少し喧嘩っぽい雰囲気もあるけど、以前までの刺々しさはどこにもない。
「……やっぱり、わたしたちは出会ってよかったんだ」
苦しいことも悲しいことも乗り越えて、絡みついたしがらみを断ち切って、役割を投げ捨てて、ようやく一段落。バットエンドで終わりかけた運命をひっくり返して、今がある。
これからは、ずっと一緒。
もし体が治っても、三人で過ごして生きたい。
わがままかもしれないけど、二人と別れたくないんだ。ここから先にある苦難や困難を、みんなで分かちあって、笑い合いたい。
傷つけあったわたしたちだけど、幸せになる権利は誰にだってあるんだから。璃々ちゃんが許せないことを、わたしは許して。鈴ちゃんが許せないことも、わたしが許して。手を取り合って進んでいく。
魔女と人形と異端審問官の三人で、未来に向かっていく。
罪も罰も、昔話になるその日まで。しわくちゃのおばあちゃんになるその日まで。大好きな人と並んで。
『また、明日』を、もう言わなくていいように。
読者の皆様、ご愛読ありがとうございました!
初めての長編(中編)の一次創作でしたが、どうでしたでしょうか?
割とガバガバだったり、色々と危ないところはありましたが、なんとか完結できてよかったです。ユリダイスキーな私ですが、今後も一次創作を続けていくつもりなので、もしよろしければ、偶に作者欄でも覗きに来ていただけると幸いです。
改めて、十九話に詰まった璃々たちの物語を楽しんでいただき、ありがとうございました!
では、また会う日まで!




