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ONLOOKER  作者: 鳴瀬倉
12/31

擬似的な彼女~留学生は男の娘~5

「きゃあー!」


 里吉の楽しげな悲鳴が、夏生のちょうど耳の後ろあたりで上がる。完成度の低い吸血鬼人形は、上から飛び出して、ぶらりと揺れてから、また引っ込んでいった。

 金切り声に咄嗟に顔を逸らした夏生は、片方の眉を歪めながら、斜め後ろを振り返った。

 それに気づいた里吉が、口許だけで笑う。


「怖いというより面白いんですのねえ。私、こんなのはじめて入りましたわ!」

「……そう」


 こんなの、というのはつまり、こんなにチープなお化け屋敷、という意味だろう。

 蜘蛛の巣の奥で青白く光る顔は液晶モニターに表示されたものだし、出てくるお化けはといえば、上から飛び出す、横から飛び出す、斜め前から飛び出す、とにかく飛び出してばかりだ。恐怖よりは驚きを狙った安い演出なのだろう。

 しかもさっき引っ込んだ吸血鬼の他は、口裂け女に皮膚の爛れたブタを連れたゾンビ、白い着物の女、フランケンシュタイン、鎌男に一つ目女。多国籍、まるで統一性がない。

 確か、外には『恐怖の館』なんてありがちな看板と共に、国旗が幾つも描かれていたような気もする。こういう意味か、と溜め息を吐いて、夏生は前を向いた。

 目の前ではちょうど、目玉の飛び出した人形が額縁の中でぱっとライトアップされたところだった。


 ◇


「……サトちゃんと夏生先輩の姿が見当たりません」


 結局、三年生二人、准乃介に「姉弟ってかんじだね」と言われた直姫と恋宵、そして聖と真琴でペアを組んで、極力目立たないよう行動することとなった。

 じゃんけんで決める決めないで揉めていた時にちょうど、観覧車から夏生と里吉が降りてくるのが見えたのだ。

 慌てて隠れた六人に、里吉はちらりと視線を寄越した。すぐに目を逸らしたので、夏生に気づかれることもなかっただろう。

 もし彼が直姫たちの存在に気づけば、すぐさま近寄ってきて、里吉を押し付けて帰りたがるに違いない。そんなことになっては、あんな計画まで立てて連れ出した意味がなくなってしまう。

 そのため、彼らは人目や盗撮写真云々よりもまず、夏生に気付かれないことを優先させたのだ。


 歩き回るのは億劫なので、二人は展望台に上がって夏生と里吉を探すことにした。

 直姫はあんなに「夜中まで映画を見ていた」を常套句にしているのに、視力はとても良い。一度は二人を発見したのだが、窓の外と園内地図を交互に見比べていた直姫が、そんな声を上げた。


「マジかにゃ」

「マジです」

「えぇ? さっきまでキャンディーの屋台の辺りにいたじゃにゃい」

「見失っちゃいましたね」


 肩を竦めると、恋宵は困ったように小首を傾げる。


「屋内アトラクションに入ったんでしょうか」

「うーん……はっ! まさか夏生、人目に付かないところにサトちゃんを連れ込んでいかがわしいことを……!?」


 さすがにそれは、夏生先輩が可哀想すぎるでしょう。

 なんて、そんなつっこみもきっと聞いてない恋宵は放っておいて、直姫は携帯電話を取り出す。意外に反応待ちだったようで、背後では恋宵が「えっ。つっこまないにょ? 放置にゃの?」なんて言っていた。

 だがそれも無視して、着信履歴から友人の電話番号を呼び出した。


『もしもし、直姫?』

「目標見失いました、キャンディーの屋台付近を捜索願います、どーぞ」

『それ台詞だけ聞いたらノリノリなのに、なんでそんなに棒読みなんだろうね……どーぞ』

「今どこにいる?」

『僕ら? えっと、また売店の近くに……あ、ポップコーン……美味しそう……』


 電話の向こうで、聖の「えっ、お前さっきチュロス三種類食ってたじゃん」という声が聞こえる。花より団子、ではないが、彼にとってはアトラクションよりお菓子の屋台らしい。ちなみにポップコーンの味も三種類あるが、きっと全部買うだろう。

 手短に用件を告げて、さっさと電話を切る。

 恋宵はいつの間に買ったのか、チョコレートのソフトクリームを手にしていた。彼女の肩越しに、売店ののぼりが見える。それを指差して、「直ちゃんも食べる?」と聞かれたので、断っておいた。甘いものを食べると苦いコーヒーがほしくなるが、こんなところで売っているコーヒーが美味しい保証は、ないように思えたからだ。


