SCHOOL OF LOCKED
「きゃあああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!」
私立悠綺高等学校、北校舎二階。そこに少女の悲鳴が響き渡ったのは、ある夜のことだった。
他の六人が慌てて駆け付けると、部屋の入り口で、華奢な女子生徒が座り込んでいる。
くるりと跳ねる癖っ毛は今は真っ青な顔を隠し、俯いたまま、震える腕で指差すのは──。
「先生が」
六人は、背筋が凍り付くような嫌な予感の中で、ゆっくりと、本当にゆっくりと顔を上げた。
見慣れた、ほの暗い赤い髪。
同じように真っ赤な液体が、床に零れている。
雨の日、傘を壁に立て掛けた時のような、静かな広がり方だ。
「せんっ、」
グレーのワイシャツにも、点々と。
その男は、倒れたまま、動かなかった。
「せい、が、」
彼らは、見た。
冷たい部屋の中だった。
悲鳴を上げた少女が、再び、声を
「死んでるにょろーーー!!」
上げた瞬間に、怒声が飛んだ。
「カァットォォォ!! Ino語禁止ィ!!」
抑えられていた照明が解放され、辺りが一気に明るくなる。眩しそうに目を細める面々の中で、“遺体”が起き上がって口を開いた。
「おい、いつまでこうしてりゃいいんだよ」
「すみません竹河先生、もう少しお願いします。休憩にしましょうか?」
「そうしてくれ、床に寝っぱなしじゃ身体中痛くてたまんねぇよ」
「じゃあ一旦休憩入りまーす!」
「ったく……なんで俺がこんなこと」
どこかやるせないような表情を浮かべる居吹の隣に、前髪を上げた准乃介と、落ち着いた茶髪の聖が屈み込む。
血糊が珍しいのか、紅はしげしげと居吹の手のひらを観察しはじめた。ゆるめに巻かれた毛先が血糊に付きそうになって、慌てて髪を押さえる。
「せんせー死体役すっげ似合ってますよ!」
「こんなスタイリッシュな死体見たことないよねぇ」
「居吹先生が幽霊になったら、怖そうだ……」
「お前らぁ……おい真琴、大人に敬意の払えない先輩たちになんか言ってやれ」
ちょうど通りかかった、赤いパーカーを着た真琴に、居吹が声をかける。いつもならばこんな無茶振りには焦って困惑するだけの彼だが、今日は、違った。
「はい?」
振り返った真琴の目付きが、普段よりも幾分冷めている。まるで直姫のようだと、居吹は思った。
そして、無表情のまま、口を開く。
「ほんとに死んでるみたいですね、その血糊。さっきの紅先輩とのシーンなんか、ヤクザ映画観てるみたいでしたよ」
「は……?」
「ド変態教師役がこんなにリアリティなくハマる人も他にいないんじゃないですかね」
「ま……真琴……?」
言い捨てて立ち去った真琴を、口を開けたまま見送る居吹。どうしちゃったのあの子、とでも言いたげな表情の不良教師の元へ、直姫が走り寄って来た。手には黒髪のかつらを持っている。
「駄目ですよ先生、今の真琴は完全にマサト憑依モードだから。迂闊に話しかけるとバッサリ返り討ちに遭います」
「あいつ、仕事中はキャラまで変わるって……マジだったのか」
「真面目だからねぇ、真琴は。中途半端が出来ない人なんだよ」
「撮影終わった途端に普段通りっスからね……実は切り替えの早さなら夏生と対張るかも」
癒し系侮れねぇ、と呟く居吹たちに、休憩終了の声がかかる。
居吹は先ほどと同じ床の上、恋宵は部屋の入り口にスタンバイ。聖は一階東側の渡り廊下前、他の五人は階段の踊り場にいて、恋宵の悲鳴が聞こえたら走ってくることになっている。
「じゃ、はじめますよー! ゴ、ヨン、……」
いつもと違う部屋、いつもと違う髪型、いつもと違う話し方。
そんな場面からはじまる、生徒会の夏である。
◇◇◇
時は遡って、二週間前。
