SCHOOL OF LOCKED3
長い沈黙だった。
それぞれが胸の内でなにを考えていたのかは、自分自身にしかわからない。それでもなんとなく、皆考えていることはだいたい同じだろうという、確信めいたものもあった。
誰が言い出すか、探り合っているような状況。口火を切ったのは、マサトだった。
「撮影の間、たぶん全員が一回くらいは一人きりになってるはずですよね」
待っていたのは、こういうことだった。
いわゆる“アリバイ”のない時間が存在する人物が、この中に多数いることに、誰もが気付いていた。つまり、この中の誰かが犯人になり得たということ。
容疑者候補は、全員なのだ。
視線は、ナツへ向いた。ナツは、一度ため息を吐いてから、渋々口を開く。
「……皆、一人になった時になにしてたか、話してくれない?」
部活仲間のよしみ、なんて言っている場合ではないと、いくら箱入りのご子息ご令嬢でも、わかっていた。信じてばかり、いられないのだ。
◇
「じゃ、俺からいきましょっか。言い出しっぺだし」
マサトが言った。
彼は今年の春の新入部員で、映研部に入りたくて悠綺高校に来たと言った自己紹介が印象的だった少年だ。しかしその言葉とは裏腹に、さほど熱心に活動している様子もなければ、そもそもなにかに夢中になることがあるのかも疑問なほど、感情の読めない性格をしていた。協調性はあるが、情熱はないように見える。
ただカメラの腕はなかなかのもので、母親が雑誌の編集者、父親がフリーのカメラマンという経歴を聞いて、納得した。
「俺はだいたいナオと一緒でしたよ。主役で出番多いし」
「僕もほとんど一緒にいたかな」
「ナツ先輩、監督ですからね」
放課後の部活動中、カメラマンのマサト、監督のナツは、だいたい常に一緒にいる。それはあたりまえのことだ。そして今回の映画で主役に抜擢された新入部員のナオも、今日はほとんどこの二人と一緒。それは、三人が三人とも同意している。
「一人になったのは、休憩時間です。三階での撮影が終わって一階に移って、次のシーンに入る前に休憩を挟んだんですよ。先輩とナオが外してて、俺は玄関の近くでカメラの手入れしてました。6時……40分くらいかな」
「あ、そうだ。僕とヨリちゃんが一階に降りたら、ちょうどマサトが一人でいて」
「はい。先輩たちにどこ行ってたのか聞いたら、部室でメイクしてたって」
「あ、あの、シュン先輩たちのことも聞かれたから、まだ部室にいるよって言ったの」
部内の役割としては、マサトたちは先に挙げた通り。二年生のコウキとヨリコは役者で、手先の器用なユカリは小道具を用意したり、脇役として出演したり。シュンは大道具だが、機材や演出に詳しいので、ナツのサポート役も兼ねたりしている。
一年生のナオは、容姿こそスクリーン向きではあるが、少し積極性が足りない。気が弱く、臆病で、自分よりも他人を優先させがちなところがあった。現に今も、緊張しているのか、おどおどと目を泳がせて、小さな声でぼそぼそと話している。
「ナオは、休憩の間どこに?」
「あ、僕は……二階のトイレに」
「姿が見えなかったのは、その一回くらいだよな? 主役だったからずっとカメラの前にいたし」
「あ、はい。えと……か、髪型を直すのに、ちょっとかかっちゃいました、けど」
そう言って、襟足を触る。今は外しているが、さっきまでは役用のウィッグを被っていて、髪型も長さも全く違ったのだ。慣れない髪型に、苦戦していたのだろう。
「15分くらいで戻って来たかな」
「はい、たぶん。その時はまだ他に人もいて……一人すれ違いました」
そう言って目を伏せたナオは、竹田の死体を見た時からずっと、どこか呆然としている。まだうまく現実味を持てないのかもしれない。
「僕は色々動き回ってたから……だいたいはマサトと一緒だったけど、あちこち行ったり来たりで」
