一話04 本物のチリチリパーマ
「う、うわあああッ!!」
誰かの悲鳴を皮切りに、酒場の冒険者たちが一斉に武器を抜いた。剣を構える者、槍を向ける者、杖を握ったまま腰を抜かす者。何しろ目の前にいるのは、つい先ほど討伐が決まったばかりのフェンリルである。しかも向こうからわざわざギルドへ乗り込んできたのだから、たまったものではない。
サイコウも腰の長剣に手を掛け、サーラは中剣を抜き、ハシバは既に得物を構えていた。相手が相手だけに三人とも油断はない。
ところが、そんな物騒な空気を一切読まない男が一人。
「おお、若いな!」
ジオだった。
肩を怒らせ、背中を丸め、両腕をだらんと垂らしたまま、ガニ股気味にのっしのっしと歩いていく。どこからどう見ても街のチンピラが喧嘩を売りに行く姿である。
「グルルルルル……!」
フェンリルが牙を剥いた。口の端から漏れ出した炎が床板を焦がし、周囲の冒険者たちが慌てて後退する。
「おい、話を聞け。」
「グルルルッ!!」
「だから話聞けっつってんだろ、クソが。」
「ジオ!お前、近づきすぎだ!」
サーラが叫ぶ。サイコウも踏み出しかけたが、ジオは振り返りもせず片手を上げた。
「手ぇ出すな。」
その一言で三人が動きを止める。ハシバは無言で武器を下ろし、サーラも渋々剣先を下げた。サイコウだけは少々不満そうだったが、結局それに倣う。
「おい狼。てめぇ、チビを探してんだろ?」
フェンリルの耳がぴくりと動いた。
「銀色のちっこい奴だよ。怪我しててよ、変なデカパンツが持ってっちまったんだ。」
「……グルル。」
「心配すんな。俺たちが取り返す。」
しかし、フェンリルは動かなかった。
正確には、動けなかった。
ジオが近づくにつれて、目の前の男から放たれる得体の知れない威圧感に、獣としての本能が盛大に警鐘を鳴らしていた。
「グルルルルルル……!!」
銀毛が逆立ち、巨狼の周囲に膨大な魔力が渦巻く。床板が軋み、空気が熱を帯び、天井の梁から乾いた音が響いた。
「お、おい!魔法だ!逃げろォ!!」
冒険者の叫びも虚しく、フェンリル全身から極大の炎の渦が噴き出した。
ゴオオオオオオオッ!!
酒場の中央が一瞬にして火の海と化した。卓も椅子も消し炭と化し、冒険者たちは我先にと床へ伏せる。受付嬢はカウンターの陰へ飛び込み、サーラも咄嗟に身を低くした。
そして炎の中心には、ジオ。
「ジオォ!!」
サイコウが叫んだ。
轟々と燃え盛っていた炎がようやく収まり、黒煙が天井へ昇っていく。焦げた木材の臭いが鼻を突き、酒場の誰もが恐る恐る顔を上げた。
「……で?」
そこにジオが立っていた。
無傷である。
服こそ黒焦げだが、火傷一つない。本人は面倒臭そうに鼻をほじっている始末。
ただし。
「……ぶっ。」
サーラが口元を押さえた。
ジオの髪だけが見事なまでにチリチリになっていた。普段の短髪は見る影もなく、頭全体がこんもりと膨らんだまんまる天然パーマ。
「てめぇ、何笑ってんだサーラ。」
「い、いや……何でもねえ……。」
ジオは鼻を鳴らすと、再びフェンリルへ向き直った。
「おい。」
今度は先ほどより少しだけ声が低かった。
「悪いことしたと思ってる。」
フェンリルが赤い目を細める。
「てめぇのチビを攫ったのは人間だ。だから怒ってんのも分かる。けどな……。」
ジオは親指で背後の冒険者たちを指した。
「関係ねえ奴まで傷つけんな。街ぶっ壊してもチビは帰ってこねえだろうが。」
「…………。」
「取り返してやるっつってんだよ。だからちったぁ大人しく待ってろ。」
随分と乱暴な物言いだったが、不思議とフェンリルは唸るのをやめた。
しばしの沈黙。
やがて巨狼はゆっくりと首を下げ、その大きな頭をジオの前へ差し出した。
「……おう。分かりゃいいんだよ。」
ジオはニヤリと笑い、銀色の額をぽんと叩いた。
「よっしゃ!行くぞ、てめぇら!」
振り返ったジオの頭は相変わらず盛大なチリチリパーマである。
「俺たちスレインドレイクは今から全員殺す!!」
「違うだろォォ!!」
サーラが即座に怒鳴った。
「赤子を助けに行くんだろうが!何で全員殺すことになってんだよ!」
「主語がでけえんだよ、ジオ!」
サイコウまで呆れた顔で突っ込む。
「ギルド内で殺害宣言しないでくださいッ!!」
カウンターから受付嬢の悲鳴が飛んだ。
「うるせぇな!細けぇこと気にすんな!」
ハシバは黙って立ち上がり、残っていた肉を一口で飲み込んだ。