今年の最高気温が日々更新されつつある中、生徒会は、普段と何ら変わらなかった。夏休み直前に一学期末の定期テストが控えていることもあって、この時期は特に大きなイベントもない。また色々と中途半端な頃で大きな問題が起きることもなく、平和で平凡、つまりとても暇な時間を過ごしていたのだ。
「え? 准乃介先輩って茶道部に入ってるんですか!?」
「そだよー。幽霊部員の鑑のよーな感じだけどね」
「幽霊部員に鑑もなにもないだろう」
話題は、生徒会役員の部活動、だった。
やはり彼らの知名度は新入部員獲得に効果覿面のようで、籍だけでも、と色々なところから声がかかるらしい。もちろん誘われるまますべてに入部するわけにはいかないが、大体が一人一つ、二つの部活動を掛け持ちし、本当に時間が空いた時だけ出たりしているのが現状なのだそうだ。
「僕も演劇部にどうしてもって言われて、一応入ったんですけど……。まだ定期発表会も演劇部としては出たことないです」
「名前が目的なんだからいんじゃね? 俺だってバスケ部とかダンス部とか軽音楽部とか、色んなとこから声かかったよ」
「へぇー……聖先輩、結局どこに入部したんですか?」
普段の姿から軽音楽部あたりだろうか、でも球技が好きと言っていたからバスケ部あたりもあり得るかも、などと予想して、真琴は尋ねた。しかし聖は無表情に近い微笑みでもって、答える。
「フラッシュ暗算部」
「は、はい?」
「いやだから、フラッシュ暗算部。」
「聖はな……計算がすごく速いんだ」
真剣に言う紅に、真琴はぬるく笑って言った。
「い…………色んな部活があるんですね……」
「説明しよう! 的なのいらない? フラッシュ暗算とは……ってやつ」
「いらないでしょー」
「ひじりんは山ちゃんにゃの?」
「恋宵ちゃんヤッター○ンとか知ってんの?」
聖の意外な特技と悠綺高校での部活動立ち上げの容易さが発覚しただけで、あとは恋宵がやはり軽音楽部だとか、紅が合気道や槍術同好会や薙刀部に部員ではなく特別顧問として出入りしている理由だとか、夏生が結局帰宅部になった経緯だとか、そんな話に終始していた。そんな話に終始する程度には、退屈だったのだ。遮られることのない話題は自然と、残る彼女に振られる。
「直姫はどうなんだ? 部活、なにか入ったのか」
「いえ、自分は……そもそもなにがあるのかもよく知りませんし」
「夏生は全部把握してるにょろよー。細かく言うと全部で五十くらいあるのに」
「え! そうなんですか? すごい……」
「なっちゃん会長のおすすめは?」
「直姫には、そーだな……カバディ部か、詩吟部か……郷土料理研究会かな」
「なにを基準にしてどんな統計を取ったらそんなおすすめが出てくるんですか」
運動部は女だとバレるし、頭脳明晰な優等生に真っ先に勧誘が来そうな数学研究部や化学研究部などについては、本人が「なんで授業以外でまで勉強しなくちゃいけないんですか」とばっさり切り捨てた。それならば直姫が興味を示すものを、と考えてみるが、これが見事に思い付かない。
「えーっと……バイオリンは?」
「一応やってますけど……父親が、自分の趣味を押し付けたようなもので。金持ちっぽい習い事をさせたかったみたいです」
「はれ。もしかして、他にもなんかやってたにょろ?」
「えぇ、まぁ、楽器は一通り。あとは茶道とか華道とか……上達しなくてつまんないから、全部すぐやめちゃいましたけど」
「うーん……部活でまでやる気はなさそうだね……」
バイオリンだけ続けているのは、全てやめてしまうとまた次々と新しい習い事をさせようとするから、らしい。直姫も直姫だが、父親もなかなかに強者だ。
「語学はどうだろう。悠綺は語学系の部活動が種類豊富だぞ?」
「語学ですか……でも選択科目でドイツ語取ってるしな。三カ国語ぐらいできれば十分な気しますし」