ナツが、苦笑を浮かべた。マサト、ナオと一緒に三人でいることが多かったのは事実だが、部長兼監督であるナツの役目は、撮影を仕切ることだけではない。撮影場所の確保に走り回ったり小物が全て問題なく揃っているか確認したりと、なにかと忙しいものだ。
それを少しも苦にしないのは、やはり好きだからなのだろう。元々この悠綺高校には存在しなかった映画研究部を、同じクラスの友人と、学内でも有名な二人の先輩を誘って立ち上げたのは、篠宮ナツ本人だった。
「だから、一人になるタイミングは多かったかもな」
「ナオがトイレに立った時でしたよね、ナツ先輩が中庭に出たの」
「あぁ、そうだったね」
明日の明るいうち、昼休みでも活用して撮るつもりだったシーンが、この悠綺高校の広大な中庭での予定だったのだ。植物の位置や機材を置けそうな場所など、あらかじめ確認しておいて無駄ではない。
「戻って来たのは、ちょうどナオと同じタイミングだったから、15分くらい経ってからかな」
「その時は、玄関はどうでした?」
「特になにも……いつも通りだったと思うよ」
マサトが、考え込むように目を少し伏せる。その頃の状況を思い出しているのかなんなのか、いつになく真剣な表情だ。
やがて上げた顔は、ヨリコに向いた。ヨリコは、目元の紅くなった顔で、マサトを見返す。
泣き虫で引っ込み思案なヨリコと、頼りなく気弱なコウキ。親友と言うわりには、ナツとは正反対の二人だ。中学の入学式で出会ったらしく、お互いをお互いのことをどこまでもわかっているような雰囲気が、いつもある。
「ヨリコ先輩は……結構ナオのシーン見てましたね、コウキ先輩と二人で」
「あ、うん、私が出るシーンの前後も見ておきたいと思って……。見てなかったのは、着替えとメイクしに部室に行った時と、一度トイレに行った時くらい、かな」
北校舎の女子トイレは、一階の西側にある。ナオたちが撮影していた一階東側からそこまでは、いくら校舎が広いとはいえ、たいした距離ではない。事実、ナツやマサトも、ヨリコが外していた時間は10分ほどだと記憶している。
「その時、誰かに会った?」
「ううん……暗くなりかけてたし、7時過ぎてたから、みんなもう帰っちゃったと思ってた」
「時間、詳しく覚えてますか?」
「えっと……」
言葉に詰まったヨリコの代わりに、コウキが口を開く。
「僕、覚えてる。7時20分頃だよ」
「え?」
「ちょうどナオと二人のシーンの撮影始めるところで。そろそろ7時半になるからって、ちょっと慌ててたから」
「そうか……コウキ先輩、ずっと一階にいましたよね?」
「うん、だいたいヨリちゃんと一緒にいた。ナオの撮影見て、着替えてきた後は三人のシーンと、ナオとのシーン撮ってたよ」
役者がほぼ三人しかいないせいもあってか、主役ではないとはいえ、それぞれの出演時間もかなり長くなる。特にコウキはナオの部活の先輩役なので、放課後のシーンが多いのだ。夕方や、夜でなければいけないシーンも少なくない。
そして、そんなコウキが一人になったのは、部室でヨリコが悲鳴を上げた、その瞬間だった。
「8時前くらい、そろそろ撮影切り上げて部室戻ろうって時に、携帯に電話来て……電話が通じる渡り廊下に出て」
「俺とナオとヨリコ先輩が一緒でしたっけ」
「うん、そう。先に行っててもらって、10分くらいかな? 話してたら携帯の充電切れちゃって……それで戻ろうとしたら、ヨリちゃんの悲鳴が」
そうして慌てて部室に駆けつけたら、この状況が出来上がっていた、というわけだ。
と、そこで、コウキがナツに尋ねる。
「そういえばみんな、僕が電話してた10分、なにしてたの? 部室に戻るまでに間があったみたいだけど」
「あぁ、それは……ほら、星が綺麗で」
ナツはそう言いながら、窓の外へと視線を向けた。確かに、澄んだ空気が星空をはっきりと見せている。
「僕は、二階から三階へ上がる階段の踊り場にいたんだ、あの時。ちょうど階段を上がって来たヨリコたちと、三階から降りてきた先輩たちと、鉢合わせて。しばらく見てたんだよ」
