二話02 魔法使いは拳で語る
依頼書に記された集合時刻ぴったり。
まだ日も高い昼下がり、港の一角にある少々さびれた石畳の広場。ジオとサーラはそこで歩みを止めた。
「…あれが、参加者ってわけか」
広場の片隅にはローブ姿の男や女、いかにも魔術職と言った風貌の連中が十人ほどまばらに集まっている。
誰も彼もそれなりに腕に覚えがあるのだろう。互いを値踏みするような視線があちらこちらで交差していた。
そこへ、ゆっくりと二人の人影が現れた。
初老の男と、その足元にぴったりくっついて歩く五歳にも満たなそうな小さな女の子。
少女は膝下ほどの短いローブに身を包み、指にはめた真紅の指輪をきらりと光らせている。
「私の名はトレド。今回の依頼主です。主に聖術を扱います。今日は集まっていただいてありがとう」
朗々とした声が広場に響く。
「今回の討伐依頼ですが、少々事情が変わってしまい、私たちを含め五名に絞らせていただきたい」
ざわざわ…。
集まった魔法使いたちの間に、一瞬で動揺が広がった。
「辞退者には報酬の二割を無償で支払いますが、参加者への成功報酬を三倍にします。この中から腕に覚えのある三名を選びたい」
「はーい、はいはい!」
人混みの中から、間延びした声が上がった。
「取り敢えずぶっ倒せば良いかね?ここに居る軟弱そうな人たち」
言ったのはもちろんジオだった。
「おい、変な挑発はよせ」
隣のサーラが苦々しい顔をする。
だが、もう遅い。
ざわざわざわ…。
周囲から一斉に視線が集まる中、慌てて手を挙げたのはベージュ色の長髪を後ろで結い、仕立てのいい軽装のローブを着た若い魔法使い。
参加希望者の中では唯一の女性だ。
「わ、私は補助系魔法専門なので倒せと言われても困ります!」
「はぁ?炎は最大の破壊力を誇る凶器だろ。一番強い男を決めるなら、その凶器で語り合う事こそ、男の美学ってもんだ」
ジオは自信満々に胸を張った。
「お前、セットファイアとファイアボールくらいしか使えないじゃねーか」
「おっ、おまっ、それを言うなぁ!!」
ブオゥ!!!
突然、背後から炎の刃が襲い掛かった。
ジオは咄嗟に裏拳で払い落とす。
バシュッ!
砕けた炎の一片が頬を掠めた。
「口先だけの若造め、炎の刃で切り刻んでやろう」
男が魔杖を振るう。
ゴォッ!
三本の燃え盛る炎の剣が出現し、ジオ目掛けて一斉に飛来した。
「話がわかるね、お前!」
ジオはにやりと笑う。
拳を構え、そのまま正面から突っ込んだ。
「ぐぅおおおおっ!!」
ガン!バシュッ!!
ジオの拳が一本目の炎剣を粉砕。
続けて二本、三本。
火花と炎が飛び散り、焦げたローブの臭いが辺りに漂った。
「なんだあいつ!?」
「素手で魔法を受け止めたぞ…!」
参加希望者たちが、一歩、二歩と後ずさる。
その中をジオはずかずかと進み、魔法使いの男との距離を詰めていった。
「ファイアウォールッ!」
ゴオオッ!
咄嗟の詠唱。
ジオの目の前に炎の壁が立ち上がる。
熱波が石畳を舐め、周囲の連中が顔を庇った。
「で?」
ジオは止まらない。
そのまま拳を振り上げ、真正面から炎の壁へアッパーを叩き込んだ。
ゴフッァ!!
「!!!ぐあ…あ…!」
炎の向こうから悲鳴。
消えかけたファイアウォールの隙間には、鳩尾を抉られ身体を折る男の姿があった。
「よっしゃ!次!!」
そのままジオは次へ。
魔法を撃たれれば拳で叩き潰し、間合いに入ればそのまま殴る。
一人。
また一人。
ドガッ!
バシュッ!
ゴンッ!
その度に石畳の上には煙と呻き声が増えていった。
「おい、ジオ!!やりすぎだ!!」
「だって、こうしないとわかんねえだろ?力の差ってやつをよ!」
そして五人目。
ドゴッ!
魔法使いの男が吹っ飛び、地面を転がった。
その前に、最後の一人が立っている。
先ほどの補助系魔法使いの少女、ネイディーン=シャトー。
「次は君か」
ジオがにやりと笑い、飛びかかる。
だが――
「甘いっ!」
スッ!
ネイディーンは軽やかに身体をずらす。
空振りしたジオの腕をそのまま絡め取った。
「くっ…!」
「ジオ!右だ!やばい!間接取られるぞ!遊んでる場合か!」
サーラの声が飛ぶ。
「くっ…今だ!押さえつけろ!ああっ違う!逆だ!逆だって!」
「ああっ!!捕まった!!」
グイッ!
ジオの身体が捻り上げられる。
「ぬおおおおおおお!?この…俺様の肩が……!」
「お願いだから、大人しくして!」
ネイディーンは真剣そのもの。
華奢な身体でジオの腕をがっちりと固めている。
対するジオは腕力だけで引き剥がそうと力を込めた。
「この腕力だけでねじ伏せてくれるわ…ふおおおお…!」
ビキビキッ…!
ジオの顔が見る見る険しくなる。
その肩を、
ぽん、ぽん。
サーラが二度叩いた。
「ギブだ、ギブ、ジオ。もう俺たちしかいないぞ、戦いを止めろ」
「……マジか」
ジオが辺りを見回す。
倒れている男。
座り込んでいる男。
こちらを遠巻きに眺める辞退者。
そして残っているのはジオ、サーラ、ネイディーンだけ。
ようやく状況を把握したジオは、悔しげにうなだれた。
ネイディーンがそっと腕を離し、ふぅ、と息を吐く。
「……はぁ、なんて考えなしなの?私は戦えないっていったよね?あなた正気?本当に魔法使い!?」
「はは、よく言われる」
ジオとサーラは、まるで同時に言ったかのように肩をすくめて笑った。
「……呆れた、そして疲れた!」
そこへ、少し離れた場所で一部始終を眺めていた初老の男、トレドが歩み寄ってきた。
足元には、先ほどからキラキラと目を輝かせている小さな少女がぴったりとくっついている。
「ふむ、三人ともお疲れさま。では改めて依頼内容を説明しても良いですかな?」
その静かな声で、ようやく場の熱気が少し落ち着いた。
「まずはこの子――私の孫のホシミと言います。一応魔法使いのタマゴです。ほら、ご挨拶しなさい」
ホシミは三人の顔をじっと見上げる。
もじもじ。
少しだけトレドの後ろへ隠れ、それから一歩前に出た。
「…こんにちは」
(かわいいっ)
三人の心の声が綺麗に重なった。
「依頼内容は二つ。ひとつは依頼書にある通り。もうひとつは、最奥部までのこの子の護衛です」