なにを提案しても、気だるげな一言で却下に終わらせる直姫。生徒会活動だけやっておけば内申点は心配いらないと考えているのか、相変わらず消極的だ。
と、そんな直姫を見ていた真琴が、「あ」と声を上げた。
「そうだ直姫、映画研究部があるよ」
「おぉ! それがあったにゃ、ナイスまこちゃん」
ようやく思い付いた、直姫の趣味らしき趣味。確かに、遅くまで映画を見てたとかで、教室で休み時間に居眠りしていることがよくある。珍しく文庫本でないものを読んでいると思えば大抵は映画雑誌だし、自宅には直姫専用のホームシアターがあるというようなこともいつか言っていた。逆に言えば、それ以外で直姫の嗜好を、全く垣間見たことがないのだ。
可愛い後輩の学園生活に少しでも彩りを、と考えたのか、紅たちが目を輝かせる、が。
「映研の部室なら、同じ階だぞ?」
「悠綺部の斜め向かいのねー」
「悠綺部か……あそこ近寄りたくないな」
映画、作るほうには興味ないですし。
静かにそう言った直姫の言葉によって、そんな優しい先輩心も、呆気なく無に帰されたのだった。
そんなやりとりをしている最中、優雅に脚を組んでパソコンを眺めていた夏生の表情が曇った。
なにか考え込むように頬杖を突いて、すぐにその手を机の一番上の引き出しに持って行く。保留の書類や生徒会宛ての郵便物が、まとめて突っ込まれている場所だ。その中から目当てのものらしい封筒を探し当てると、差出人を確認し、すぐに封を切って、中身に素早く目を通す。
頬杖を突いてからのその間二分ほど、誰も夏生の変化には気付かなかった。
「ねぇ」
そして、やばい直姫と話してるとこっちまでやる気なくなりそう、なんて言っている聖の頭をぐりっと押し退けて、思いきり渋い顔を見せる。外では鉄壁防御の笑顔を浮かべ続ける彼だが、他の生徒が見ていない時と、この生徒会室にいる時だけは、意外にその表情は豊富だ(わかりやすいとは、決して言えないが)。
「その映画研究部のことなんだけど」
「え、なにー、なんかヤバイ映画でも撮っちゃった?」
「違います。むしろそれ以上に厄介」
よくよく見れば夏生の表情は、なにか問題が起きた時の苛立ったものでも、面倒事を押し付けられた時の辟易したものでもなかった。わりと今まで見たことのない種類の、あえて言うならば――困り顔。
素早く察した真琴が、心配そうに言う。
「なにかあったんですか?」
「夏生? どうしたんだよ」
一瞬目線をうろつかせた夏生は、また一つ溜め息を吐いた。
◇
「出演依頼!?」
貴重すぎる困惑した表情で夏生が言ったのは、映画研究部からの依頼の件だった。
ここ、私立悠綺高等学校の生徒会は、表向きは生徒会業務や行事の実行委員、裏では校内のトラブルシューターを担うという、あまりにも特殊な集団だ。理事長である綺村悠子の思い付きで始めたこれが、今ではある意味大きな抑止力というか、ストッパー代わりになっている。
校内で名も顔も知れた有名人が集まる集団、言ってしまえば全ての意味で悠綺高校のトップだ。それは外見や中身や本人の実力だけの話ではなく、家柄や権力に関してもだった。
つまり、生徒会に目を付けられれば、学園に残ってはいられない。人気投票のような決め方をした生徒会役員選挙が、この面に限っては効果覿面なのだ。
そんなわけで、校内での問題に限って、どんな依頼でも随時募集、ということになっていたわけだが。この度映画研究部から来た依頼が、あまりに特殊なものだったわけだ。
「どういうことですか?」
「来月、『全国高校映画祭』っていうイベントがあるんだって」
「……もしかして、その映画祭に出品する映画に、出てほしいってことですか?」
「そう。悠綺高校のプロモーションも兼ねて、って話だけど」