「明日の撮影の軽い打ち合わせとか、これが終わったらどんな作品を撮るかとか話しながら」
そして、そろそろ下校時間も終わるという頃だった。
早足で部室に戻ったヨリコが、大きな悲鳴を上げたのは。
これで、一年生の二人と、二年生の三人からは話を聞いた。それぞれに少しではあるが、確かに一人になる時間はあったようだ。
マサトとナツの視線は、残る二人に向く。
「ユカリ先輩は?」
「わ、私は……部室で、衣装の丈詰めとかボタン直したりとか」
「あ、あの、私たちが部室に行った時も、ユカリ先輩いたよ……?」
小さな声で、ヨリコが言う。
映画研究部は全部で七人と規模が小さいため、部室は二階のあの部屋が一室与えられているのみだ。大道具や機材で雑然としている中、一角を壁で仕切って、共有の更衣スペースにしてある。入り口の扉を開ければすぐに、窓際に座って作業しているユカリの姿が目に入るはずだ。
「今日はあまり姿を見ませんでしたけど……ずっと部室に?」
ナツが尋ねると、ユカリは無言で頷く。今日の授業が終わってからずっと、部室にこもって作業をしていたらしい。小道具や衣装の管理を一挙に引き受けているのだから、きっと大変だろう。
「シュン先輩も部室にいたんですか?」
「いや、俺が行ったのは、もう少し後だった。部室に入ったら、コウキたちがいたな」
「竹田先生が来たのは、きっと部室が無人になってからですよね……いつ部室を出たんですか?」
「ーっと……」
シュンが、記憶を探るように、視線を宙に泳がせる。それはコウキとヨリコのあたりで、一度止まった。
「こいつらが出てった、30分くらい後だよな」
「うん……一度撮影の進み具合を見に行こうって、二人で」
トイレに立ったりで、部屋にどちらか一人だけになることは数回あったらしい。だが、男子トイレは部室と同じ二階だし、一階の女子トイレも、往復だけなら5分程度しかかからない距離だ。
ユカリが一人でいたのは、コウキとヨリコが部室へ行った、6時半まで。だが竹田が部室へ行って何者かに殺されたのは、もっと後のはずだ。
「じゃあシュン先輩も、6時半に部室に行ってからはずっと誰かと一緒にいたってことですね」
「あぁ。それまでは、三階の片付けしてた」
「あれ? でも、撮影見てたのは15分くらいで、その後はどっか行っちゃいました、よね……?」
シュンの視線を気にするように伺いながら、コウキが言う。
口調も態度も粗野で乱暴なシュンは、悠綺高校には数少ないタイプの人間だ。この映研部へ誘ったのはナツとユカリだが、正直いって、一人だけ浮いている存在である。部室では、部員たち、特にナオやヨリコとはほとんど言葉を交わさず、ただ黙々と機材や大道具の手入れをしている。ユカリが話しかける姿は時々見るが、仲が良いのかどうかは、微妙なところだ。
なにせ石神ユカリといえば、校内ならまず間違いなく知らない人はいない、華道の家元の令嬢。その道でのトップ、といえば簡単だが、つまるところ、日本を代表する名家のお嬢様、ということだ。シュンのようなタイプの人間とは、本来ならば接点がないに等しい。
不思議な関係の二人、といえば聞こえは悪くないが、要するに、一緒にいるのが不自然な二人、ということなのだ。
「そういえば、ユカリ先輩もそのくらいから見ませんでしたけど……」
「……それは」
シュンは口ごもって、ユカリを横目でちらりと見る。
「ユカリは……ずっと俺といた」
「あの、失礼ですけど……どこにいたんですか?」
ナツが、申し訳なさそうに、しかし率直に、尋ねる。しかしシュンは、目を逸らして、答えを濁すばかり。
「まぁ、そのへん適当にうろうろして」
「……シュン先輩」
咎めるようなナツの声。恐らくこの学校で、こんなふうに物怖じせずに彼に接することのできる人間は、そう多くはないだろう。
