SCHOOL OF LOCKED2
※※※
「……どうしましょう」
困り果てたナオが、眉尻を下げる。
外と連絡を取る手段もなく、閉じ込められてしまった。
しかも、映研部の部室には、死体。今は適当なシーツが被せられているが、この下にあるのは間違いなく、彼らもよく知るこの学校の教師の、変わり果てた姿なのだ。
驚きやなにやらで感覚が麻痺しているのか、恐怖心はさほどでない。しかし、ヨリコはずっと涙ぐんだままだし、コウキはそんな友人に当てられたのか、泣きそうな顔で狼狽えている。ユカリに至っては、気分が悪くなってしまったのか、ずっと壁に凭れかかったままだ。
先輩たちのそんな様子を見ておろおろとするばかりのナオを落ち着かせるように、ナツが口を開いた。
「もしかしたら、まだ他に校舎に残されてる人がいるかもしれない」
「探しに行くのかよ?」
「まぁ、そう変わるとも思えませんけど……人数は、多いにこしたことは。なにか解決策が見つからないとも限りませんし」
「前向きに考えればな……」
この場で、とりあえずでも冷静さを保っているのは、ナツとシュンと、マサトだけだ。そのマサトはしばらく黙ったままだったが、不意に言う。
「それよりも、死体を調べる方が先なんじゃないですか?」
「え?」
「こういうの、早い方がいいんでしょ。ね、コウキ先輩」
突然マサトに呼ばれたコウキが、びくりと肩を揺らす。この中で、多少なりとも医学の知識があるのは、悠綺大学の医学部を目指している、彼だけだ。
「あ、うん……」
「コウキ先輩、見てもらえますか?」
「ぼ、僕が?」
「他に誰がいるんですか」
「……そう、だよね」
相変わらず蒼白だが、自分がしっかりしなくては、と思い直したのか、いくらか落ち着いた表情で、頷く。白いシーツから覗く血痕を踏まないように注意深く近寄って、死体のそばに屈み込んだ。
「あの、見たくない人は、下がってた方が」
シーツに手をかけてから、一度躊躇して、コウキが言った。ナオ、ヨリコと見回して、最後にユカリと、目が合う。
「……私は、大丈夫」
ユカリが言う。
それは彼らが、少しずつこの状況を受け入れはじめた瞬間だった。
◇
「コウキ先輩、法医学も?」
「いや、一応かじったぐらいで……ほんと、たいしたことは」
できるだけ竹田の顔を見ないように、作業を進めていく。なにか話していないと駄目なのか、マサトの言葉に、律儀に返事を返している。
「まだ硬直がはじまってない。体温も下がりきってないし、死斑から見てもたぶん、死後……30分から1時間半……てとこ、かな」
「て、ことは……7時から8時の間ぐらいか……」
ナツが、腕時計を見る。
現在の時刻は、8時半。校舎に誰もいなくても、少しも不思議はない時間だ。つまり、誰にもこの状況が気付かれないかもしれない、ということでもある。
「頭に大きな傷がある。他に外傷はないし、たぶんこれが死因だと思っていい、かな……詳しいことは、病院で調べてみないと」
「そんだけわかりゃ十分だろ」
そう言ったシュンの目線は、床に落ちた花瓶にあった。最初に竹田の死体を発見した時から、誰もが気になってはいたものだ。生け花の実力者であるユカリが部室に置いているもので、いつも見事な作品が生けられていた。それが、中身を床にぶちまけられ、竹田の血に濡れた床に転がっていたのだ。
「この花瓶で間違いねーだろうな。血もべっとりついてるし」
「どうして花瓶を……花を見てたんでしょうか」
「竹田が?」
マサトが、眉を寄せる。なにを言わんとしているのかは、すぐにわかる。竹田は、ユカリの花を見事だと思うような、そんな感性の持ち主ではないだろう、ということだ。
ナツは腕を組んで、水と血の混ざった、まだ乾かない床を見た。
「床に落として、中身を溢して……滑って転んで、頭を打った……?」
「……それって」
「事故かもしれないって」
「なぁ、お前わかってんだろ」
痺れを切らしたようなシュンの声が、その言葉を遮った。お前がわからないはずないよな、とでも言うような声色だ。
ナツは目を伏せた。
「ほら」
手近にあったタオルを被せて、シュンはその花瓶を持ち上げた。そしてそのまま、逆さまにひっくり返す。ぱたぱた、と、滴が数滴、落ちてくるだけだった。
