十七話「赤い糸、紡いで」
◇鈴◇
死んだ。
糸依が、死んだ。
アタシが殺した。
遺体は燃やされ、この世に彼女の器はなくなった。
魂は浄化され、器を必要としなくなった。
間違ってない。アタシは、教えに則って穢れを祓ってあげたんだ。だから、糸依は救われたはず。救われなくちゃいけない。なのに、それなのに、胸が痛くて涙が止まらない。異端審問官として正しくあったのに、心が晴れない。
今までなら違った。魔女に惑わされた人を殺しても、もうなんとも思わなくて、それが救済だって考えてたのに、そこまでに至らない。
けど、ダメなんだ。そんなの許されない。許されていいわけがない。もし、もしも、全部間違えだったなら。アタシの行いが誤ちだったなら。これから、どんなにがんばっても償えない。
魔女は悪で、異端審問官が善。
世の人を惑わす彼女たちを排除するのが仕事。
頭ではわかってても、心が激しく反発する。十年来の親友を、大切な幼馴染みを殺したのに、それが正しいことなんて、思えるわけない。彼女は最後までアタシを信じていたのに、それを裏切って行為が善だと思えない。
吐き出したくても吐き出せない思いが涙となって溢れて、零れ落ちていく。
誰かに、責めて欲しかった。
あのオンナにでもいいから、罰して欲しかった。
じゃなければ、認められない。認められるわけがない。
そんな気持ちに縋って、家へ帰った。淡い希望を夢見て、パパとママに話した。夢川家とウチは、家族ぐるみの付き合いをしてるから、怒ってくれると思った。パパもママも糸依を好いていて仲が良かったから、きっと──
「そうか! 偉いなぁ、鈴は。まさか糸依ちゃんがとは思ったが、親友でも手を抜かないなんて凄いぞ!」
「穢れたあの子を助けてあげたのね!! 流石はパパとママの子! 将来が楽しみだわ〜」
「ぇ……怒ら、ないの?」
「なんでだ? お前は異端審問官としての仕事を全うしたんだぞ? 今日は豪勢に、寿司でも頼もう!」
「良いわね! 早速、どこが良いか探しましょうか! 鈴ちゃんは何食べたい?」
「…………お腹減ってないから、いい」
「あら、そう? じゃあ、お寿司はまた今度ね」
「うん、ごめんね」
うまく笑えたか、わからない。ただ、ただひたすらに、この狂気に塗れた空間から逃げ出したくて、自室に篭った。理解が及ばないとか、そんなんじゃない。当たり前なんだ、この家では。そうあることが普通で、アタシが求めたものは何一つない。この手で、捨ててしまった。
どうしようもなく愚かで、哀れで、向き合わなかった罪が背中を叩いた、気がした。贖罪なんてできやしなくて、アタシには何も残ってなくて、それが酷く苦しい。
教えられた異端審問官という役割も、逃げ場から始めて、糸依に褒められたことで好きになれた絵も、虚しいだけのものになってしまった。
「……なにが、したかったんだろう」
ない。
ない。
なにも、ない。
好きなものも、嫌いなものも貰いものばかりで、アタシが本当に好きだったものはなくなってしまった。
謝りたい。謝らなくちゃ。そう思っても、彼女の家まで行くのが怖くて、足が動かない。「魔女に惑わされた。穢れてしまった糸依ちゃんを殺しました。ごめんなさい」なんて、理由にならないから。
「会いたい。会いたいよ、糸依ちゃん」
許されなくてもいい。
触れられなくてもいい。
ただ、アタシはあなたに生きていて欲しかったんだ。傍で笑っていて欲しかったんだ。叶わない願いだとしても、アタシは……アタシは──
「……あった。会う、会える、方法」
必要以上に読もうとしなかった、空金一族が作り出した呪いの本──『禁術書』に手を伸ばす。本当におぞましくて、少ししか見れなかったが、その中の一つにそれはあった。
「『死者の魂を現世に喚び戻す呪い』……これなら、これならもしかしたら、糸依に……」
会える。会えるが、問題はまだある。それは、あくまで魂を喚び戻すだけだということ。喚び戻された魂は、呪いの材料に使われた無生物に宿るだけで、それ以上のことはできない。策があるとすれば、アタシではなく魔女である空金璃々、ただ一人。
加えて、呪いを使うなんて禁忌を犯せば、アタシは一生を同族に追われる身となる。殺されたって文句は言えない穢れた身に堕ちる。──でも、それでも、会いたい人がいるんだ。
役割がどうした。
禁忌がどうした。
教えがどうした。
そんなの、糸依の命に比べたら意味のないものに決まってる。たとえ、追われる身になっても。たとえ、誰からも愛されなくなったとしても、関係ない。もう一度、彼女に会って謝れるなら、それでいい。
目を背けて逃げるのは、やめよう。
考えないようにするのも、やめよう。
一歩踏み出して、立ち向かうんだ。
「……材料を、探そう」
必要なのは、対象に縁のある人間の血と、適当な無生物。血が染みやすく、これも同じく対象と縁のあるものだと効果が上がる、らしい。呪いの効果時間は血が近縁者じゃなければ保って数時間。血はアタシので代用するとして、無生物は……
「……やっぱり、これだよね」
初めて描いた、糸依の似顔絵。額縁に入れて飾られたそれを取り出し、クシャクシャに丸める。あとは、これに血を垂らしつつ呪文を唱える。
失敗は許されない。もしミスを犯せば、対象は二度と喚び戻すことができなくなる。だから、落ち着いて、一度深呼吸をしてから、一言一句違えず詠う。
「還れ、この地に。戻り給え、眠れる魂よ。我が呼びかけに応え、目を覚ませ。夢川糸依を、空の器に」
最後の呪文を唱え終わると、その瞬間、不自然にも血の赤が紙全体に染まり始め淡く光り出す。生きているはずはないのに微かな温かさを漏らしながら、似顔絵だった紙玉はアタシの方に転がってくる。
成功した!