「それって……いいのか? 私や夏生や直姫はともかく、真琴たちはプロだろう。高校生の自主制作映画に、そこまで」
「そーっスよね、事務所からオッケー出ないんじゃね?」
「そこだよ」
そう苦い顔をして、夏生は一枚の紙を取り出した。悠綺高校の校章が透かし模様で入った、上質の紙。これは学校側、主に、理事長から直々に出された文書であるという、しるしだ。この便箋が使われているということは、そこに書いてある事柄は、生徒会にとっては絶対ということと等しい。
『生徒会諸君、映画研究部諸君へ。映画祭、頑張ってくださいね。』
手紙にはそんなメッセージが、理事長のサインと判と共に、書かれていた。
「理事長命令。悠綺高校の来年度の受験者数は、君たちにかかっている──だって」
「まじかよ……」
色んな所とどう話をつけたのかは定かでない、というか想像するだけ無駄なことだが、彼女がこう言うからには、やらないわけにはいかなくなってしまった、ということだった。
※※※
「竹田先生……」
誰かが、ぽつりと呟いた。
竹田樹(たけだいつき)というのが、倒れている彼の名前だ。この私立悠綺高等学校で数学を教えている教師で、まだ三十歳前という若さだった。だった、というのはつまり、今はそうではないということでもある。
くすん、と、今度は誰かが鼻を鳴らす。篠宮ナツがふとそちらを見ると、井上ヨリコが、壁を支えにしてなんとか立ち上がったところだった。
「救急車呼んだ方が……! うちの病院なら、すぐ受け入れてくれるはず」
「先輩、」
ヨリコの隣で呆然と立ち尽くしていた柿沢コウキがはっとしたように言うが、佐藤マサトがすぐに、低い声を出した。誰かが声を発する度に、怯えたように凍る空気。それを無理矢理砕くかのように、マサトが温度のない声色で言う。
「無理だよ。もう」
なにが無理なのか。言うまでもなく、誰もがわかった。
竹田樹は、もう死んでいる、ということだ。
「あ……僕、誰か呼んできます!」
「ま、待ってナオくん、私も行く……っ」
突如現れた非日常から――死体から、逃げるように、西寺ナオとヨリコが飛び出して行く。少しでも早く、少しでも長く、死体から目を逸らしたかったのだろう。ヨリコは特に、最初に死体を発見したのだ。ショックの大きさは計り知れない。
「……っ、」
石神ユカリが、口に手を当ててしゃがみ込んだ。色白の肌が、真っ青になっている。それでも死体から、大量の血から、恐ろしい形相の竹田の顔から、目を離すことができない。
こわいもの見たさなんかではない。これほどまでに、“死”というものをまざまざと見せつけられる事態に直面したのは、はじめてだったのだ。
「ユカリ先輩、」
「大丈夫ですか」
「おい、もう見んな」
荻野シュンがユカリの腕を引いて、強引に部屋から出す。仕草は乱暴だが、それでようやく彼女の視線は、竹田から外れた。その間にいくらか冷静になったマサトとナツが、死体の瞼を下ろして、小道具の大きなシーツをかける。
こんな短い時間で少しでも冷静になれたことが驚きだが、人はどんな状況に直面しても、呑み込めないということはほとんどないものなのだ。
◇
その日、映研部が遅くまで校舎に残っていたのは、近々開かれる、全国高校映画祭というコンクールのためだった。
夜の校舎が舞台の、短編ホラー。主人公を新入部員のナオ、その友人や先輩役には、二年生のコウキやヨリコ。ここの映研部に入りたくて悠綺高校を受験したというマサトも加わって、今回の作品には例年以上に力が入っていた。
そのためか、製作にかかる時間も手間も普段以上で、特にここ数週間は、こうして夜遅くまで学校に残っていることが多かったのだ。それにホラーの演出はやはり、暗い方が十分な効果が得られる。彼らにとって、この時間にここに残っていなければできないことというのが、たくさんあった。
