十四話「さようならは笑顔で」
◇璃々◇
新しい週の始まりである月曜日。学校に登校して、教室の中に入り、自分の席に着く。たったそれだけの行動の中に既に違和感が転がっていた。普段なら、私が来る頃まで談笑を続けている糸依と美波鈴の二人が、話すどころか目を合わせることすらしていなかったから。少し、引っかかった。
異常とも言える執着を糸依に見せる美波鈴が、いつものルーチンから抜けている。本当に、何気ない違い。
だからだろうか、引っかかりこそすれど、深く追求する気にはならなかった。問題があれば、なにもしなくてもあっちから話に来るだろうと、勝手に信じていたんだ。
信じて、信じるようになって、気付きかけた真実を見逃してしまった。一生の後悔になる、微かな殺意を。
◇
お昼休み。
仕方ないと言うべきか、二人は私の机には来ず各々でお弁当を食べていた。久しぶりの一人の時間。私は何をするでもなく、クマタロウお手製のよく焼きサンドイッチをつまみつつ、窓の外に視線をやる。鼠色の雲が空を覆い、今にも降り出しそうな空模様だ。
「天気予報もあてにならないわね。降水確率0%って言ってたのに」
そう零し、一人愚痴るが文句を言っても仕方ない。幸いにも、クマタロウが居る限りぬいぐるみたちの指揮系統は死なないし、雨が降っても洗濯物は無事だろう。それに、もし雨が強くなっても、今日は糸依も部活で家には来ない。心配事項も少ないし、考えるだけ無駄だ。午後の授業は大人しく、『使役化の呪い』を次のステップに続ける方法でも考えるとしよう。
なんて、思考を巡らせていると、視界の端に小さい紙切れが舞うのが映り込む。加えて──微かに血の臭いがした。急いで振り向けば、机の上に紙切れが落ちており、私の机から遠ざかる美波鈴の後ろ姿が、見えた。
「……『体育館裏』か」
目的も、理由もなく、たった四文字の場所の名前だけが記されたそれを握りしめ、立ち上がる。呼ばれた理由に、想像がつかないわけじゃない。彼女は、今の有耶無耶な関係に区切りをつけて、進もうとしているんだ。
勿論、最悪の方向へ。
死にたくない。当たり前だ。当たり前に芽生えてしまった、私の願い。糸依と居る日常が終わるのは、嫌だ。
けど、糸依を死なせるわけにはいかない。運命を繰り返すわけにはいかない。そう、強く。私の中の誰かが叫んでいる。
「行こう」
腹は括った。生きるのを諦めない程度には足掻いて、それでもダメなら、その時はその時だ。
一歩一歩進み、重い体を引っ張って、体育館裏に急ぐ。走馬灯、というべきなんだろうか、まだ終わりではないというのに、過去が脳裏を駆けていく。
失って、喪って、最後に得て。今がある。歪な繋がりから始まった縁も、悪くなかった。普通にはなれなかったし、満足かと言われればそうでもないけど、華やかな彩りある結末だ。
「……来たわよ。美波鈴」
「……………………」
「何かしたいなら早くなさい。お昼休みは長くない」
「……アンタ、魔女でしょ?」
「そうだとしたら?」
「──なんで、生きてるの? ずっと、ずっとずっとずっと!! アタシは、アンタのせいで苦しんできたのに!? アンタが居るから! アタシは異端審問官にならなくちゃいけなくて! パパもママもその才能しかアタシを見てくれなくて!!! 糸依だって! アンタに惹かれて、堕ちて、穢れてく……! ねぇ? なんで? なんで、アタシの宝物を全部奪ってくの?」
泣きじゃくりながら叫ぶ美波鈴は、恐れ聞いた異端審問官の影が見えなくて、そこに居るのは不器用に、理不尽に押し潰された少女だった。親に引かれたレールの上を走るしかない人生に苦しんでいる、愚かな子供。
私が、聞きたかった。
私たちは、何もしてない。
先祖が犯した業を、先祖が目指した理想をバトンとして渡されて、走っているだけ。私には恩返しという理由があったが、彼女にはそれすらなかったんだろう。生きるために、幸せになるために、その道を選ぶしかなくて。でも、結局は地獄みたいな現状に辿り着くしかなかった。
許されない加害者であり、ある種被害者でもある美波鈴に、私はなにをするのが正解なんだろうか?
いくつもある選択肢の中で、何を選べば、救われるのだろうか?
わからない。わからないから、私は何も言えなくて、彼女が取り出したナイフにも反応できなかった。自分に向けられた殺意が、人の命を絶つための刃物が迫り来る。明確な死が私を襲う数秒前、誰かが、目の前に立ち塞がった。
神様は意地悪だ。
繰り返すことが正しいことだなんて、本当に意地悪だ。
◇糸依◇
走った。
走って、走って、走っていた。昨日の今日。鈴ちゃんがどんな行動を起こすか、わたしにはわかっていたから。けど、わかっていても、もう言葉じゃどうにもならないと気付いていて、もう一度抱きしめるために走っていた。
「どこ……二人とも……!」
時代が悪かったんだ。
間が悪かったんだ。
誰かのせいじゃない。流されるしかなくて、誰も逆らえなくて、その時の常識が関係を殺した。でも、今は違う。変わったんだ。過去は許されなくても、人は変われる。三人なら、きっと大丈夫。
重荷は一緒に背負って、悲しい時は泣きあって、楽しい時は笑いあって、生きていける。わたしたちには、その権利がある。誰にも奪えない権利があるんだ。
だから、走って、走って、それで──見つけた。
「……言い合ってる。止めないと!」
必死だった。
状況を確認せずに飛び出して、前に出てから気付いた。キラリと光るナイフが、わたしの胸に突き立てられて。
「……ぁ」
「っ!? 糸依!!」
ジンジンと胸が熱を帯びて、ズキズキと痛みが走る。息をするのすらままならなくて、吐こうとしたら口から血が溢れて、吸おうとしたら喉が詰まる。段々と耳が遠くなって、鈴ちゃんの声も、璃々ちゃんの叫びも遠くなっていく。
泣きながら謝っているであろう鈴ちゃんを撫でるのすら億劫で、「大丈夫」のたった三文字すら声にならない。
報い、なんだろうか。
二人の人生を無茶苦茶にしてしまった、わたしへの報い。
あぁ、だったら、しょうがない。しょうがないのに、苦しい。痛いからじゃない。別れるのが、苦しい。
さようならは、笑顔でしたかったな。
次回もお楽しみに!
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