一話07 竜鎧
「……竜族、ですと?」
ナイパチーノは鼻先に突きつけられた剣を見つめ、やがて口の端をにたりと吊り上げた。
「ほほう……竜族。素晴らしい。貴様、私のコレクションになる気はないか?」
「……は?」
「竜族の生体標本など、王都の蒐集家どもが幾ら積んでも手に入らぬ逸品!しかも四匹まとめてとは!わらわらわら!!」
「おい、まだそんなこと言ってんのかよ。」
サイコウが呆れて剣先を押し込んだ、その時である。
ミシッ。
ナイパチーノの腹が膨れた。
「……ん?」
ミシミシミシッ!!
続いて肩、胸、腕、太腿。上等な服が内側から裂け、脂肪でたるんでいた肉体が異様な勢いで膨張していく。
「お、おいおい……!」
「ふほほ!あの鎧が吸収した魔力、どこへ行くと思いますかな?」
ナイパチーノは両腕を広げた。
「全て!この私の一部となるのですよォ!!」
バリバリバリッ!!
皮膚の表面に硬質な鱗が浮かび上がり、肩から背中へ、腕から指先へと広がっていく。黒光りする竜鱗が全身を覆い、膨れ上がった筋肉は鎧そのもの。周囲の空間が陽炎のように歪み、床の食器が触れもしないのに砕け散った。
四人分の竜族の魔力を纏った、まさしく竜鎧。
ただし顔だけは、先ほどまでのナイパチーノそのままである。
「貴様が無限の魔力ならば、私は無尽蔵の魔力とでも申しましょうか!何しろ貴様ら全員分ですからなァ!」
「……その顔でその身体は反則だろ。」
「あああああ!!気持ちいい良い良い良い!!良いぞ!良いぞ!これこれこれェ!!」
ナイパチーノは自分の胸板を撫で回し、恍惚とした顔で腰をくねらせた。
「うっわ、気色悪ぃ……。」
サイコウが顔を顰めた、その足元で。
「……おい、ハシバ。」
ジオが床を這っていた。
肘で身体を引きずり、どうにかハシバの脇へ辿り着くと、震える手で何かを押しつけた。
「……これ、持っとけ。」
「…………。」
「もう身体が一ミリも動かねえ……。最悪の場合は……こいつを使え……。」
ハシバは受け取った物を見て、僅かに眉を動かした。
「……承知した。」
ジオはそれを聞くなり、ぐったりと気絶した。ハシバは片手を床について身体を起こし、黙って頷いた。
その頃サイコウは、目の前の化け物をどう料理したものかと考えていた。
魔力は回復しつつある。だが相手が纏っているのは竜族四人分と若いフェンリル1匹分。しかも自分たちから吸い上げた魔力を、遠慮も加減もなく垂れ流している。まともに殴り合えば分が悪いどころの話ではなかった。
一旦退くべきだ。
そう思って仲間を見渡す。
ジオは失神。ハシバはまだ立つのがやっと。サーラは赤子を抱いて床に伏せている。
「……ったく、しょうがねえな。」
サイコウは長剣を床へ放り、両腕を大きく広げた。
「仕方ねえ、兄弟。泥沼勝負と行こうか。」
「ほほほ!素手で私に挑むとは!愚かな!」
「お互い様だろ?」
ドゴォン!!
ナイパチーノの拳がサイコウの顔面へめり込んだ。
吹き飛んだサイコウは壁を突き破り、隣室の家具を巻き込んで転がった。
「……いってぇなあ!」
直後、瓦礫を跳ね飛ばして戻ってくる。
「なっ!?」
「おらァ!!」
サイコウの拳が竜鱗の腹へ突き刺さる。だが分厚い鎧はびくともせず、返す拳がサイコウの顎を跳ね上げた。
二度目のダウン。
三度目。
四度目。
殴られ、蹴られ、床に叩きつけられ、そのたびサイコウは起き上がってきた。
「ぐっ……へへっ、やるじゃねえか。」
「何故だ!?何故まだ立てる!?」
「そりゃあ……まだ動けるからだろ!」
「訳の分からんことをォ!!」
ナイパチーノが拳を振り下ろす。
ドガァン!!
十二度目。
「……っつう……!」
十七度目。
「おいおい、ちょっと待て……歯ぁ折れたぞ……。」
二十三度目。
サイコウの超回復は、何も一瞬で全快する便利な代物ではない。魔力も体力も常に回復しているが、使う量が上回れば当然減っていく。対するナイパチーノは四人分の魔力を蓄えたまま、最初から最後まで全力で殴ってくるのだから始末が悪い。
それでもサイコウは立った。
膝を震わせ、血を吐き、片目が塞がっても立ち上がる。
「……おい、デブ……まだ……終わってねえぞ……。」
「ひっ……!」
ナイパチーノが一歩退いた。
圧倒的に優位なのは自分のはずなのに、殴っても殴っても起き上がる男が、だんだん恐ろしくなってきたのである。
「ば、化け物め……!」
「お前にゃ……言われたくねえな……。」
二十八度目のダウンから、サイコウは壁に手をついて起き上がった。
「……もう、いい加減にせんかァ!!」
ナイパチーノが渾身の拳を叩き込む。
ドッゴォォン!!
二十九度目。
サイコウは床に転がり、とうとう動かなくなった。
「はぁっ……はぁっ……!」
ナイパチーノは荒い息をつきながら、その身体を睨みつけた。
「……ふ、ふほほ……!どうだ!これが私の……!」
ぴくっ。
サイコウの右手が動いた。
「ひィッ!?」
ナイパチーノが飛び退く。
右手の指が痙攣し、床を掻いた。
「ま、まだ起きるのか!?」
だがサイコウは起き上がらない。ただ指先が小さく震えるばかりである。
「……ば、馬鹿な……何という生命力だ……。」
ナイパチーノは唾を飲んだ。これほどの力が手に入るのなら、竜族という生き物は何としてでも収集せねばなるまい。
そう考えた矢先。
むんず。
「……へ?」
胸ぐらを掴まれた。
いつの間にか目の前に、ハシバが立っていた。
「き、貴様!いつの間に……!」
「…………。」
ハシバは答えない。
ただ片手に握っていた黒い物体を、ぐいと引き伸ばした。
ブチィッ!!
革が裂け、靴底が半分剥がれる。
ジオが三年前に購入した、鉛入り安全ブーツである。
「……な、何だそれは?」
ハシバは無言のままナイパチーノの胸ぐらを引き寄せると、裂いたブーツを鼻先から力任せに被せた。
「んぶッ!?」
そのまま踵まで押し込み、靴紐を後頭部へ回して器用に結び上げる。
ギュッ。
「んんんんんんんんんんッ!!?」
ナイパチーノの身体が跳ねた。
「んぼッ!?んごごごごごごッ!!」
竜鱗に覆われた両腕が痙攣し、指先が空を掻く。膝が笑い、背筋が反り返り、口からは人間とも魔獣ともつかぬ悍ましい声が漏れ出した。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ッ!!!」
靴底の内側で反響する断末魔。
三年分の汗と雑菌と、鉛入り安全ブーツ特有の蒸れが生み出した、文字通りの熟成臭。
竜族四人分の魔力を吸い上げた竜鎧も、こればかりは防ぎようがなかった。
「んごぼぼぼぼぼぼぼッ!!」
ナイパチーノは白目を剥き、全身を激しく震わせた末、ドスンと膝をついた。
ハシバはその様子をじっと見下ろし、ほんの僅かに身震いした。
確かに、全てが規格外だった。
ジオの安全ブーツ。