成功したんだ!
喜びで飛び跳ねそうになる心をグッと抑え、静かに、静かに部屋を出て階段を下る。ここでバレたら全てが水の泡だ。
「パパとママは……リビングか」
運が良かったのか。幸いにも、アタシが部屋を出たことに気づいていない二人を避けて、家から脱出することができた。
目指すはアイツが──空金璃々がいる魔女の家。
◇璃々◇
真実を知って、私はなにもできなくなった。会いたいのに、頭が回らなくて。会いたいのに、何かをしようとする気力すら湧かなくて。リビングのソファで一人、ぼーっとしていた。
何も言わずに傍に居てくれるクマタロウが愛おしいと同時に寂しくて、少し前までは騒がしかった家も静かに感じる。
たった一人、されど、その一人が大きくなり過ぎて、寂しい。うるさいのは嫌いだったのに、いつからこんなになってしまったんだろうと考えても、わからない。糸依との出会いは私の多くを変えたから、余計にそう思ってしまう。
「……死んだら、会えるのかしら」
約束もなにもかも捨てて、死んでしまったら、会えるのかも。なんて、意味のないことを考える始末だ。会えるかなんてわからなくて、会っても怒られるかもしれないのに、変に想像だけが先に行く。
私とあなたの歩幅は違くて、先を行く私をあなたはいつも追いかけてた。きっと、未来で重なると勘違いしてたんだ。だから、走り去ったあたなを、今は私が追いかけようとしてる。
人間は死ぬ。
本当に呆気なく、死んでしまう。
偉大な魔女であったお祖母様も、私を慕ってくれた糸依のような優しい子も、不平等にあっさりと死んでしまう。受け入れろ、という方が無理な話だ。
本当に、本当に夢のような時間で、今もまさに夢の中に居たなら。早く起きて、やり直したい。出会いも、別れも。全部やり直して、今度はもっと上手くいったら、ちゃんと言葉に……して……
「!!」
「……なに、クマタロウ?」
「!!! !!!!」
「美波鈴が……ここに?」
「!?!?」
「赤い玉を持ってる?」
突拍子もないことを言うクマタロウだが、嘘はつかない。結界の権限を渡したままだったから、彼が教えてくれたんだろう。──それにしても、今更彼女はここに来たのか。
監視用の目で確認すれば、確かに美波鈴が結界に接触している。しかも、何かを叫んでいるようだ。遠いせいで聞き取り辛いが……どうでもいい。
今日は少しゆっくりしたい気分なんだ。放っておけばどこかに行くだろうし、話なら明日にでも聞けばいい。
「クマタロウ、開けなくていいわ。用は明日聞くから──」
「!!」
「……今、なんて?」
「!!」
「糸依が、生き返るかもしれない?」
「!」
ブンブンと頷くクマタロウ。彼曰く、美波鈴が持ってる赤い玉には糸依の魂が一時的に宿っており、今なら彼女を生き返らせることができるかもしれないと、言っているらしい。
嘘か、本当か。
朝の美波鈴の様子から察するに、どこかのタイミングで発狂して壊れてしまっていてもおかしくない。嘘の可能性は十分にある──でも、本当なら?
本当なら、微かな希望さえ見えなかった暗闇にも光が差すかもしれない。1%だとしても、やる価値はある。けど、嘘だったら……
「……どうすれば」
「!!」
「クマタロウ……」
『璃々、忘れたのかい?』
「っ!? お祖母様!!」
『魔女は狡賢く強かに。利用できるものは、なんでも利用なさい。大切な友達、なんだろう?』
「……えぇ、そう。糸依、私の友達」
幻聴か、はたまたお祖母様の置き土産か。
クマタロウから、声が聞こえた。
あぁ、もう、叶わないなぁ……お祖母様には。
「クマタロウ、美波鈴の結果内への入出を許可してちょうだい」
「!!」
返しきれなかった恩を、ここで返す。
見ててね、お祖母様。あなたの孫が、奇跡を起こすところを。
次回もお楽しみに!
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