「普通に落としたんなら、こんな溢れ方しねーだろ。こーやってわざわざ逆さまにして中身出さなきゃ、中に水も花びらも入ってるはずなんだよ」
「……シュン先輩」
それ以上は言うな、というような、ナツの目線。
マサトはただただ傍観している。
コウキは、目を背けた。
シュンは、眉を寄せて、言った。
「誰かが中身をぶちまけたんだ。竹田を殴るために」
ヨリコが、まだ滲んできた涙を、セーターの袖で拭った。
ユカリは、口を手で覆っている。
ナオは、真っ青な顔を、シュンに向けた。
「殺人なんだよ、これ」
◇
花瓶の中身は、ユカリの生けた花。華道の家元の娘である彼女の腕前は校内でも評判で、三日に一度ほど入れ換えられるそれを、わざわざ見に来る人もいたくらいだ。だが部室は原則部員以外立ち入り禁止なため、台ごと廊下に出しておくこともあった。
「花瓶に触ってく人も、沢山いましたよね……」
「じゃあ……あの花瓶を取っておいて後で警察に渡しても、指紋で犯人が誰かは特定できない、ってこと……?」
「そうなるね」
ヨリコが、疲れた顔で、溜め息を吐く。やっと泣き止みはしたようだが、そのせいで気力と同時に体力まで消耗してしまったようだ。
「ねぇ、じゃあもし、俺たちの他に、ここにまだ人がいたら……」
「竹田を殺した犯人かも、ですね」
息を飲んだのは、コウキだけではなかった。
――怖い。
それも当然だ、自分たちの使い慣れた部室で、殺人事件が起きたのだ。さっきまではそんなこと考えもしなかったから、コウキが死体を調べる時だって、その場を離れずにいられた。
再び泣き出しそうになったヨリコの肩に置こうとした手を、コウキははっと引っ込めた。丁寧に洗いはしたが、竹田の血に触れた手だ。血液というのは、なんだかそう簡単に落ちるものではない気がする。
「どうしますか、ナツ先輩……やっぱり、見回りに?」
「あぁ、行くしか……全員でここにいてもしょうがないし、なにかしないと」
「ここにある花瓶を使ったってことは、凶器を持ってたりするわけじゃないかもしれない。それに、俺たちがいることに気付いて、出口を塞いだのかもしれません」
「……じゃあ」
つまり、ここから出るためには、その人を見つけなくてはいけない、ということだ。手っ取り早く助かるには、それが一番に思えた。
「で、でも、他に人がいたからって、その人が殺人犯だって決まったわけじゃないですよね」
気休めのような言葉を言うナオに、反論する者は、誰もいなかった。
◇
七人は、三手に分かれることにした。校舎は三階まであるし、学年で分けるとちょうど三組になる。三年生のシュンとユカリが一階、二年生のナツとコウキとヨリコが二階、一年生のマサトとナオは三階、というふうに分担した。
一部屋ずつ見て回り、人影は見当たらないか、物音はしないか、窓の鍵が開いているところはないか。急ぐ必要はないから、とにかく丁寧に、というナツの指示だ。
シュンは、ユカリと一階の廊下を歩いていた。
この学校の校舎はとにかく広く、豪華で、調度品一つとっても贅沢に金をかけてある。三階建てというとそれほど大きな印象もないが、実際は、一般的な高校の校舎の五階分ほどはあるだろう。高い天井越しにでは、上の階の足音も話し声も、全く聞こえない。
「今二階で二年が襲われてても、俺たちも一年も全然気付かねーな」
「っ!? ちょっと、やめてくれ」
ぼそ、と呟いた言葉に、ユカリが大袈裟に肩を揺らす。普段は大和撫子を絵に描いたような同級生のそんな姿に、シュンは呆れたように言った。
「バカ、冗談だよ。俺が犯人だったら、竹田を殴ったあとは真っ先に逃げるし。自分も一緒に閉じ込めるアホなんていねーだろ」
「……そう、だな」
竹田の死体を見つけてから、ユカリはずっとこんな調子だ。いつもは聡明な彼女に似つかわしくないしおらしい様子に、シュンは苛立つ。
「なにボーッとしてんだよ、お前まで」
「……ごめん」
「ったくよ……んでこんなことになってんだよ……。殺人事件ってどういうことだよ、意味わかんねぇ」
舌打ち混じりに、吐き捨てる。
シュンでなくても怒りたくもなる。それほどまでに理不尽な状況なのだ。
部室には死体、塞がれた出口。携帯電話が通じる渡り廊下への経路も、断たれている。なにが楽しくて、夜の校舎なんかでこんなサバイバルゲームじみたことなんかしなくてはいけないのか。
