一話06 お前終わりだわ
「……ったく、冗談じゃねえぜ。」
サーラは胸に抱いたフェンリルの赤子を庇いながら、じりじりと後退した。ジオは床に転がったまま悪態をつき、ハシバは槍を支えに片膝をついている。サイコウに至っては仰向けで大の字。どう見ても昼寝の最中である。
「ほほほ!残るは貴様一人だ!やれい!」
ナイパチーノの号令で対獣魔鎧の兵士たちが殺到した。
「おっと、俺に触るんじゃねえよ!」
サーラは手近な椅子を片足で跳ね上げ、迫ってきた兵士の顔面へ叩きつけた。続けざまに長テーブルを蹴り飛ばし、突っ込んできた三人を壁との間に挟み込む。
「ぐえっ!」
「な、何だこいつ!」
「何だも何だ、ただの色男だよ!」
テーブルの上を滑ってきた燭台を掴み、鎧の継ぎ目へ柄をねじ込む。手首を返して肘を極め、兵士が悲鳴を上げたところへ別の兵士を蹴り込んだ。
ガッシャァン!!
二人まとめて食器棚に突っ込む。
「触れるだけでいい!囲め!」
「だから触らねえっての!」
サーラは笑いながら長椅子を振り回し、兵士の膝裏を払った。倒れかけたところへ椅子の脚を鎧の隙間に差し込み、そのまま床へ縫いつける。
相手は魔力を奪う鎧を着ている。ならば鎧に触れなければいい。魔法が使えないなら部屋にある物を使えばいい。幸いこの屋敷、無駄に金を掛けているだけあって、ぶん殴るのに丁度いい調度品が腐るほど揃っていた。
「おいデカパンツ!この椅子、なかなか頑丈じゃねえか!」
「私の家具を壊すなァ!!」
「だったら兵士を下げろよ!」
言いながら燭台を投げつける。兵士の足元に絡んだ絨毯を引っ張り、転んだところへ長テーブルをひっくり返した。
ドッゴォン!!
最後の一人が下敷きになり、食堂から対獣魔用鎧兵士が消えた。
「……っしゃあ!」
サーラが額の汗を拭った、その時だった。
「……あ?」
ぐらりと視界が傾いた。
「くっ……そ……。」
片膝が床につく。指先が痺れ、呼吸が妙に重い。鎧には触れていないつもりだったが、乱闘の最中に何度か掠めていたらしい。おまけに赤子を庇い続けたせいで、避け切れなかった一撃もある。
「サイコウ……あとは頼んだ……!!」
床に転がっていたサイコウが、ようやく片目を開けた。
「ふほほほほ!何も変わりませんなァ!」
ナイパチーノが腹を揺すって笑い、再び指を鳴らした。
すると奥の扉から、またしても対獣魔鎧の兵士が十人。ぞろぞろと入ってきたかと思えば、ナイパチーノを守るようにその前へ整列する。
「ええい!どかんか!邪魔だ!私が見えんだろうが!」
「はっ!申し訳ありません!」
慌てて左右へ分かれる兵士たち。何のために並んだのかさっぱり分からない。
ナイパチーノは鼻を鳴らし、サーラへ手を差し出した。
「さあ、そのフェンリルの仔を返すのです。」
「……断る。」
サーラは赤子を抱き直した。
「この小さな命を闇に売り渡すくらいなら、俺は地獄の門番にでもなってやるぜ……。」
「何を訳の分からんことを!奪い取れ!」
兵士がサーラの脇腹を蹴りつけた。
「ぐっ……!」
身体が横倒しになる。だが腕だけは緩めない。赤子を腹の下へ抱え込み、床へ転がって衝撃を逃がす。
「ええい!離さんか!」
今度は背中を踏みつけられた。
「がはっ……!」
「その汚い手を離せと言っておる!」
「……へっ。生憎、俺の腕は……一度守ると決めた女と仔犬は……離さねえ主義でな……。」
「仔犬ではない!フェンリルだ!」
「細けぇな……このデカパンツ……。」
「き、貴様ァ!!」
もう一発蹴りが入る。サーラは悶絶しながらも、赤子を抱いたまま身体を丸めた。
「ええい、しつこいしつこい!さっさと……ううっ!?」
ナイパチーノが突然、両肩を抱いた。
「ぶ、ブルブルブル……な、何だこの寒さは!?暖炉!暖炉を焚かんか!」
「だ、旦那様……暖炉は既に……!」
兵士の一人が答えかけたところで、足元からパキパキと奇妙な音がした。
床に付着していた血が、凍っていた。
赤黒い染みが見る間に白く染まり、そこから伸びた氷が絨毯を突き破って兵士の足首へ這い上がる。
「う、うわっ!?足が!」
「な、何だこりゃああッ!!」
ガキンッ!ガキガキガキンッ!!
十人の兵士が、悲鳴を上げる暇もなく氷漬けになった。
「……ふぅ。」
床からゆっくりと起き上がったのは、サイコウだった。
「いやあ、魔力が空っぽになるなんて初めてだな。貴重な体験、ありがとよ。」
「なっ……なぜ起き上がれる!?貴様の魔力は全て吸い尽くしたはずだぞ!」
「そうだな。確かにさっきはすっからかんだった。」
サイコウは首を左右に鳴らし、軽く屈伸した。
「けど俺、魔力も体力も常時超回復してるんだよ。お前の兵士がサーラと遊んでくれたおかげで、随分ゆっくり休めたぜ。」
「ば、馬鹿な!屋敷には魔法封じの結界が……!」
「ああ、これか?」
サイコウが手の甲を見せた。皮膚の下を走る血管が青白く輝き、指先から冷気が零れている。
「氷血っていってな。竜族固有の体質なんだ。血そのものが純粋な魔力を帯びてて、興奮すると勝手に冷たくなっちまう。魔法を使ってるわけじゃないから、結界にも引っ掛からねえんだろ。」
「りゅ、竜族……!?」
「それにしても、よく凍るなあ。今日は調子がいいみたいだ。」
サイコウがにっこり笑った。
ナイパチーノは笑わなかった。
食堂の床も壁も兵士たちも、すっかり真っ白に凍りついている。暖炉の炎まで消えてしまい、吐く息がもうもうと白い。
サイコウは床に落ちていた長剣を拾うと、ゆっくりナイパチーノへ歩み寄った。
「ひっ……!く、来るな!」
「安心しろよ。別に斬りたいわけじゃない。」
剣先がナイパチーノの鼻先で止まる。
「フェンリルの仔を諦めて、素直に降参してくれりゃいい。」
「わ、私を誰だと思って……!」
「知ってるよ。」
サイコウの笑みが深くなった。
「お前、終わりだわ。」




