一話05 対獣魔鎧
「ぎゃあああッ!!」
ドゴォン!!
豪勢な食卓の向こうで扉が吹き飛び、使用人が一人、絨毯の上を滑ってきた。
「何事だ?衛兵は何をしておるのだ。」
夕食の真っ最中だったナイパチーノは、極上の肉を口に運びながら呟いた。そこへぞろぞろと入ってきたのは、昼間の薄汚い冒険者どもではないか。
「おいおい、すげえ飯じゃねえか!」
ジオは室内へ入るなり食卓へ直行。焼きたての肉に山盛りの果物、見たこともない酒瓶を前にして、目を輝かせている。
「貴様らは、魔の森にいた……!」
「んあ?ああ、門の奴らか?寝てんじゃねえの?」
「寝て……!?」
ナイパチーノが窓の外を覗くと、庭には衛兵が数十人、仲良く折り重なって転がっていた。
「き、貴様ら、貴族の屋敷に押し入ってただで済むと思っておるのか?強盗は死罪であるぞ。」
「おっ、この酒うめえ!」
「聞けェ!!」
ジオが瓶から直接ワインをがぶ飲みする横で、遅れて若いフェンリルが部屋に現れた。
「……おおっ!?」
ナイパチーノの顔色が一変した。
「フェ、フェンリル!しかもこの大きさ……!素晴らしい!実に素晴らしいぞ!」
立ち上がって身を乗り出し、銀白色の巨狼を舐め回すように眺めている。
「よし!そのフェンリルを私に譲れ!そうすれば貴様らの罪は特別に見逃してやろう!食事も好きなだけ食ってよいぞ!」
「おう、マジか!じゃあ遠慮なく――」
「ジオ、ちょっと黙ってろ。」
サイコウがジオの肩を押さえ、一歩前へ出た。
「それはこっちの台詞だな。フェンリルの仔を返してくれ。今ならまだ間に合う。」
「……何?」
「魔の森のマザーフェンリルを怒らせたら、この街なんか跡形もなくなるぞ。」
ナイパチーノは一瞬きょとんとした後、腹を抱えて笑い出した。
「おーっほっほっほ!何を言い出すかと思えば!街など幾らでも買えるわ!領民とて幾らでも替えが利く!心配せずともよいぞ!」
「……ほう。」
サーラが薄く笑った。
「そいつを聞いて安心したぜ。そこまで言い切ってくれりゃ、こっちも遠慮する必要がねえ。大義名分は十分だ。」
「うめえッ!!おい、おっさん!このワインお代わりねえのか!」
「魔の森のフェンリルに手を出してはならない。冒険者なら誰でも知ってる不文律だ。それを破った罪は重いぜ、ナイパチーノ。」
「おっ!こっちの肉もえらい旨えな!何の肉だこれ!」
「その身をもって償ってもらおうか。」
「げふぅぅぅ~~ッ!!」
盛大なゲップが食堂に響き渡った。
「…………。」
サーラは天井を仰いだ。
「……ジオ死ね……。」
「んあ?何か言ったか?」
「もういいよ、畜生……。」
ナイパチーノは鼻で笑うと、指をパチンと鳴らした。
「ふん!威勢だけは立派なようだな。ならば少々、身の程を教えてやろう!」
奥の扉が開き、全身を黒光りする鎧で覆った兵士たちが十数名、ぞろぞろと現れた。
「あれは…禁忌の呪紋……?」
サーラが目を細める。
「ほほほ!この日のために特注させた鎧だ!フェンリルを捕らえるためにな!さあ、やってしまえ!ただし狼は傷つけるなよ!」
「へっ!やっと飯の邪魔が終わったか!」
ジオが拳を鳴らす。
「腹拵えは済んだか、ジオ。」
サイコウが笑いながら剣を抜き、ハシバも無言で踏み込んだ。
いつも通りだ。
ジオの拳が鎧兜をひしゃげさせ、サイコウの剣が兵士をまとめて薙ぎ払い、ハシバに至っては鎧の襟首を掴んで兵士同士を衝突させている。
「ぎゃあッ!」
「ぐえっ!」
「な、何をしておる!相手はたった四人だぞ!」
「三人だよ。俺はちょっと野暮用だ。」
サーラは乱闘の隙に食堂を抜け、屋敷の地下へ向かった。
廊下の突き当たりに地下へ続く階段がある。途中の見張りを昏倒させ、鍵の掛かった鉄扉をこじ開けると、そこには檻がずらりと並んでいた。見たこともない魔獣、痩せ細った獣、得体の知れない生き物。鼻をつく薬品の臭い。
「……ったく、噂以上じゃねえか。」
一番奥の檻で、銀白色の小さな塊が動いた。
「おっ、いたいた。迎えに来たぜ。」
サーラは檻を開け、フェンリルの赤子を抱き上げる。まだ弱ってはいるが、昼間よりは幾分ましな呼吸をしていた。
「よしよし。母ちゃんのとこ帰ろうな。」
赤子を胸に抱えて食堂へ戻ったサーラだったが、入口を潜った途端、足が止まる。
目の前で鎧兵を噛み砕こうとしたフェンリルの牙が鎧へ触れた途端、その巨体が崩れ落ちた。
「……は?」
ジオが床に這いつくばっていた。
その横にはサイコウとフェンリル。ハシバまで片膝をつき、槍を支えにどうにか身体を起こそうとしている。
「おい……お前ら、何やってんだ?」
「……サーラ、か……。」
ジオが顔を上げる。額には脂汗が浮かび、呼吸も荒い。
「ぐっ……クソが……力が入らねえ……。」
「ほほほほ!ようやく戻ってきたか!」
ナイパチーノが勝ち誇った顔で笑った。
「対獣魔鎧を知らんと見えるな!この鎧は接触した相手の魔力を根こそぎ吸収する!獣魔であろうが人間であろうが関係ない!」
「……魔力吸収?」
「そうだ!魔力を失えば、どれほど腕力があろうと立っていることすらままならん!おまけにこの屋敷には魔法封じの結界も張ってある!貴様らの得意な魔法は一切使えんのだ!」
サーラが周囲を見渡す。兵士たちの鎧には奇妙な紋様が刻まれ、先ほどまで床に転がっていた連中も、既に立ち上がって三人を取り囲んでいた。
「ふん!さっきまでの威勢はどうした!」
ナイパチーノがジオの脇腹を蹴りつけた。
ドスッ!
「ぐっ……てめぇ……。」
「ほほほ!下賤の者はこうして躾けねばならんのだ!」
もう一発。
ジオは歯を食いしばるばかりで、起き上がることすらできない。
「…………。」
サーラは赤子を抱く腕に力を込めた。
「冗談だろ……?」