部員たちの視線に負けたのか、シュンが渋々、口を開く。
「……三階にいた。俺らの教室」
「ずっとそこにいたんですか?」
「あぁ」
「え、でも……」
「ずっと教室にいたっつってんだろ」
ナツは、口ごもる。
シュンとユカリが一階で撮影しているところを見に来たのは、7時前後のことだ。それから15分ほどで、二人はその場を立ち去っている。そして、竹田の死体を発見したのが、8時過ぎ。ナツが二階から三階への階段の踊り場にいるところへ二人が降りて来たのが、その数分前だ。7時15分から8時までの空白の時間が、彼ら二人には存在することになる。
ナツは、その疑問を口にするのを躊躇った。
しかし、マサトは、ぽつりと呟いた。いかにも面白がっているような、不躾な目線と共に。
「へぇ……察しろ、と」
途端、ユカリは首まで真っ赤に染め、シュンは面倒くさそうに溜め息を吐いたのだった。
◇
6時30分、三階での撮影が終わり、ヨリコとコウキが部室に行った。その時ユカリは、部室で衣装の修繕作業中。シュンは三階に残り、片付けを始める。そして、ナツ、マサト、ナオの三人は、一階へ移動。
一階では打ち合わせの後、6時40分から休憩に入る。ナオがトイレに立ち、ナツが中庭へ出た。この時、一階の廊下ではマサトが一人でカメラの手入れをしていた。
6時45分、ヨリコとコウキが着替えとメイクを終える。二人が準備をしている途中で、シュンが部室へ戻ってきた。
ヨリコとコウキが一階のマサトと合流したの
、6時48分。そろそろ休憩が終わる時間かと、マサトが時計を確認したので、これは正確だ。
そのすぐ後、6時55分にナオとナツが戻ってきた。この時、シュンとユカリも部室を出て、一階へ降りて来ている。つまり、映研部員七人が全員揃っていたということだ。そしてシュンとユカリが見ている中、ナオ、コウキ、ヨリコのシーンの撮影を開始。
しかし撮影を見始めてから20分も経たない7時15分、シュンとユカリがその場を離れ、階段を上がって行った。この時誰も行き先を知らなかったが、本人たちは三階にある三年生の教室へ行ったと言っている。その後、撮影はナオとコウキのシーンに移る。
7時20分、ヨリコがトイレに立った時に、自分たち以外には誰もいないことを確認。外はもう暗く、既に6時半の下校時刻を過ぎていた。ヨリコが戻って来たのは、7時30分頃のことだ。
7時40分に、ナツが明日の撮影場所の確認のため、三階の廊下を見に行く。この時もシュンとユカリは教室にいたはずだが、ナツは特に何も気づかなかったらしい。
そして8時になる直前、一階の撮影が終了した。ヨリコ、ナオ、マサトは帰り支度をするため、一度部室へ戻ろうと、二階へ向かう。その時コウキの携帯電話に着信が入り、校舎内では電波が通じないため、東側の渡り廊下に留まった。
一方、階段を上がった三人は、三階への階段の踊り場にナツが立っているのを発見。声をかけると、空が晴れていて星がよく見えると言う。四人で空を見上げたところへ、三階からシュンとユカリが降りて来た。星の話を繰り返すと、ユカリが、三階に大きな窓があるから、そっちの方が空が良く見えると言った。そこで六人は三階へ向かい、星を見ながら、明日の撮影プランや、今後作りたい作品などについて、少し話していた。
そして8時を5分ほど過ぎた頃、六人は二階へ戻ることにする。
そして、あの瞬間だ。たまたま部室の扉を最初に開けたヨリコが、竹田の死体を発見して、悲鳴を上げた。携帯電話の充電が切れてちょうど部室へ向かおうとしていたコウキが、それを聞いて慌てて駆けつけた。
そこからは、全員が知る通りだ。
ヨリコとナオが部室を飛び出して、玄関と渡り廊下が封鎖されているのを確認したのは、8時10分過ぎのことだった。
今日の放課後の、映研部員全員の行動を時系列にまとめると、ざっとこんなところだ。確かに、誰もが一度は一人きりになっている。しかし重要なのは、竹田が殺害されたであろう時刻、7時から8時の間の行動だ。
