二話01 精霊はトロールと踊る
◻️登場人物
ジオス=ステンカー(ジオ)/20歳。炎魔法を操る酒浸りの喧嘩っ早い魔法使い。豪快で人情に厚く、一途で涙脆い。幽霊が苦手。
サーラ=アルバート/20歳。魔と炎を操る魔法剣士。計算高く頼れるリーダーだが、女好きの厨二病で軽口が多く、肝心な場面では挙動不審。
「この依頼で、練度の高い魔法使いが集まると良いのですが。」
どこか物静かな男の声が、依頼書の上に落ちた。
テーブルの上に置かれた紙には、"クルクス島の廃坑にて精霊の討伐"と記されている。
その文字へ、突然、小さな手が伸びた。
さらさらと羽根ペンが走り、「精霊」の文字が消される。
代わりに書き足されたのは――「トロール」。
「こっちの方が、たくさん集まると思うの。」
少女は楽しげに笑った。
悪戯を思いついた猫のような笑み。その細い指にはめられた真紅の大仰な指輪が、僅かな光を拾ってきらりと輝く。
「ふむ、確かにそうですが…嘘つきは叱られますよ?」
「それ、最高じゃない?ふふ。」
「…仕方ありませんね。」
目覚めの夢は、いつも同じだった。
白い花が一面に咲き乱れる、幻想の草原。
風に揺れる花々の真ん中に、柔らかな微笑みをたたえた女性と、どこか腑抜けた顔の青年――ジオがいる。
「ジオ、起きろ、客だぞ!」
その声で、夢はあっさり吹き飛んだ。
現実へと引き戻されたジオは、酒場のカウンターでぐだぐだと身体を起こした。
昨晩の騒ぎの後、そのまま仲間に置いていかれたらしい。
白銀の髪をぐしゃりと掻き上げ、重たい頭を振る。
「っつ〜、頭痛い…。もう昼か…?」
その前に、一人の赤毛の男が立っていた。
赤い狼の紋章を持つ魔導師――マルス。
噂に名高い男だ。
マルスは何も言わず、ジオの髪を一本摘まむ。
ぷちっ。
そして、そのまま懐へしまい込んだ。
「…お前が炎の魔導師ジオか。」
「そういう話は、秘書のサーラを通してくれ…いたっ」
言い終わるより早く、マルスの魔杖から赤い炎が迸った!
ゴオッ!!
烈火が一気に店内を包み、炎がジオを呑み込んでいく。
「この程度か、竜殺し。」
燃え盛る炎。
その只中で――
ジオはイビキをかいていた。
「…やれやれ。いつもいつもどうして寝ていられるんだ?」
「ジオ、起きろ。仕事だ」
乾いた声が、酒場の静けさを破った。
グラグラと揺れる視界の中、ジオは重たいまぶたをこじ開けた。
鼻の奥に焦げ臭さが残っている。
身体からはまだ煙が立ち、水浸しになった床が、つい先ほどまでこの身が炎に包まれていたことを物語っていた。
隣に腰を下ろしているのは、一人の戦士。
片胸鎧に身を包み、腰には片手剣。長く透き通るアクアマリン色の髪が、差し込む光を跳ね返して揺れている。
「んん、いや、もう飲めないといったろう、にゃんこちゃん…ふふふ…」
ジオはまだ夢の余韻を引きずっていた。
「誰がにゃんこちゃんだ。誰が」
「誰がにゃんこちゃんだ、殺すぞこら、サーラ」
目を擦りながら、ようやく身体を起こす。
酒と煙にまみれたジオへ、サーラの声が容赦なく飛んだ。
「全く。とにかく仕事だ。仕事。炎の魔導師を集めてのトロール狩りだ。行くぞ」
その一言に、ジオの耳がピクリと動いた。
「うまい飯食えるのか?」
カウンター奥から、店主がすかさず口を挟む。
「うちの飯はまずいみたいな言い方はよしてくれよ?」
「いやいや、マスターの飯はいい意味で酒の味しかしないからな。いい意味で」
「それはお前の味覚がちゃらんぽらんなだけだ」
サーラは鼻で笑った。
「他のメンツは?朝から見ないが」
「アホか、今の今まで寝てただろ。みんな別の依頼で出てるよ。今回は俺とお前だけ」
「分かった。トロールを退治すればいいんだな。サーラがんばれ」
「お前も来るんだよ!」
ジオとマスターの声が同時に上がる。
「ええええー??」
「なんでマスターまで…」
「ジオ、しっかり酒代稼いでこい!いい酒用意しとくからな!」
マスターの笑顔が、ジオの尻を押した。
やれやれと肩を竦め、ジオは腰にぶら下げたポーチを確かめながら立ち上がる。
「……仕方ない、行くか。案内頼んだ」
「おう」