「悠綺高校(ここ)って日本一のセキュリティなんじゃねーのかよ。教師殺されて生徒軟禁されてんじゃねーか。どうなってんだよ……」
いくら毒づいても、後ろをついてくるユカリは、ただ怯えたように体を縮こめるだけだ。そのうち、窓の外の真っ暗闇に向かって、一人で話しているような気さえしてくる。
舌打ちを一つして、シュンは、一番近い教室に飛び込んだ。
なんでもいい、持ち上げられるもの。周りを見回して、丸椅子を掴む。
「……シュン!? なにを、」
そして、勢い任せに、窓に叩きつけた。
ばんっ、と鈍い音がする。
ユカリの短い悲鳴が聞こえる。
「クッソ、……っら゛ぁぁあ゛!!」
怒鳴り声。
がん、がん、と、続けて響く。もうやめて、と、悲鳴のようなユカリの声が聞こえて、シュンはやっと、振り上げていた腕を下ろした。
窓を見る。わずかな傷が付いているだけで、あとは肩で息をするシュンと、その腕にしがみつくユカリが、写っていた。
掠れた声で、シュンは呟く。
「無駄に頑丈に作りやがって……」
ごとりと、丸椅子を床に置いた。きっとこの学校で使われているガラス全てに同じことをしても、結果は変わらないのだろう。もっと言うなら、窓に椅子を叩き込む大きな音も、シュンの叫び声も、ユカリの悲鳴も、二階に届いてすらいないに違いない。
電気も点けずに駆け込んだ暗い部屋には、虚しさと、シュンの荒い息遣いが響くだけだった。
「どうなってんだよ……ふざけんじゃねぇよ」
やり場のない怒りを押し殺せるほど、シュンは気が長くも、器用でもない。その矛先は自然と、今一番近くにいる人間――ユカリに向いた。
「やっぱ……映研なんて入んなきゃよ、こんなことにはなんなかったんだよ」
「シュン、」
「お前がどうしてもって言うから入部したけど」
苛立たしげに歪む表情。
ユカリは、ぐっと拳を握った。
「それが間違いだったんだよ。だいたい、誰が望んでたよ、俺なんて」
「そんなことは、」
「俺の肩書きがほしかっただけだろ……もっと大人しい奴だったら楽なのにって、思わなかったかよ、てめーは」
ぱ、と顔を上げたユカリが、今すぐにでも泣き出しそうな表情をしていて、シュンは言葉に詰まった。竹田の死体を見ても泣かなかったのに、だ。
居心地が悪くなって、シュンはさっさと部屋を出ようとする。その背中に、声がかかった。
「待って」
小さな小さな声。囁くような、空気のような。
同時に、袖口が弱い力で引かれる。
溜め息を吐いて、シュンはそれを振り払った。
「シュ、ン……」
痛みに上げた悲鳴のような、ついに本当に泣き出したような声を上げて、ユカリは広い背中を見る。
手を伸ばそうとして引っ込めた、その背中が、不意に、くるりと振り返った。長い腕が、伸びてくる。
「さっさと来いよ」
ユカリの手を浚うように掴んだ大きな手のひらに、彼女は、堪えきれなかった涙を一つ、溢した。
そしてもう一度、名前を呼んだ。
※※※
「このシーン……いるか?」
「全くだ」
居吹が見ている台本を覗き込みながら、紅がうんうんと頷いた。
「いるでしょー」
さっきまでがつがつと窓ガラスに暴行を働く青年を演じていた准乃介が、別人のようににこにこと笑いながら言う。
「紅までなに言ってんのさ。これちゃんと伏線になってんだからね」
「そうなのか? 俺、最後まで台本もらってねーんだよ。あとのお・た・の・し・み! とか言いやがって」
「うちの映研部は秘密主義だからねぇ。」
「でも、だからって、こん……こんなに、」
裏声の居吹にはつっこまずにのほほんと言う准乃介に、紅が噛み付く。さっきのシーンを撮り終えるまでに、NGテイクを十七回も出したのは、他でもない彼女だった。
「こんなに、なーに?」
「こん、なに……その」
「……いちゃいちゃ?」
「っい!? いいいいいちゃいちゃなんてしてない!」
「紅、紅、テンパりすぎ。ちょー面白いよ今」
「うるさいっ!!」
結局いつものように、理不尽な怒りは全て准乃介に向かう。端から見れば完全に八つ当たりなのだが、それでも准乃介本人がにこにこと機嫌良さげにしているからか、誰も気にしないのだ。
「あーあ、行っちゃった」
「沖谷よー、……お前、マゾ?」
「え? そうなのかなー?」
「ほんと怒んねぇよな、お前は」