しかし、生活指導の竹田教諭は、それをよく思っていなかった。生徒が遅くまで残っているのが問題なのは当然だが、それにしても、なぜか映研部を目の敵にしていたのだ。ぶつかり合いも多々あったし、製作を邪魔されることさえあった。現に昨日の放課後だって、カメラを回すマサトのそばにずっと立っていて、事あるごとに口を挟み、正直撮影どころじゃなくなって、うんざりしていたのだ。
それが一転、今日は忙しいのか、ずっと姿を見ていなかった。
「なんでこんなことに……」
「というか、どうしてここで……?」
視界から血が隠れて、いくらか頭が働くようになってくると、ナツとマサトがぽつりと呟いた。
竹田と映研部は、犬猿の仲といっていいほどに、相容れなかったのだ。彼がわざわざ自分から映研部の部室に来るなんてことは、まずないと言っていい。
「ねぇ、やっぱり職員室行くより先に、警察呼んだ方がよかったんじゃないかな」
コウキが、狼狽えた声を出す。口を動かしていないと落ち着かないのか、さっきから沈黙に耐えかねると、ぽつりと意味のないことを呟いたりしているのだ。
ナツが、眉を顰めて言った。
「いや……まずは理事長の指示を扇いだほうが」
「そんなこと言ってる問題!? 人が死んでるのに!」
「だからだよ」
おろおろしっぱなしのコウキとは対照的に、ナツとマサトは冷静だった。今にも泣きそうな友人の表情を見て、苦い顔をしたナツの代わりに、マサトが言う。
「校内で人が死んだんですよ。事故じゃなかったら大問題です」
「……どういう意味?」
「もし、自殺や殺人だったら。責任を問われるのは学校側ですよ」
コウキも思わず、黙り込む。
つまりは、ここに死体があるというのに、学校側の保身のために、もしかしたら真相を葬る場合もある、ということだ。いくらいがみ合っていた竹田でも、そんなのはあんまりだ、と思ったのだろうか。彼はそういう、良く言えば心優しい――悪く言えば甘い――人間なのだ。
その時、沈黙を破るように、部室の外から、ばたばたと足音が聞こえてきた。
急いで扉を開けると、息を切らしたナオとヨリコが、シュンたちの前で膝に手を突いたところだった。そして、二人が肩で息をしながら言った言葉に、耳を疑う。
「大変です!」
「ドアが……開かないよぉ!」
すぐに泣くヨリコを、困り顔をしたナオが宥める。そんないつもの構図が成り立たない。ナオも同じように、泣きそうな顔になっていた。
「ドアが開かない……?」
「どういうことだ!?」
ユカリの、ただでさえ白い顔が、さらに青白くなっている。
ナオが、顎を伝う汗を拭って、言った。
「あの、中庭への玄関も、裏庭へのドアも外から鍵がかかっていて……渡り廊下にもシャッターが降りてるんです」
「南校舎の警備員室、灯り点いてるじゃねぇか。まだ誰か残ってるはずだろ。なんでシャッターなんて降りてんだよ」
口悪く言うシュンに、ナオがびくりと肩をすくませる。いくらか落ち着いていた動揺が、そのせいでまた沸きあがってきたみたいだ。
「わかんないですよそんなの……! どうしよう、どうしたらいいんですか!?」
「ナオ、落ち着いて。窓は?」
「窓もダメです。外からなにかで押さえてあるみたいで」
「携帯から職員室に電話して、誰か呼んだら……」
「無理ですよ。この学校、渡り廊下以外はどこも圏外じゃないですか」
一瞬の沈黙が訪れた。なにが起きているのか、状況を整理する間だ。
「どうなってるの……?」
「閉じ込め……られ、た……?」
その言葉を誰かが口に出した時、彼らは、言い様のない不安を感じていた。
部室には、仲の悪かった教師の死体。
鍵の開かない扉。外には出られない。
携帯電話も使えない。
一体、どうする――?
