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魔女と人形と異端審問官  作者: しぃ君
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十三話「ひとりぼっちにならないほうほう」

 ◇鈴◇

 夏が本格的に顔を出し、暑さが目立ち始めた週末の朝。いつもより早く起きたアタシは、鏡の前で丁寧に身支度を整える。なんて言ったって、今日は糸依と久しぶりにデートする日。中途半端な姿は見せられない。

 服だって、臭いや血が付いてない、一番オシャレで綺麗な紺色のロングワンピースを引っ張り出して着てるし。好きじゃないけど、少しでも可愛いと思って貰えるようにメイクもやった。



「……変じゃない、よね」



 何度も何度も確認しても、糸依に可愛いと言って貰えるまで不安は消えない。あのオンナに媚びへつらって溜まったストレスもあるにはあるが、デートに比べたら些細な問題だ。

 今大事なのは、可愛いと褒めて貰えるか、否か。

 約束の時間まであと二時間、鏡の前での壮絶な戦いはまだ続く。


 ◇


「おはよう、鈴ちゃん。 あ〜! 前買った服、着てきたんだ! すっごく似合ってる! かわいいよ!」


「そう、かな?」


「うんうん! 色も派手じゃないし、落ち着いた感じが鈴ちゃんに合ってる! ……じゃあ、行こっか?」


「うん!」



 微笑んでアタシの手を引く糸依に連れられて、ショッピングモールまでの道のりを行く。他愛ない会話で間を持たせる気遣いもそうだけど、たった数秒のやり取りで、二時間の不安も苦労も吹き飛ぶんだから、彼女は凄い。

 だからこそ、あのオンナには渡せないんだ。糸依の持つ優しさも、愛情も、アイツには勿体ない。それを受け取ることを許せない。



 材料は出揃ってる。

 今日、糸依の回答を聞き次第実行に移して、空金璃々を消す。あぁ、楽しみだ……でも、この時間だけは譲れない。思い切り遊び終わったあと、全部片付ける。



「……そう言えば、ショッピングモールに行くのは聞いたけど、中に入ったらどうするの? 買い物? 映画?」


「どっちもかなぁ。前々から気になってた映画と、本格的な夏に向けて服を観に行こうと思ってるんだけど……それでいい?」


「糸依ちゃんが良いなら、鈴は平気だよ」


「よし、そうと決まれば前進! 暑いけどがんばろー!」


「お、おー!」



 いつもと違う。違和感を覚えるテンションだが、嫌じゃない。もしかしたら、糸依もアタシとのお出かけを心待ちにしていたんじゃないかと思うと、胸がドキドキする。ふわふわと飛んでいきそうな心を必死に捕まえて、アタシは彼女と共に歩いた。

 一分が一時間に感じるほど幸せで、糸依以外目に入らなくて。会話も、声が耳に響くだけ。何時間と一緒に居て、同じものを見ていた筈なのに、アタシの記憶の中には彼女だけが居た。



 全米が泣いたと話題の映画のラストシーン。アタシは、静かに涙を流す糸依を見ていた。夏服が並ぶ洋服店。アタシは、迷いながら試着を繰り返す糸依の一人ファッションショーを見ていた。休憩に入ったカフェ。アタシは、軽食のサンドイッチを頬張る糸依を見ていた。本屋でも、雑貨屋でも、アイス屋でも、ずっとずっと彼女を見ていた。