「えー、だってかわいーじゃん? 紅が八つ当たりするのって、恥ずかしい時とどうしていいかわかんない時だけなんだよねぇ。俺、あの困った顔、紅の表情で四番目ぐらいに好き」
「……ちなみに聞くけど、三番目までは」
「うーん……泣き顔、怒った顔、笑顔」
「前言撤回。お前真性のドSだわ」
居吹の頬が、分かりやすく引き攣っている。しかも泣き顔が一位かよ、というつっこみをするあたり、彼も見た目ほどはアブノーマルではないようだ。
「あ、あとねぇ、このシーン」
「あん? ちゃんと理由あんのかよ」
「俺が紅に冷たいままじゃ、色んなところから怒られるからだって」
そう言い残して、准乃介は次のスタンバイのために去って行ってしまった。
「色んなところって……どこだよ……」
去り際の准乃介の表情が、ちゃんと目付きが悪く気の短い“シュン”になっていたことに、役者ってすごいね、と思いながら、居吹は呟いた。その問いに、答えをくれる人はいない。
※※※
北校舎で一番部屋数が多いのは、二階だ。つまり、今二階を調べている二年が、一番時間がかかるということになる。それもあって、三人いる彼らが、そこの担当になったのだ。
三階にいた一年のマサトとナオ、一階にいた三年のシュンとユカリが、全ての部屋を調べ終わって二階に戻った時、ちょうど三人は、一番端の部屋に入ろうとしていた。
「一階はなにも」
「そうですか。三階は……特になさそうだな、その顔は」
ナツの言葉に、マサトとナオが頷く。
二階は、今いる場所の反対側から調べてきたらしい。つまり、今入ろうとしている部屋で最後、ということになる。もし七人以外に誰かがいるとしたら、この部屋に隠れている意外に可能性はないということだ。
なんとなく全員そこに留まって、緊張しながら、扉を開ける。生徒相談室、なんて、空き部屋を埋めるために作ったような名目の部屋。
ナツはドアノブに手をかけた。
ゆっくりと、押し込む。
「……誰も、いませんね」
数秒のあと、コウキの声に、誰かが深く溜め息を吐いた。
「窓も一応見て来ます」
電気を点けて、そう言って中に入って行ったナツの後を、誰も追わなかった。緊張が一気に解かれて、体が咄嗟に動かなかったのだ。
これで、今は北校舎には映研部の七人しかいないということが、証明された。間もなく戻って来たナツの言葉によって、窓から誰かが脱出した形跡も、自分たちが窓が脱出できる可能性も、ないことがわかる。二階とはいえ高さがあるため、人が落ちない程度にしか開かない作りになっているのだ。
「これで、少なくとも今は、僕たち以外には誰もいないってことがわかったわけだけど」
「……これってむしろ、わかんなくなったんじゃないですか?」
マサトが、全く表情を変えずに言った。
「特に――誰が竹田先生を殺したのか、が」
『殺した』。
その言葉が出るだけで、彼らの間に緊張が走る。考えないようにしてきたのだ。
花瓶の様子から、シュンは、竹田は人の手で殴られたはずだと言った。結果、竹田は死んでいる。
これは、殺人事件なのだ。
誰かが竹田を殺したということ。
竹田を殺した誰かが、いるということ。
当たり前のことだが、できれば、そんなことは考えたくなかった。
「……確かに、マサトの言う通りだな」
「ナツ、こんなのもうやめようよぅ……朝になったら誰か来てくれるんだから、そしたら警察に任せて」
「……だめだ、ヨリちゃん」
朝まで大人しくしているのが一番だ、と主張するヨリコに、コウキが言った。ただでさえ色白なのに、さらに青白くなっている。映画や深夜のホラードラマで見る、亡霊のようだった。
「そうなったら……警察は誰を疑うと思う?」
コウキの言わんとしていることに、全員が気付く。
竹田が死んだ時間に、北校舎に間違いなくいた人物。映研部の部室に、怪しまれずに出入りできる人物。そして、竹田を殴る動機があった人物。
「真っ先に疑われるのは……僕らのうちの誰かだよ」
「そんな……」
「もしかしたら、全員共犯だと思われるかも」
「そんなこと……でも、」
信じられない、というように呟くナオの肩に、マサトが静かに手を置いた。
「……それじゃあ。俺たちで犯人、見つけるっていうのはどうです?」
「マサト……!?」
「ケーサツごっこかよ。くだらねぇ」
「そしたら、俺たちを閉じ込めたのが誰なのかも、わかるかもしれないですよ」
部室に他殺体。塞がれた出口。