聞いた限りでは、ナオ、マサト、コウキの三人は、その一時間の間には一人になっていないことが、複数の人からの話で証明されている。彼らはとりあえずは、“容疑者”から外れたといっていい。
問題は、シュンだった。話が全く不明瞭であるし、7時から8時の間のほとんどを一緒に過ごしたと言っているユカリも、その間の行動を明言せずにいる。
本当にマサトの言うところの『察してほしいようなこと』をしていたのなら、それも仕方がないだろう。憚らずに口にするようなことでもないし、二人がそういう関係だという噂は表向きにはどこにもないのだから、隠したいとしても納得はできる。いくら本来接点がなく不自然な間柄の二人だとはいえ、年頃の男女なのだから、絶対にそういうことがないと言い切れるものでもない。
しかし、だからこそ、開き直ったようなシュンの態度が、逆に不審に感じられた。『そういうこと』をしていたと言えば追求を免れる、そう言っておけばそれ以上突っ込まれる心配はない、そんなふうに思っているように感じられる。
なにしろ、そもそもが、怪しいにもほどがあるのだ。
“身分違い”とも言える二人に、接点があることからして。普段はほとんど接触しない二人が、部活動の時に限って、よく一緒にいることからして。いつも怯えたようにシュンに接するユカリと、常に仏頂面で他人を寄せ付けないシュンが、“そういう関係”であることからして。
そしてその不自然さを、シュンもよくわかっているはずだ。それなのにまるで、自分に怪しいところなどなにもないと自信を持っているかのように振る舞っている。気まずそうにしたり、それ以上触れるなと誤魔化したりするならまだしも。
しかし、明らかになにかがおかしいとわかっているのに、誰もそれを指摘することはできなかった。それは、シュンが先輩であることや、彼が悠綺高校では非常に珍しいタイプの人間であること、喧嘩で負けなしと噂があることや、整った顔に浮かべる表情の険悪さなどとは、なに一つ関係がなかった。
“映研部だから”言えないのだ。
ここが映画を愛する者の集まりであり、そして荻野シュンの父親が、日本を代表する映画監督、荻野白秋だから。だから彼らは、なにもいうことができなかった。
しかし、そんな打算に満ちた彼らの躊躇を、シュンはすべてわかっていた。わかった上で、あんな風に無理矢理しらを切るような真似をしていたのだ。
シュンは、冷えた笑みを浮かべて言った。
「なぁ。お前らさぁ、俺のこと疑ってんだろ?」
ナツやマサトでさえ、目を逸らす。
シュンのあの態度は、故意犯的なものだったのだ。怪しまれるとわかっていてあえて、疑われるような言動をしていた。そしてなにも言えないとわかっていてあえて、言わせようとしている。
「先輩だからって遠慮してないで、言いたいことあんなら言えば?」
「いえ、別に……」
「ふぅん……殺人犯扱いはさすがにできねぇか。どうなるかわかったもんじゃねぇもんな」
自分に強く出られない後輩たちで遊ぶように、にやにやと口許だけを微笑ませて、言う。
ナツが、苦い表情を浮かべた。
「違います、……そんな、仲間を疑うようなことは」
「は、アリバイまで聞いといて。なぁ、マサト」
シュンの顔からは、次第に表情が消えはじめていた。性格の悪そうな笑い顔から、底冷えのする無表情になっていく。
「お前ら顔に書いてあんだよ。ユカリをアリバイに使ったんだろって、そう思ってんだろ?」
「え、……シュン!? なにを、」
途端、ユカリが真っ青な顔でシュンを見る。しかしシュンはそれを無視して、俯く部員たちを見渡した。
「言えねぇよなぁ、俺の親父が怖いもんな。せっかくのコネなくすくらいなら、外部犯のせいにした方がマシだよな?」
目を細めて、歯に衣も着せず言うシュンと、視線を合わせようとする者は誰もいなかった。ただユカリだけが、狼狽えている。
