十五話「最後の約束」
おしまい
◇璃々◇
助からない。そんなの一目見ただけでわかってしまった。糸依の左胸に深深と刺さったナイフが、彼女の体を染めていく血が、それを証明していた。
だけど、私は諦めるなんてできなくて、自分が思いつく最善を尽くすために行動を起こす。まずは──
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「どいて!」
最早、謝るだけになってしまった美波鈴を糸依の体からどかし、緊急事態の合図としていた口笛を鳴らす。使いたくなかった手段で、神秘の秘匿を破る禁忌だが、そんなルールに構ってはいられない。……私が用意した最後の一手は、ぬいぐるみたちの完全招集。
勿論、私の家からじゃ時間がかかってしまうが、そんな余裕はない。だからこそ、完全招集する。昔、お祖母様は私と同じように外の目としてぬいぐるみたちは放っていた。もっとも、不審者を見逃さないために動き回ることを良しとした私と違い、監視カメラのように位置を固定し動くことを許さなかったが、それがここで生きてくる。
隠されたぬいぐるみの数は数十体。距離が遠いものもあるだろうが、少なくともそのうちの十数体は数分と経たずにここに来る。人一人運ぶのには少し心許ないが、文句を言ってる場合じゃない。
慎重かつ丁寧な仕事は、命令を下された彼らの専売特許だ。刺さったナイフが抜けない状況で、私が運ぶよりはマシになる。
「お願い、早くっ……!」
「!!!」
「クマタロウ!? あなた、なんでこんなに早く……?」
「!?!?」
「……わかってる。すぐに運んでちょうだい!」
「!!」
『!!』
私の指示のもとクマタロウが先導し、それに続いたぬいぐるみたちはすぐさま糸依を持ち上げで走っていく。合図を出してからまだ一分かそこら──勘違いかもしれないが、クマタロウはこうなることがわかっていたのかもしれない。だから、勝手に他のぬいぐるみたちを引き連れて学校の近くに隠れていたんだろう。
色々と考えたいことはあるが、最優先は糸依の命。
たとえ無駄になるとしても、まだ私は、彼女と一緒に居たいんだ。
◇
結界を抜け、家に着いて真っ先に向かったのは様々な調合薬もしまわれている冷蔵庫。最近作ったのは病気にも怪我にもある程度の効果を発揮する回復薬で、時期はお祖母様が亡くなる直前。つまり先月の頭だ。結局使うことがなかったそれは未だに残っている。運が良いのか悪いのか、今更必要になるなんて皮肉なものだ。
「……急がないと」
他にも使えそうなものを片っ端から抜き取り、糸依が寝かせられたソファに向かう。そこには既に、傷口が見えるよう制服を脱がされた彼女がおり、溢れる血が火傷跡に混ざっていく悪夢のような光景が広がっていた。
「っ……糸依、ナイフを抜くわ」
「…………」
「ぬいぐるみたちはタオルの準備。私がナイフを抜いたら、すぐに止血。良いわね?」
『!!』
「三、二、一……!」
傷口をこれ以上開かせないよう丁寧に、時間をかけ過ぎないよう迅速にナイフを抜き。それに反応したぬいぐるみたちが素早く、タオルを押し付けて止血する。ここまでは、最低限の応急処置。ここからが本番だ。
回復薬の効力は鎮痛作用と自然回復力の向上。できた傷があっという間になくなるようなファンタジーなものじゃない。
対象の生きる意志次第で、その後の様態は決まる。つまりは根性論のようなものだ。糸依が生きたいと願ってくれない限り、未来はない。
「痛いでしょうけど、我慢してちょうだい」
「……っぅ……ぁあ!!」
ドロドロとした薄緑色の回復薬を傷口とその付近に塗り、様子を伺う。最初こそ痛みで声を上げていたが、段々と鎮痛作用が出てきたのか、呼吸は安定し、脈も落ち着いたものになってきた……が、まだまだ安心はできない。