※※※
「なんか、石蕗は髪型くらいしか変えてないんだな。沖谷とか佐野は正反対のキャラ設定してあんのに」
「そりゃ……紅は演技できないからねぇ。」
「だ、だから私は出ない方がいいと……!」
「駄目ですよ、紅先輩なにげに重要な役どころなんですから。じゃなきゃ自分がわざわざこんな格好する意味なくなるし」
「いいじゃんナオくん、似合ってるよ?」
き、と視線を寄越した直姫に、准乃介が笑う。今日の分の撮影は残るところ、あとワンシーン。居吹は血糊のメイクが大変なため、出演シーンを先にまとめて撮ってしまっているのだ。
そんな居吹がしているのは、役柄と普段とのギャップの話だった。
真琴は無愛想で生意気、恋宵は泣き虫で怖がり、聖は頼りない箱入りお坊っちゃん。准乃介に至っては、豪華絢爛な校舎に似つかわしくない、ド迫力のヤンキーだ。
それぞれが正反対と言えるほどの変身を遂げた中で、素人である夏生、紅、直姫の三人が演じる役柄は、今のところたいした意外性も持ち合わせていない。
「紅はそのままが一番なんですうー」
「あーはいはい」
「いやでも、素人三人はキャラ変更なしとか言ってっけどさ……夏生と直姫は、ねぇ?」
「……なに?」
「表向きにはいつもと変わんないかもだけど」
「結局はがっつり演技してるにょろ、お二人」
「しょうがないでしょ。ぜひそのままでおねがいします、って言われたんだから」
「ま、そーだよねぇ。さすがに夏生はキャラ崩せないか」
直姫がそれなりに演技をこなせるのは、クラス親睦会の演劇で実証済みだ。だからか、いつもよりは少し頼りない性格に設定されている。
問題は全くの未知数である夏生と紅だが、校内での二人の人気は桁外れで、下手にキャラを崩してファンの不評を買っては映研部の今後に関わる、ということらしい。そのため、ほぼ普段の二人に似せた役柄にしてあるはずなのだが、実際は日常的に巨大な猫を被っている夏生だ。結局恋宵の言うように、なんだったら一番ギャップを演じている夏生なのだった。
少し居心地が悪そうにしていた紅が、話を逸らそうとしてか、言った。
「それより、准乃介にはびっくりしたよ。演技、上手かったんだな、お前」
「あは……俺、一応、俳優」
「真逆っスもんねぇ、目つきとかマジ凶悪!」
「新境地じゃにゃい。俺様属性のファンも獲得にょろね」
「あ、でもさー、もし紅先輩が演技できて、正反対のキャラ演じてたら」
聖が楽しそうに言う。彼はこういう、例え話の類いが大好きなのだ。
「どうなってると思う?」
「んー……ガサツ、下品、ビビり?」
「あ、ないわ。いくらなんでもない」
「直ちゃんだったらー? えっとぉ、明るくてー」
「元気で」
「なんでも一生懸命」
「……ただのいい奴じゃん!」
「失礼ですね、それ」
暇を持て余して始まった楽屋トークは、いつのまにか、『素人三人がもし正反対のキャラに変身するなら』という話題になっている。と、なれば当然、残る彼にも矛先が向くわけで。
「……積極的、自発的」
「話し上手」
「超人当たり良し」
「物腰柔らか」
「鼻にかけない」
「すっげ優しい」
一瞬の沈黙が降りたあと、聖がぽつりと言った。
「……表の夏生じゃん」
スタンバイおねがいしまーす!という声がかかるまで、それぞれが心の中で考えていたのは、ほとんど似たようなことだった。
(……まさか……映研……!?)




