↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑う竜  作者: mashironotsuki
PR
33/34

004話01 魔竜戦士は砦が嫌い

「うーん……この距離だと微調整が難しいな。やっぱり改良が必要かも。」


王都アンドレアの第二砦、城塞都市ガイアス。

その堅牢な城壁を望む山間の丘に、ひとりの魔法使いが立っていた。

淡い金色の長髪に、赤と金の羽飾りをあしらった大きな帽子。白地に大きなカフのついたジャケットと、細身のレザーアーマー。その上からペリースを羽織り、腰にはショテルと薬草袋。帽子やローブのあちこちには色とりどりの魔法石が揺れている。

リグヴェルド=ディバインダー。通称リグ。

クラン[スレインドレイク]の7番目。


「えい、えい……あ、ずれた。んー、葉っぱが邪魔だなぁ。」


リグは右手の指先を小刻みに動かし、時折左手で印を結んでは、遠くのガイアスを眺めていた。


「あれ?今度は上か。なるほど、距離じゃなくて角度の問題かな。」


リグの足元で薄青い光が瞬き、浮かんだ幾何学模様が音もなく回転した。


「一体何をしているのですか?」


栗色の癖毛をキャスケットに押し込んだ小柄な少女が、怪訝そうにリグの手元を覗き込んだ。

白魔導士、シャロン=スティクス。

白地に紺のラインが走るローブとパンツスタイル。動きやすさを重視した装いは、魔法使いというより身軽な格闘家を思わせる。


「照準を合わせてるんだよ。」

「照準……ですか?」


シャロンは眉間に皺を寄せた。

リグは振り向きもせず、指先を動かし続ける。


「起点となる陣をいくつか構築して、その交点に魔法を発動させるんだ。俺の場合、固定陣がアギナルドと赤の子鹿亭、それに俺自身。そこに可動陣を重ねて交点を動かすんだけど、これが結構難しい。」

「……ずいぶん離れた場所を起点にしているのですね。」

「そ。遠くにあるものほど角度の誤差が大きくなるだろ?今回はその実験も兼ねてる。」

「なるほど。で、何を狙っているのですか?」

「ガイアス。」

「…………。」


遠くに霞む城塞都市。

あまりにあっさりと答えられたため、一瞬聞き流しそうになった。


「城塞都市ガイアス、ですか?」

「そ。」

「……目的は?」

「あ、合ったかも。」

「リグヴェルドさん?」

「発動──《骨折りゾーン》。」

ボキキッ!!

「!?」


耳を疑うような音がした。

リグの右腕が、肘からありえない方向に折れ曲がっていた。


「リグヴェルドさん!?」


完全に折れている。


「うわ、すごいな。」

「すごいな、じゃありません!腕!腕が!」

「ああ、うん。跳ね返されたみたい。」

「みたい、ではありません!今すぐ応急処置を──」

「骨折り損、ってことか。ジオが喜びそうだな。」

「どうしてそこでジオさんの名前が出てくるんですか!?」


シャロンが治癒魔法を発動させようとした、その時。

ふわり。

リグの右腕が淡い光に包まれた。


ゴキ、コキッ。


ねじれた腕が何事もなかったかのように元に戻った。

リグは指先を握ったり開いたりして、感触を確かめた。


「うん、大丈夫。」


シャロンは言葉を失っていた。


「……今の魔法、ガイアスに向けて撃ったのですか?」

「そ。調べてみようか。」

「ちょっと待って、まずは目的を──」


リグの両手が、目にも留まらぬ速さで印を結んだ。

先ほどとは比べものにならない量の魔力が、周囲に満ち始める。

草がざわりと揺れた。

風は吹いていない。

シャロンの足元に、幾重もの光の輪が浮かび上がる。


「え……!?」


反射的に身構えた。

一つ、二つ、三つ。

光の輪は増え続け、複雑な術式を描きながらリグの周囲を取り囲んでいく。

白魔法の術式。

いや、違う。

解析、解呪、増幅、反復、耐性付与。

本来ならそれぞれ独立して発動させるべき術式が、ひとつの魔法陣の中に組み込まれていく。

しかも──。


(何ですか、この魔力密度……。)


シャロンの表情が変わった。

術式の構造そのものが異常だ。


「リグヴェルドさん、それは……!」

「七十七の聖櫃に解と理の闡明を──」


リグの声が静かに響く。


「悠久の汀に全てが朽ち果てるまで──」


幾重にも重なった魔法陣が、一斉に回転を始めた。


「《ベトレイアル・オブ・ベトレイアル》&《AAA》&《モジュール・マルチプル&オート》──!」


パァン!