何か他に利用できそうなものはないかと、薬瓶を見比べていると──か細い声が耳に届いた。
急いで糸依の方へ振り返ると、重くなった瞼を持ち上げた彼女が、こちらに手を伸ばしていた。震える手は弱々しく、私は無言で伸ばされた右手を包み込み、耳を口元に寄せる。ただ一言「生きたい」と、彼女に言って欲しかったから。
それなのに、それだけなのに、彼女は一言、
「もう、いいよ」
と呟いた。
なんでと声を荒らげそうになるのを抑えて、次の言葉を待つ、私にはそれしかできなかった。
「ごめんね……最後まで手伝えなくて。ごめんね……璃々ちゃんを傷付けて。でも、楽しかったよ。短い間だったけど、本当に楽しかった」
「……やめてよ」
「わたし、知ってるから。鈴ちゃんも、璃々ちゃんも優しいの。だから、何回間違えても良いから……あの子のお友達になってあげて」
「……無理よ、私には……無理」
「大丈夫。……きっと、できるよ」
「嫌、嫌よ。私は一人じゃなにも……なにもできない……」
「あぁ……泣かないで。さよならは……笑顔が、いい……から」
「ダメ! お願い……お願いだから、置いて、行かないで……」
「……す……き……」
「……糸依? 糸依!?」
あぁ。
あぁぁ。
なんで、どうして?
なんで、悪い魔女じゃなくて、優しいこの子が死ななきゃいけなかったの?
私が、関わったから?
私が一緒に居たいと願ったから?
もう散々奪ったじゃない。両親も、お祖母様も、奪ったじゃない。なんで、なんで初めてできた友達すら私から奪うの?
魔女は、幸せになることすら許されないの?
教えてよ、神様。
◇
流れる涙が枯れた頃、冷たくなった糸依の体の処理をぬいぐるみに任せて、私は彼女が眠りに就いたソファで横になった。本来なら私がするべきことだが、もう力なんて残ってなくて、なにかを食べることすら億劫で、天井を仰ぐ。……お祖母様が死んだ時も、こうしてぬいぐるみたちに処理を任せた。
最初に呪いを作ったお祖母様がそうしたからなのか、ぬいぐるみたちには全員に共通して術者が死んだあとの処理が刷り込まれてある。呪いのからくりは教えて貰えなかったが、異端審問官や敵対している魔女に、遺体を利用されないようにするためらしい。
処理方法は火葬。
骨は処理を命令した人間か、居なければその土地に埋葬される。本当に、良くできた呪いだ。
「……?」
「……何も、言わないで」
「……」
心配そうに顔を覗き込んだクマタロウを抱き、目を閉じる。抱き返す彼の体温のない柔らかさが、虚しい。糸依に芽生えさせられた感情は制御なんて効かなくて、一睡もできなかった。怠くて、体も心も疲れてて。それでも、学校まで休んでしまったら、最後の約束までなくなってしまいそうで、起き上がる。
「……糸依」
苦しい息を吐き出すように、彼女の名前を呼ぶ。
いつもご飯を食べていたテーブルの上には、布に包まれた彼女だったものが置かれていた。呪いの繋がりも消えたというのに、そこにあるのが彼女の骨だと疑いもせず、手に取る。大きいものは、きっとお祖母様の墓の隣に埋めてしまったのだろう。
「……………………」
そうして、なにをするでもなく、片手に収まるほどになった彼女を見つめる。
最後の言葉。『好き』という一言。私は、糸依の好きに、なにかを返せたんだろうか。きっと、私にはわからないなにかを、彼女は受け取っていたんだろう。
また、逆戻りだ。
生きるだけの屍になっていく。
約束を頼りに、約束に依存し、生きていく。
友達なんて、あなただけで良かったのに。友達なんて、あなた以外居なくても困らなかったのに。
私の隣に居た人はいつも、私に生きるための楔を打って去ってしまう。
「……学校、行かなくちゃ」
止まることを許せる弱さが、欲しかった。
次回もお楽しみに!
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