「あーあ、直ちゃんの愛想のなさにももう慣れてきたぬ」

「自分こそ、先輩の変な喋り方にも慣れてきました」

「変ってなんにょろ、変って」

「先輩、これ」


 直姫は恋宵の声には答えずに、園内地図をベンチに広げた。

 六つ折りになって手のひら程度の大きさになるもので、それほど広くない俯瞰図が、カラフルに描かれている。現在地は、その右端に位置する展望台だ。


「今ここ」

「はいな」

「屋内アトラクションが、えっと……三つ?」

「四つあるにょろ。プラネタリウム」

「ああ……たぶん、どれかに入ったんだと思うんですけど」

「ほうほう」


 恋宵は、そう声を出しながら、うんうんと頷く。直姫がちらりと顔を上げると、舌を出した彼女と目が合った。上唇の真ん中に、ソフトクリームが少しついている。


「ついさっきまでここにいたんで……このあたりはなさそうですね。こっちからじゃ十分くらいはかかりますし」


 地図に視線を戻して、そう言いながらプラネタリウムとマジックミュージアムを指差す。それらと、展望台のすぐ下に見えるキャンディーの屋台とは、園の中心にある観覧車を挟んで、反対側にあるのだ。


「となると、お化け屋敷か迷路だにゃあ」

「迷路、さっき通った時は三組くらい並んでましたよ。カップル特典があるみたいです」

「じゃあお化け屋敷にゃ」


 ですね、と直姫は呟いた。夏生ならば、里吉がなんと言ったって、わざわざそんなところに並んで入ったりはしないだろう。

 お化け屋敷ならば、直前までいたキャンディーの屋台からもそれほど離れていないし、少しよそ見した隙に姿を消したのも頷ける。

 お化け屋敷は展望台からも見える場所にあって、直姫の視力ならば、看板に書かれた文字や、なぜか貼ってある国旗の種類までわかる近さだ。


「あ、ポップコーンの屋台。真琴たちあのへんですね」

「じゃあ電話するにょろ」


 さっき電話をかけたばかりなので、なんだか二度手間になってしまったみたいだ。

 恋宵の取り出した、携帯電話本体よりも明らかに体積の大きいストラップを眺める。邪魔そうに手で避けてから操作するのを見て、だったら外せばいいのに、なんて考えていた。持ち主にそっくりな存在感のストラップたちが、白い手の甲の上で揺れる。

