004話02 パンダは黒地に白
ガイアスから依頼された物資の運搬と護衛を終えた帰り道。
『ちょっと寄り道して帰る』
リグヴェルド様はそう言って、何の迷いもなく隊列を離れた。
数日寝食を共にしただけの相手だが、あの人の考え方には興味がある。気がつけば、私も後を追っていた。
「ガイアスは断崖に囲まれた天然の要塞です。百年間、一度も陥落していません。王都アンドレアへ続く奈落の街道を守る最後の砦。他に通れる道もありません。」
山道を歩きながら、シャロンは静かに語った。
「そこへ魔竜戦士プルトプスが現れた、と。」
リグは羽飾りの帽子を押さえ、楽しそうに続きを引き取る。
「軍は眠る間も与えず攻撃を続けて魔力を削る。三日もすればプルトプスは山河に姿を消す。でも、しばらくするとまた現れる。そんなやり取りが一月以上かぁ。」
「ええ。光の兵団のシールドがある限り、そう簡単には突破されません。」
「その奥には《ゴーレムの恋》、巨大ゴーレム門もある。ラグーンの軍勢でも破れなかった門だろ?」
「ですから、このままなら順当に退けられるはずです。リグヴェルドさんが加勢する理由は?」
「加勢なんかしないよ。」
「では、何のために?」
「必要ないもん。」
「……何のご用件で?」
「半分正解。」
「半分?」
シャロンは眉を寄せた。何が正解なのかさっぱり分からない。
「プルトプスは魔属性。聖属性は天敵だ。でも最初に暴れただけで、今は強力なレジストを張って何もしていない。」
リグの声が少し低くなった。
「軍の魔力を枯渇させる作戦でしょうか?」
「相手は軍隊だよ?先にジリ貧になるんじゃないかな。」
「では、罠?」
「だとしたら相当大雑把だね。」
「陽動、挑発……?」
「仲間がいるとも、交渉できるとも思えないなぁ。」
「……目立ちたがり?」
「うん、それだ。」
「はぁ……バカにしないでください。」
「ちょっと怒ってる?」
「怒ってません。」
「そうだ、今朝のパンあるけど食べる?」
「えっ。バターとレーズンたっぷりの、あのふわふわパンですか!?」
「そ。欲しい?」
「……いただきます。」
シャロンはパンを受け取り、はむ、とひと口。
リグがじっと見ている。
「……何か?もぐもぐ。」
「ぷっ……ふふ。」
「何がおかしいのですか?」
「あはははは!」
リグは腹を抱え、シャロンの背後を指差した。
「だから何が──」
振り向いて、シャロンの口が止まった。
白い毛並みに黒い斑。大きな熊が、のっしのっしと山道を登ってくる。その背には銀絹のような長髪、だぶついた赤黒いローブを着た少年。少女と見紛うほど整った顔で、こちらをぼんやり見ていた。
シャロンはパンを片手に身構えた。
「……あれは?」
「やあ。」
リグが気軽に手を振った。
熊は黒い隈取りの目をめいっぱい見開き、リグを睨みつけた。
「あ、はは。少し痩せてない?」
次の瞬間。
ガシッ!
熊がリグの胸倉を掴み、牙を剥いて地面へ押し倒した。
「うわあっ!」
弾みで少年が背中から転げ落ちる。
「危ない!」
シャロンは素早く回り込み、その下に身を投げ出した。
どささっ!
「……大丈夫?」
少年が真上から覗き込む。
「ええ。《フラッフィストロウ》がありますから。衝撃を和らげる魔法です。お怪我は?」
「うん。大丈夫。」
「それは良かった。咄嗟に失礼しました。」
「うん。」
「…………。」
少年はじっとシャロンを見つめたまま。
「……退いていただけますか?」
その脇では、熊が声もなく絶叫していた。
(死んだと思いましたよ!リグさん!!あんな化け物に背中預けて!怖すぎて勝手に腰が小刻みサンバですよ!オレ何やってんの!?うわああ、リグさぁん、生きててよかったあああ!)
ぼろぼろと大粒の涙がこぼれる。
「はは、元気そうだねぇ。」
リグが笑った、その時。
かしっ。
少年が熊の腕を掴んだ。
ぐいっ!
バスーン!
今度は熊が引き倒され、その下敷きに少年が消えた。
「えっ!?」
シャロンが駆け寄ろうとしたが、少年は毛皮の隙間から顔を出して、ひどく満足そうに笑った。
「……眠い。」
ぎゅう。
熊を抱き締め、そのまま、くーくーと寝息を立て始める。
熊は白目を剥いていた。
(起きても死!起こしても死!どっちも死ぃぃ!!)
ガクガクガクガク。
「あはははは!」
リグは涙を浮かべて笑っている。シャロンは少し距離を取った。
「……笑っている場合ですか?」
「いやぁ、笑ったら眠くなった。天気もいいし、シエスタしよう。」
「えっ、本気ですか?そんな目立つ格好で、いつアンドレアの斥候に見つかるか──」
返事がない。
「……寝てる。はぁ。」
するとリグは目を閉じたまま、ぽつりと言った。
「そうだ、紹介するよ。俺の可動陣、黒地に白のパンダ。」