「たかだか何個か賞取ったのがそんな偉いかよ。人の役に立つような発明とかならまだしも、ただの映画じゃねーか。バカじゃねぇの?」
「シュン、」
「めんどくせぇ。無理に入部させたのはお前らだろ。『悠綺高校の映研には“あの”荻野監督の息子がいる』って、そんだけでハク付くもんなァ。俺を利用したかったんだろ? 俺のおかげで部費も増えたし援助もしてもらったよな。もう十分オイシイ思いさせてやったじゃねぇか、だったら俺だって利用してもいいよな。ユカリなんかなぁ、自分が疑われたくなかったら、俺とずっと一緒にいたことにすりゃいいっつったら、簡単に鵜呑みにしてんの。意外とバカだよな。なぁ、お前らもだよ、誰がどんな嘘言ってるかなんてわかんねぇだろ。口裏合わせの打ち合わせする時間ぐらい、たっぷりあったじゃねぇかよ」
淡々と語るシュンの言葉に、ヨリコは泣いていた。
ナオは震えるほど拳を握っていて、コウキは強張った肩を、一ミリも動かせずにいた。
「なぁ、オイ。気付いてないわけねぇよな……今ここにいる人間、誰も信用できねぇんだよ!!」
しん、と静まり返った室内。
切り裂くようなシュンの怒鳴り声は、恐ろしいまでの余韻を残していた。
マサトは足元をじっと見つめているし、ナツはやるせない表情で目を伏せている。シュンの開き直ったような言葉の意味を、図りかねていた。これは、自白と受け取ってもいいのだろうか。
働かない頭を必死に回しながら、誰もが状況を理解し切れずにいた。
けれど、こんなものではなかったのだ。
ユカリが、衣擦れよりも小さな声で言う。
「シュン、もうやめてくれ」
この時、誰か一人でも顔を上げていたなら、シュンの顔に一瞬浮かんだ表情が、さっきまでの激情とはまるで反対のものであったことに気づいたのだろうか。
彼は、ただユカリを見ていた。そして、一度思いきり眉を寄せて、言った。
「……ユカリ。言ってやれよ、お前のアリバイ」
「やめろってば……っ」
「じゃないと俺が犯人になっちまうらしいし? 俺に脅されて言ってんじゃないってはっきり」
「もう、いいから……!」
マサトは、不意に顔を上げた。ナツを見ると、彼もまた、シュンとユカリのやり取りを訝しげに見ている。
なにか、おかしい。
「よくねぇだろ!? なんなら俺が説明してやろうか、教室で40分もナニしてたか詳しく」
「違う!!」
悲鳴のような声で、ユカリは叫んだ。今にも泣き出しそうな顔で、半ばシュンに縋るように。
「違うんだ……」
シュンが舌打ちをする。部員たちは、その時になってようやく、シュンの取っていた不可解な言動の意味を、理解した。あれは、自己弁護なんかではなかったのだ。
「違う、竹田先生を殴ったのは……、私なんだ」
◇
シュンが、俯いて深い溜め息を吐いた。彼のあの態度の理由を、頭ではわかっても、今ユカリがなにを言ったのか、飲み込むのには随分時間がかかった。
ユカリが、もう一度、ゆっくりと言う。
「竹田先生を、殺したのは、……私なんだ」
シュンの制服の袖を握りしめて、ナツたちに背を向けたまま、震える声を絞り出した。シュンは一度顔をしかめ、無理矢理に厳しい表情を作り直す。
「ユカリ……てめぇバカ言ってんじゃねぇよ」
「……シュン先輩……知ってたんですか……?」
「はァ? んなわけねぇだろ、こいつテンパっておかしくなって、ん、じゃ……」
「シュン……っ」
ユカリが、シュンの顔を見上げる。彼女の表情は、シュンにしか見えていない。もういいってば、と、もう一度言った。
「シュンは全部知ってる。さっき、他に誰か残ってないか、一階を探しに行った時に」
全部、話したんだ。
ナツを振り返ってそう言ったユカリは、もう泣き出しそうな顔はしていなかった。声も口調も、静かだ。シュンはさっきまでの剣幕を吐き出すように溜め息を吐いて、なにも言わずに、ユカリを見ていた。