この状況で知りたいことは、ごく絞られる。
コウキの予想した竹田の死亡推定時刻、つまり7時から8時の間。その時間に、竹田を殺し、北校舎を出、出入り口を封鎖した人物がいるのか。
もしくはそもそも、殺人と出入り口封鎖の犯人は別々なのか。
もし別だとして、どちらが先なのか。
その二つは、関係があるのか――。
じっと待っているだけでは、自分たちの身を守ることなんてできない。それならば、なにか少しでも糸口を見つけておくべきだ。
「このままではいられない、でしょ?」
◇
「普通に考えて、二つしかないと思うんだ」
ナツが言った。
いつまでも廊下にはいられないが、さすがに死体のある映研の部室には戻れない。とりあえず入ったのは、最後に調べた、二階の生徒相談室だった。
「まず、竹田先生を殺した人と、出入り口を封鎖した人は、別人」
「あの、でも、それだと、偶然ってこともあり得ますよね?」
「いや、玄関だけなら手違いの可能性があるとしても……窓まで外から塞いであるからね。明らかに誰かが故意にやったんだと思う」
「しかも、間違いなくこの学校の人間だろうな」
断言的に言ったシュンに、マサトが目で尋ねる。
「普通の感覚だったら、窓のつっかえ棒なんて意味ねぇだろ。二階三階はまだしも、一階なら割れば外に出られる」
「あ……! え、じゃあ」
「さっき試した。全部アクリル製だ、ちょっとやそっとじゃ割れねぇよ」
「試したって……」
「椅子で殴ってみたり、思いっきり投げてみたりしたけど、駄目だった。傷は付いたけどな」
「な、投げ……」
「んだよ」
目を丸くするナオやヨリコに、シュンは眉を寄せた。温室育ちの彼らには、窓を割るなんて思い付きもしない手だったのだろう。それを思い付いた瞬間に行動済み、しかも平然と言ってのけるシュンに、はじめて見る生き物に向けるような視線をやっても、無理はない。
しかし、そう割り切って受け流せるほど、シュンは大人でもなかった。
「あ? 悪かったな、暴力的で」
「い、や……そんなこと」
「お前映画好きなくせにそういう想像力はねぇのかよ、純粋培養お坊っちゃまが。だったらホラー映画なんか撮んなっつーの」
「……すいません……」
「シュン、そんな言い方……」
ユカリにたしなめられてようやく口をつぐんだが、ナオはすっかり俯いてしまった。ナツが、その場を取り持つように言う。
「これから試す手間が省けました。時間を無駄にしなくて済む」
「……ナツ先輩、あの」
「もう一つの可能性、だね。……誰かが竹田先生を殺して、他人に罪を擦り付けようとした。結果、僕たちは閉じ込められた」
「どっちにしろ、閉じ込めた犯人は、窓が割れないことを知っていたってことだから……それで、学校関係者か……」
「生徒か教師か、用務員……出入りの業者も色々いるし、特別顧問のいる部活もあるし」
「学食のシェフとか、庭師さんもいるね」
「なんだよ、結構いんじゃねーか」
手間と人手と金には糸目をつけない、悠綺高校だからこその、難点といえる。これが普通の公立高校だったら、その数も規模も、ぐっと減るだろう。
「誰かに罪を擦り付けようとして、って……別に僕たちが狙われたわけじゃないってことですか?」
「そういう可能性もある。誰でもいいから閉じ込めたかったのかも」
「でも、あえて俺たちを狙った可能性も、捨てきれませんね」
可能性、なんて言い出したら、きりがない。いつも、可能性は多い方が有利で高位な社会で暮らしてきた彼らにとって、逆にそれに苦しめられることになるとは、思ってもみなかった。自分たちが今までいかに守られてきたかを知って、背筋が寒くなる。
「……ねぇ、それって」
ヨリコが、青ざめた顔で呟いた。
絶望だけではない。現実味のある恐怖に、強張った表情。
「見つかったら、疑われるのは間違いなく私たち、なのよね」
「……? うん、そりゃ、そうなるだろうな」
「でも……でもね、もし、殺人と出入り口を塞いだ犯人が別だったら……。誰かが私たちに罪を着せようとしたんじゃ、ないとしたら」
胸の前で、自分を守るように、手をぎゅっと握った。
「竹田先生を殺した犯人、私たちの中にいるってことも、考えられない……!?」
それは、気付いていたけれど気付きたくなかった、わかっていたけれど知りたくなかった、最悪の可能性だった。




