一話08 スレインドレイク
地下の檻と禁制呪鎧が動かぬ証拠となり、ナイパチーノは翌朝には王都の役人へと引き渡された。
数日後。
冒険者ギルドの酒場は、つい先日、魔獣の王が扉をぶち破って乱入してきた場所とは到底思えない賑わいである。もっとも、あの事件以来、ギルドの扉だけは以前より随分と頑丈なものに取り替えられていたが。
「おーい、カイワレどこ?」
カイワレ。
ナイパチーノの屋敷から救出された、フェンリルの赤子である。
まだ生まれたばかりの小さな銀毛の塊で、歩くたびに自分の前足で躓くという、魔獣の王の血を引いているとは思えない間抜けっぷりを発揮していた。
ちなみに、若いフェンリルの方はいつの間にやらスコンブと命名されている。
命名者はジオだった。
「こっちがカイワレなら、でけえ方はスコンブでいいだろ!」
何がどう「いい」のかさっぱり分からないが、本人がそう呼び始めたせいで、ギルド中に定着してしまったのである。
事件後の調べでは、カイワレはスコンブが狩りに出ていた隙に、ナイパチーノの雇った冒険者たちによって魔の森から連れ去られていたことが判明した。まだ幼い母親が血眼になって探し回るのも無理はない話である。
そのカイワレが、今度はギルドの中で行方不明になっていた。
「おいおい、どこ行っちまったんだよ。まさかまた攫われたんじゃねえだろうな。」
サーラが眉を顰めると、ジオが鼻を鳴らした。
「んなわけねえだろ。そこだよ、そこ。」
「そこ?」
「ほら、あの女の足元。」
ジオが顎で示した先には受付カウンター。受付嬢が帳簿を開いて座っているのだが、どうにも様子がおかしい。やたらと膝を閉じたり、足元を気にしたり、時折にやけそうになる口元を必死に引き締めたりしている。
「おい。」
ジオはカウンター越しに身を乗り出し、机の下を覗き込んだ。
いた。
受付嬢の足元で、カイワレがころんと丸まっている。しかも小さな腹を撫でられたらしく、すっかり気持ちよさそうに眠っていた。
「……お前なぁ。」
ジオは面倒臭そうにカウンターの下へ屈み込み、そのまま受付嬢の足元へ潜り込んだ。
「ちょっ!?えっ!?」
「おーい、カイワレ。こんなとこで寝てんじゃねえぞ。」
ひょい。
赤子を両手で持ち上げる。
その瞬間、受付嬢の顔が耳まで真っ赤になった。
「ど、どこに潜り込んでんのよ、この変態ィィ!!」
ドゴォッ!!
「ぐぼぁッ!?」
受付嬢の踵がジオの顔面へ炸裂した。
「いってえええ!!何しやがんだこのアマァ!!」
「こっちの台詞よ!人の足元にいきなり潜り込んで!」
「触ってねえだろうが!!」
「セクハラ竜族!!」
「ぎゃははははは!!ジオ、お前、何やってんだよ!!」
サイコウが腹を抱えて笑い転げている。
「ったくよ、勘弁してくれだぜ……。」
サーラは額を押さえ、ハシバは我関せずとばかりに肉を食っていた。
「だから俺は何もしてねえってんだろォ!!」
まったくもって、いつものスレインドレイクであった。
王都の城内。
天井まで届く巨大な書棚に囲まれた一室で、一人の若いエルフが報告書を読んでいた。
『王都貴族ナイパチーノ、違法生体蒐集および禁制呪鎧の所持・使用の疑いにより拘束』
『魔の森より捕獲されたフェンリルの幼体を保護』
『関与した冒険者クラン、スレインドレイク』
エルフは何気なく頁を捲っていたが、ある一文に目を留めると、その細い指をぴたりと止めた。
「……あら?」
そこには、事件に関わった四人の冒険者について、少々奇妙な報告が記されていた。
「竜族……。」
彼女は報告書を持ち上げ、もう一度その箇所を読み返した。
やがて口元が楽しげに綻ぶ。
「あらまあ♪」
月明かりの下、見渡す限りの死骸が転がっていた。
異形の魔獣、巨大な甲殻獣、首の折れた飛竜。どれも一筋縄ではいかぬ怪物ばかりだが、今は仲良く血の海に沈んでいる。
その真ん中に、長槍を肩へ担いだ男が腰を下ろしていた。
全身血塗れ。衣服はあちらこちら破れ、頬には返り血がこびりついている。それでも本人は随分と機嫌がよさそうで、巨大な魔獣の頭を椅子代わりにしていた。
「……へえ。」
届けられた報せを聞き、男が口の端を吊り上げた。
「竜族たぁ……。」
立ち上がるついでに、足元の魔獣の死骸を蹴り退ける。
「悪運いいね。」
長槍をくるりと回し、男は血の海を踏み越えて歩き出した。
夜。
雲を突き抜けるほどの高塔の頂に、銀色のローブを纏った男が立っていた。
痩せこけた身体に、腰まで伸びた長髪。青白い顔は死人のようで、夜風に煽られたローブの下には、骨張った手足が覗いている。
眼下には、果てしなく広がる森林。
男がゆっくりと指を動かした。
遥か彼方の森に、白い光が落ちた。
ドォォォォン!!
一拍遅れて地平線が明るく染まり、森林が炎に包まれる。
そこへ届けられた、一通の報告。
男は差し出された紙片に目を通した。
「……竜族。」
長い沈黙が流れる。
やがて、ほとんど肉のない頬が不気味に歪んだ。
「忌まわしき……呪いの一族。」
再び指が動いた。
遠方の森林に幾筋もの白光が降り注ぎ、夜空を赤く染め上げる炎が、さらに広がっていった。
「お前の股ぐらなんかに興味ねえって言ってんだろうがァ!!」
「…また…ぐら??いいいいいいいやぁぁぁぁぁぁぉ!!」
バギィ!
「ぶべらぁ!」
今日もクラン「スレインドレイク」は、いつも通り騒がしい。