 呼び出し音の鳴っている間に、ふと恋宵は電話を耳から離した。スピーカーに切り替えてすぐに、がちゃ、ともぼつっ、とも聞こえる音が鳴る。

 そしてその後に、妙に間延びした声が続いた。


『もーっしもーし。こちら柏木くん』

「こちらいのさん、対象は恐らくお化け屋敷に入ったもよう」

『お化け屋敷? おけ、追跡します』


 そうとだけ言って、聖は電話を切ろうとしたらしく、声が少し遠くなった。

 だが直後、慌てたような声が聞こえてくる。


『えっ真琴、えっ? なに、』

『え? 入りたくないの?』

『なん……ええ、そんなにイヤ?』


 恋宵と顔を見合わせて、思わず携帯電話に視線を落とす。

 そこを見ていたからといって電話越しの情景が見えるわけではないのに、数秒間見つめてしまってから、直姫は「あ」と声を上げた。


「真琴、怖いのだめなんだった」

「にゃに? 嫌いなの?」

「ホラー映画とかも無理って言ってましたもん」

「え? でも去年の春のに出てたじゃにゃい、めっちょスプラッタホラー」

「演じるのは大丈夫だそうです」

「ええー……?」


 怪訝と戸惑いが半分ずつ混ざったような表情を浮かべながら、恋宵はぐるりと首を傾げた。そして、電話に向かって呼び掛ける。


「ねぇねぇ柏木くん?」

『はい柏木くんですっ』

「嫌いなもの無理強いはいくないにょ。うーん、しょうがにゃいから……ひじりん一人で行ってきて?」

『えっ! 一人!? お化け屋敷に!?』

「だってまこちゃん可哀想じゃにゃい?」


 聖は「う」とか「えー」とか「えええええぇ……」なんて、しばらく意味のない音を発していた。そして葛藤の末、渋々、といった感じで「……はい……」と呟く。

 ほどなくして直姫の視界には、人目を気にしながら一人でお化け屋敷に入っていく、なんとも挙動不審なサングラスの男の姿が映ったのだった。



 ふと、視界の隅で、明るい桃色がちらついた。この遊園地のマスコットなのだろう、入り口や園内の看板など至るところで見かける、笑顔が胡散臭い三頭身のウサギだ。

 その着ぐるみが直姫たちの背後に、風船をひとつだけ手にして立っていたのだ。


「あ、ラビィくん」

「ラビィくん?」

「下で風船配ってたにょろよー」

「へえ……?」


 恋宵が、ぱたぱたと手を振る。ラビィくん、というらしい着ぐるみは、反応を返さない。愛想の悪いマスコットもいるものだと、自分の無表情を棚に上げて、直姫は思った。


 だが、観覧車の前や売店のそばで風船を配っていたはずのマスコットが、なぜこんなところにいるのだろうか。展望台に大きな着ぐるみのマスコットなんて、何となく違和感のある組み合わせに思える。

 しかも、それが、じっと二人のほうを見て、突っ立っているのだ。前歯の飛び出た陽気な笑顔が、不気味に感じられる。

 それが、不意に一歩進み出て来たので、直姫は思わず後退った。ぺちゃ、と軽い音がする。恋宵が持っていたソフトクリームを落としてしまったのだ。直姫は振り返ったりはしなかったが、落とした本人も、足元にはちらりとも視線をくれずに、ウサギを凝視しているのがわかった。

 ウサギの着ぐるみが、大きな足をぱたりと動かす。一歩、また一歩と、ゆっくり近寄ってくるのだ。

 直姫の肩のあたりで、掠れた音が上がった。

 袖をきゅっと掴まれる。

 だがそんなことには、少しも意識が向かない。

 歩み寄ってくるウサギから、ざっ、と音が発せられた。スピーカーから聞こえるノイズに似ている。二人は、肩を揺らした。

 明るく笑う表情とはどう考えても不似合いな声が、着ぐるみから響いた。いつの間にか辺りには人気がなくなり、すっかり静まり返っていた。


「ザ、……シズミ、サトキチ……ザザ……ヲ」


 変声機を通したような、耳障りに割れた声。

 背筋に、ず、と冷たいものが走る。


「……サトちゃんが……な、に……?」


 直姫の肘あたりで、恋宵の手に力が込められる。同時に、震える声が絞り出された。

 それに答えてか、それとも無視してか、着ぐるみはまた“喋った”。


「シッテ……ザザッ、ザ……イル……ナ」


 確信のこもった問いだった。二人が志都美里吉を知っていることは、恋宵の今の発言ですでに裏付けられている。

 ウサギは固まったままの直姫と恋宵にさらに近づくと、風船の紐を握った手を、その顔の前に突き出した。


「え、なに……」


 それにはなにも答えずに、毛羽立って薄く汚れた白い手を、ただぐい、と押し付ける。

 直姫は躊躇いながらも、風船を受け取った。思わず着ぐるみの顔を窺い見るが、満面の笑顔を浮かべたままのウサギの顔で、表情など読めるはずもない。

 着ぐるみは手を引いて背中を向け、それからは一度も振り返らず、なにも言わないままで去って行った。


「な、なんなの、気持ちわるい……」


 ぴんと立った長い耳が消えたのを見ながら、恋宵が呟く。袖を握っていた手はいつのまにか直姫の腕を取り、肩に寄り添っていた。

 床に落ちたソフトクリームは、すっかり溶けてしまっている。それをローファーで踏んでしまわないように足をずらした恋宵を、直姫は呼んだ。


「、先輩っ!」


 彼女がウサギの後ろ姿をじっと見ていた間に、風船の紐に手紙が結び付けられていることに、気付いていたのだ。

 それを広げたままで、直姫は恋宵を振り返った。


「直ちゃん、?」

「これ……」


 顔が強張っているのが、自分でもわかるほどだ。指先から体温が引いていく。

 直姫の様子を見た恋宵が、戸惑ったように目を泳がせた。


 手からすり抜けた風船が、上へと上がっていく。ドーム形の天井に遮られて、空へは飛んでいけないはずだ。照明にでも引っ掛かって、じきに焼け落ちてしまうだろう。

 直姫は、手にした手紙を恋宵に差し出した。

 恋宵は怪訝そうにそれを受け取る。そして素早く視線を走らせると、顔を上げて、直姫を見た。

 色をなくしたその表情を、直姫はただ情けなく見返す。


「これ、うそ、ほんとに?」

「先輩……、どうしよう」


 喉から絞り出した声は、思ったよりも動揺している。

 まるで他人事のように、直姫はそんなことを思っていた。


 ◇


『うがあああああ!!』

「きゃー!」


 暗闇から、緑色のライトで照らされたゾンビが現れる。唸り声を上げて手を伸ばしてくるが、あと少しのところで柵に邪魔されて、通路へ出てこられないようになっていた。

 それを表情一つ動かさずに眺めた夏生は、もう何度目になるかわからない溜め息を吐いた。

 里吉の面白がったような悲鳴にも、薄暗さにも、チープな演出にも、すっかり辟易していた。この角を曲がればもう出口のはずだ。どうせまた曲がったところにお化けが飛び出して来るのだろう、と予想したら全くその通りで、ついに溜め息すら出なくなる。