 幸せに満ちた一時はあっと言う間に過ぎて、ゆっくりだったと感じていた時の流れは鮮やかに霞む。

 おかしい。

 さっきまで並んで朝日が照らすアスファルトの上を歩いていたのに、今は夕暮れの中、帰り道の公園でジュース片手にブランコをこいでいる。



 ツギハギの意識の原因は……わからない。

 わからないけど、温かい。

 自分でも、気付いている。全部全部見ないフリで、何もかも忘れて、このまま過ごせばそれで良いんじゃないかと。──けど、それは無理だ。



 汚れた手を握ってくれるのは糸依だけで、アタシに依りそってくれるのも糸依だけ。彼女の手を離したら、アタシはアタシを保てなくなってしまう。

 奪われる前に、やらなくちゃ、いけないんだ。

 震える口を動かして、言葉にする。たったそれだけ……なのに、それなのに、アタシの口が開く前に彼女の声が響いてきて、口を噤んでしまった。



「お願い、してもいいかな?」


「……糸依ちゃんが、鈴に?」


「うん。本当はね、お願いとかじゃなくて、軽い気持ちで来て欲しいんだけどさ。まだ、難しと思うから。お願いしたいの」


「わかった。お願いって?」


「今度さ。三人で、遊ばない? わたしと、鈴ちゃん、璃々ちゃんの三人で。わたしが間に入れば会話も平気だと思うし、何かあってもフォローするから! どう、かな?」


「…………あぁ」


「鈴ちゃん……?」



 ダメだ。ダメだダメだダメだ。やっぱり、消さなきゃいけないんだ。このままだと、アタシ()が一番じゃなくなっちゃう。耐えられない。糸依を取られるなんて、嫌だ。

 教えてあげなくちゃ。あのオンナが、空金璃々がどんな奴なのか。魔女を、異端審問官を教えなくちゃ。



 抑えられなくなった感情のまま一瞬意識が飛び、気付いた頃には、アタシの腕の中で糸依が眠っていた。彼女の足元には、アタシが飲んでいたジュースの空き缶が転がっており、握った自分の手の中には睡眠薬の入った瓶。

 深く考えることはせず、誰かに見つからないよう、糸依を背負って公園を後にする。胸が痛かった。


 ◇糸依◇

 目が覚めたら、薄暗い部屋の中でベッドで横になっていた。一日遊び回って疲れていたんだろうか。ブランコに乗ってる途中から意識がなく、起きたら知らない場所に居た。

 いや、なんとなくはわかる。ここは、鈴ちゃんの家で、彼女の部屋だ。幼い頃に少しだけ来たことがあるからか、既視感がある。



「……起きた? 糸依ちゃん?」


「うん、起きたよ。ごめんね、迷惑かけちゃって……」


「良いよ、気にしないで。それより……話があるの」


「話……? 何の話?」


「空金璃々について──魔女の末裔について、話があるの」



 彼女から放たれた言葉に反応し、ビクッと体が跳ねる。今まで何を話しても食いついてこなかった鈴ちゃんが、自ら踏み込んできたのだ。良い方向に転ぶか、悪い方向に転ぶか、全く予想できない。

 加えて、部屋の暗さのせいで感情の機微すら表情から察せない状況だ。返答を間違えたら、わたしたちの関係は簡単に崩壊してしまうだろう。



「……わかった、聞くよ」


「糸依ちゃんは知らされてないだけで、魔女は恐ろしい奴らなの。人を穢し、神を嘲り、呪う。家族だろうと友人だろうと関係ない。アイツらは、自分の目的のためなら手段を選ばず人を陥れる悪魔!! 糸依のことだって! 呪いで言うことを聞かせてる、そうでしょ!?」


「落ち着いて、鈴ちゃん。最初はそうだったかもしれないけど、わたしは──わたしの意思で璃々ちゃんを手伝ってる」


「違う! 糸依はそうやって騙されてるだけ! 自分の意思で決めてると勘違いしてるだけ! これを見て!」



 そう言って、叫ぶ鈴ちゃんに渡されたのは一冊の本。タイトルは、『禁術書』。人が超えてはいけない領域に行こうとした者たちの記録。

 中身を見ようと、スマホのライトで照らせば、常人には到底理解できない生理的嫌悪感を催す内容がつらつらと書かれていた。



 人を操り人形にする呪い。

 人体の穴という穴から出血させて殺す呪い。

 魂を抜き取り、他の物質に宿す呪い。



 最後に、死者の魂を現世に喚び戻す呪い。



「……っ」



 完成、していたんだ。本来の悲願を叶える呪いは、とっくの昔にできあがっていて、今の璃々ちゃんは歪んでしまった意味を持たない願いを追っている。

 吐きそうだった。吐き出したかった。

 でも、彼女の人生を否定できないから、何も言えない。



「見たでしょ!? それが魔女! アタシは──鈴は、そんな悪魔から糸依を護る異端審問官なの! だから、答えて……? 糸依はどっち? 魔女? 人間?」


「わたしは……わた、しは……」


「……人間なら、護る。魔女だって言うなら、一緒に逃げるから。アタシの傍から、居なくならないで」


「鈴ちゃん……」



 強く、強く、抱きしめてくる彼女に、わたしは何も言ってあげられなかった。わたしを想ってくれる鈴ちゃんに、向き合えなかった。

 この時、何か返せていたら良かったんだろう。

 一言、魔女だと。一言、人間だと。そう、言い返せていたら、何か変わったのかもしれない。



 泣きすする彼女を、ただ抱きしめ返すだけで、わたしには精一杯だった。本当に、精一杯だったんだ。

 次回もお楽しみに!


 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!


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