十六話「あなたに会いたい」
泡沫の夢なら良かったのにね。
◇璃々◇
家を出て、学校に向かう。深く打ち込まれた約束の楔が、私をそうさせる。重い体を引っ張って、ため息を吐きながら、歩いていく。
そうして、慣れた道のりを通り校門が見えてきた頃。後ろから来た誰かに、制服の袖を掴まれた。あまりにも弱々しい力で、やろうとすれば簡単に振り払えたけど、私にはそれができない……できなかった。
だって、振り返って見た彼女の──美波鈴の表情が、酷く哀れに思えてしまったから。
「いより……糸依は?」
「死んだわ。遺体ももう、燃やしてある」
「……うそ、うそよ!?」
「別に、信じる信じないはあなたの自由。確かめたいなら、証拠の骨でも見られれば、満足してくれるかしら?」
「う……あぁ……」
ポロポロと、光の灯らない瞳から涙を零す彼女に、なにかをするわけでもなく、私はただ傍に立つ。怒りも、憎しみも、全部ぶつけて今すぐにでも殺してやりたいくらいだが、私も大切な人を失う辛さを知ってしまったから、なにもしないし、したくない。
許せる許せないじゃなくて、虚しくなるだけだから。したくない。
その後も、立ち尽くして泣いている彼女の傍で、私は待った。待って待って、待ち続けて、袖から手が離れたら、美波鈴はフラフラとどこかへ歩いて行った。
本当に、哀れな子だ。
求めていた人を自らの手で殺して、縋るものもなにもなくなって、自壊していく。
「私も、いつかは……」
ああ、なるんだろうか?
楔がなにかの拍子に取れてしまったら、私も壊れていくんだろうか。何も成せないまま、生きる屍の形すら保てなくなって、消えていくんだろうか。
グルグルと回る考え。止まった足を動かし始めて出した答えは、簡単なものだった。「どうでもいい」という、単純な回答だった。
◇
結局、放課後になっても美波鈴は学校に来ず、私の日常は糸依と出会う前の静かな日々に戻った。一人で昼食を食べて、一人で下校して家に帰る……そのはずだったのに。偶然にも、視界に「花屋」の二文字が映り込んだ。
お祖母様の時は、庭園の花を摘んで供えてただけだったけど、「最初の一回くらい、糸依の好きな花を」と思い、足が自然とそっちに動いた。
バラにツツジやアザレア、フジにハナミズキ。色とりどりの花や花木が取り揃えられており、品揃えは良い方なのだろう。一つ一つ見渡していき、どれかに手を伸ばそうとした時、私の手はどこにも伸びなかった。それもそのはず。何故なら私は、彼女の好きを知ろうとしなかったから。
時間がある、この先いくらでも知る機会がある。そうやって勝手に信じて、知ろうとしなかった。お祖母様の時と同じ。有限を無限だと期待して、相手だけが自分を理解して、私は進まないままだった。
好き、好きだったんだ。私は、糸依を好きだったのに。なにも、知らない。わからない。寄り添ってくれた彼女に甘えて、私はなにもしなかった。守ることだけ必死になって、それすらもできなくて。今、無意味にここにいる。
「……私、なにしてるのかしら」
友達を救えず。
好きな物を供えることもできず。
心に無力さが溢れてくる。
美波鈴を哀れんでいながら、きっと私も同じ場所に居た。それが耐えられなくて、息苦しくなって、そそくさと家に帰った。
帰ったら帰ったで、お祖母様と同じように一番綺麗そうな花を摘んで、土がこんもりとした墓らしき場所にそれを置き、手を合わせる。
「……ごめんなさい」
一言、そう謝って、玄関のドアをくぐる。中に入れば、ぬいぐるみたちが忙しなく動き回り、掃除をしていた。いつもと変わらない光景だ。私は彼らにそれ以上の指示をすることもなく、リビングに荷物を置いて、二階に上がる。
抜け切らないネガティブな思考を追い出すために研究に専念したくて、もしもの可能性を探したくて、開かずの部屋に足を踏み入れた。
暗い部屋を明るくするために電気をつけると、どこかのぬいぐるみが私に気を使ったのか、人形の入ったケースには布がかけられている。もっとも、薄い素材だったがために少し透けているが誤差の範囲だろう。
この世界が御伽噺のようにファンタジー溢れていたら、人形へのキスで彼女の意識が目覚めてもおかしくないだろうが、そんなこと起こらない。
例えば、そう。
悪魔と契約する、なんて禁忌でも犯さない限り。
「どこかに、どこかに絶対にある。それさえ見つけられれば……」
もしかしたら──そんな可能性に賭けようと本棚を漁り始めると、一冊の不思議な本を見つけた。不思議、というのは、なにか特別な装丁がしてあったわけでもなんでもなく、ただ異様に視線がその本に引っ張られたのだ。
手に取ってよくよく見れば、他の本とは明らかに年代が違う一冊。デザイン自体はシンプルだが、肝心の著者の名前はなく、タイトルに書かれた文字もどこの国のものかわからない。そのはずなのに、頭の中にスっと意味が入ってくる。
「……日記?」
一体誰のものなのか?
恐らく、何代、何十代前のご先祖さまの物なのは間違いないが、名前すらわからないのでは仕方がない。正直、今読んでも意味のないものとしか感じられないだろうが……どうしてかその本に惹かれて、ページを捲った。
読んだ先にあったのは、紛れもない地獄。
娘を亡くした母親と、親友を殺した異端審問官。話の流れを見るに、これが初代当主のものだとわかり、そして──悲願の本当の意味を、知ってしまった。
『娘を生き返らせる』
それだけ。たったそれだけの理由で、彼女は祖国を出て日本まで逃げ、根を下ろした。人形も、その娘を模して作られた限りなく人間に近い存在、らしい。
じゃあ、じゃあ一体、『人形に魂を宿す方法』を探し続けた、今までの研究はなんだったんだ?
積み重ねた努力は?
犠牲になった魔女たちは?
一体なんのために、歪んでしまった悲願を追い求めて、散っていったんだ。
糸依は、そのために、死んだ?
原型のなくなった狂った願いのために、私の友達は、家族は、死んだのか?
「なら、私が……契約して、全部、元に……元に戻せば……」
本当に?
本当にできるのか?
初代当主様は、一生を懸けて娘を生き返らせることができなかったのに、私にそれができるのか?
もし、できなかったら?
悲願を引き継いだ先で、まだ歪んでしまったら?
私の人生も、あの子の人生も、何も残らなくなってしまう。
「あぁ……なんで? どうして……こうなるの? こうなる運命だったの?」
止まらない涙が、果てしない絶望が、心をグシャグシャに掻き乱す。痛くて、痛くて、辛い。こんなになるんだったら知らなくてよかった。知りたくなかった。
温かさも、優しさも、好きも。知らない方が痛くなくて、幸せだった。
──けど、それでも私は、もう一度糸依に会いたい。会いたいよ、あなたに。
次回もお楽しみに!
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