 里吉とは、最後にお化け屋敷、という約束だった。

 やっと帰れる、という思いで、ちらりと振り返る。斜め後ろ、さっきまでの里吉の定位置を確認して――夏生は、もう一度、振り返った。

 里吉が、そこにいなかったのだ。

 今しがた曲がった角を覗き込んでみても、誰の姿も見当たらない。そこで少し待ってみるが、通って来た道を来る様子もなかった。絶えずBGMや効果音が流れているおかげで、足音も拾えない。


「……サトちゃん?」


 怪訝よりも、まさか、という思いが勝る。

 狙われているなんて馬鹿な、と思ってはいたが、理事長の裏付けがあっては、疑い切ることは夏生にはできなかった。

 マフィア云々は眉唾だとしても、わざわざボディーガードまで付けられている。それを出し抜いて、人目の多い遊園地に遊びに来た。

 散々目立ちながらうろついての、お化け屋敷。薄暗くて狭く騒がしい、こんな場所、人を誘拐するにはうってつけではないのか。


 数秒間だけそんなことを考えて、夏生は足を動かした。来た道を引き返すことにしたのだ。

 自分を追い越したのでなければ、少なくとも後ろにはいるはずだ。

 暗闇に融けそうな黒髪と、浮かび上がる白い手足を目印にする。それから確か、右手の甲には、少し大きめのほくろがあった。

 ほとんど走るような速度で歩く夏生は、すぐそこの曲がり角から、別の誰かもまた小走りで来ていることに、気付くのが遅れた。

 出会い頭にぶつかりそうになって、「うわっ」と声を上げた相手の顔を見る。


「聖?」

「え、夏生」


 最初に思ったのは、変な頭、だった。暗闇でも、いつもの金髪でないことはわかったのだ。

 しかしすぐに思考は切り替わる。


「サトちゃんがいなくなった」

「え!?」


 内心の焦りを顔には出さずに、早口で言う。聖はきょとんと目を丸くしたあと、訝しげに眉を潜めた。

 聖は当然入り口から入って、夏生たちが通ったのと同じ道を同じように歩いてきたはずである。だがこの反応を見る限り、里吉に会ってはいないのだろう。

 聖がぱちりと瞬きをして、言った。


「誰にも会ってないよ」

「うん」


 これ以上引き返しても無駄だと判断して、踵を返す。

 足早に歩きながら他の五人の所在を尋ねると、直姫と恋宵は展望台、真琴はお化け屋敷の前、准乃介と紅はうろうろしてる、という答えが返ってきた。携帯電話を取り出すが、表示は圏外。

 急いで外に出たところで、待っていた真琴と、合流した准乃介と紅を見つけた。


「准乃介先輩! サトちゃんがいなくなったって言うんすけど」

「え? なにそれ?」


 なにと聞かれても、夏生にだってよくわかっていないのだ。後ろから来た聖と、前を歩く夏生の間で、里吉か消えたということ以外は。

 事態を理解できないままでいると、ばたばたと、二人分の足音が聞こえた。

 振り返ると、展望台にいると聞いていたはずの直姫と恋宵が、走ってくる。


「夏生先輩! サトちゃんは」

「……いない」

「やっぱり……」


 妙に焦った様子の二人に、いよいよ不審なものを感じる。やはりなにかあるのだ。

 どういうこと、という声に、直姫は「これ」と紙切れを差し出した。

 無地の白い紙。

 覗き込むと、やけに角張った文字が並んでいるようである。まるで筆跡を消すように書かれた、その意味を理解して、彼らは息を飲んだ。

 その時になってようやく、ことの重大さを知ったのだ。


『シズミサトキチ ハ アズカッタ

 カエシテ ホシケレバ、ヨウキュウ ヲ ノメ

 レンラク ヲ マテ』


 脅迫状。


「ウソでしょ……」


 背筋が凍る。

 誰かの声にならない声が、乾いて張り付いた喉から、静かに転がり出た。

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