乾いた音とともに、光の輪が消えた。


「…………。」

「…………。」


静寂。

シャロンは咄嗟に身を固くしたまま、リグの顔を見る。


「あら?」


リグは首を傾げた。

次の瞬間。


――ドォォォン……!!


遥か遠く、山々の向こうから鈍い爆発音が響いた。

遅れて鳥の群れが一斉に飛び立ち、山の斜面から黒い影が湧き上がる。


「!?」


遥か城塞都市の上空に、薄黒い煙が立ち上っている。


「んー、失敗かな。」

「失敗!?」

「解析解呪魔法を三倍圧縮して、順転で無制限に重ねるようにしたんだけど、途中でキャパオーバーしたみたい。」


リグは何やら考え込む。


「解析結果が戻ってくる前に術式が壊れちゃった。あれ、反意趣魔法でもないと解除できないかも。」

「……何を解除するんですか?」

「向こうの防御術式。」

「…………。」


シャロンは額を押さえた。

リグは特に気にした様子もなく、腰の薬草袋から二十センチほどの小型望遠鏡を取り出した。


「あれ?」

「今度は何ですか?」

「なんか、ダメージ受けてる。」

「……誰が?」

「ガイアス。」

「今のは解析魔法なのでしょう?」

「解呪術式自体は発動前に壊れた。となると、暴発したプレーンな魔力がそのまま向こうに流れ込んだのかな。魔法じゃないから防御の対象外とか?」

「リグヴェルドさん。」

「ん?」

「目的は何ですか?」

「……。」


リグはようやく望遠鏡を下ろした。


「シャロンさ、分かってて聞いてるよね?」

「……うう。」


シャロンは深く息を吸い込んだ。


「ガイアスは現在、抗戦状態にあります。」

「うん。」

「私たちが運んできたのは、そのための物資です。治療薬、食料、それに魔法戦団から要請された補給品。」

「うんうん。」

「城塞都市ガイアスは、アンドレア王都を守る第二の砦です。」

「そ。」

「対峙しているのは──魔竜戦士プルトプス。」


シャロンの声が僅かに低くなった。

魔竜戦士。

名を聞いただけで、多くの冒険者が顔色を変えるような怪物だ。


「危険な相手です。」


リグはにやりと笑った。


「どんな奴か、興味あるよね?」

「はぁ……。」


シャロンは大きくため息をついた。

ただ、興味があったのだ。

魔竜戦士プルトプスに。

たった一人で城塞都市を相手にする怪物。


「つまり、あなたは……。」

「ん?」

「城塞都市ごと魔法の実験台にしたと。」

「違うよ。ガイアスにいるプルトプスを狙ったんだ。」

「……何か違うのですか?」

「全然違うだろ。」

「…………。」


シャロンは目を閉じた。

この男と議論してはいけない。

理屈は通っているようで通っていないし、本人にはそれを説明する気がまるでない。


「……。」


リグは望遠鏡を再び覗き込んだ。

その時。


「……ん?」


リグの指が止まった。


「どうしました?」

「多分、逃げたんじゃないかな。」

「……逃げた?」


一体、何が起きたのか。

魔竜戦士が撤退した?

あの魔法を受けて?


「……リグヴェルドさん。」

「じゃ、確かめに行ってみよっか。」

「……え?」

「ガイアス。」


シャロンは一瞬、言葉の意味を理解できなかった。


「一緒に来る?」

「…………。」


シャロンはゆっくりと顔を上げた。


「リグヴェルドさんは、少女一人をこんな所に置いて行くつもりなんですか?」

「大丈夫。まだ追いつけると思うし。」

「え?追いつく?」

「帰りの荷馬車に。」

「…………。」


しばしの沈黙。


「走れば間に合うんじゃないかな?」

「…………。」

「たぶん。」


リグは楽しそうに笑った。


「じゃ、行こうか。」

「行きましょう。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。