003話09 廃屋はヤツらの巣窟
「見たぜ、あの頭突き!ありゃ岩砕きの戦槌より効くぜ!」
「馬鹿野郎、最後の雄叫びも最高だったな!」
「がっはっは!お前ら、頭突きと怒声が気に入ったか!」
試合後はギャローデビルズの戦士たちに囲まれ、酒を酌み交わしては互いの健闘を讃えあった。荒くれ者の集まりと聞いていたが、存外気持ちのいい連中だ。
悔しいが、なんて楽しい夜だ。
帰り際には強面の男たちが大勢ついてきて、口々に再戦を約束してくれた。お陰で道行く者は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。見送りというより護送だな、こりゃ。
浮かれた俺は、やがて連中と別れ、静けさを取り戻した通りで足を止めた。
「……悪く思うな、アラル=エーテル」
アルはまだスラム地区にいる。連中と騒いでいるうちなら、こちらの動きには気づくまい。
俺は踵を返した。
行き先は町外れの廃屋。かつてギャングの総元締めが生まれ育ったという廃屋だ。調査から今はアラル=エーテルと街の孤児どもが「白い粉」の保管庫として出入りしている。
教会から仕入れ、商人ギルドのグレーマーケットを通じて流通、国外への販路まで画策していた。禁制品の密売だとすれば、ただでは済まない。
だが、あいつがそんな悪辣卑劣な商売に手を染めるだろうか?
口は悪いし、我が儘で自分勝手。思いつきで騒動を起こす困った小僧だが、人を陥れて金儲けをするような奴には見えなかった。
「だからこそ、だ」
目的の廃屋は、思った以上に酷い有様だった。
傾いた屋根、腐った柱、破れた壁。戸板を横へずらして中に入ると、床がギシギシと抗議する。そもそも鍵すらない家だ。住居侵入は違法だが、ここまで朽ち果てれば、もはや自然物扱いで合法だろう。
……多分。
雨漏りの跡とガラクタの山を避けながら奥へ進むと、床板の一枚が妙に浮いている。引き上げてみれば、地下へ続く階段が現れた。
「ほう。ご立派な隠し部屋じゃねえか」
鼻につく油臭さと、何とも言えない甘ったるい匂い。何を保管していたのか知らんが、気持ちのいい場所ではなさそうだ。
階段に足を掛けた、そのとき。
バキキッ!!
「うおっ、折れたか!?」
ウェルマーの体重に梯子が悲鳴を上げた。咄嗟に柱へ手を伸ばしたが、掴んだそいつが根元から折れた。
「馬鹿野郎!お前まで折れるな!」
バキンッ!
足元が外れ、俺は梯子を盛大に転がり落ちた。続いて家具や屋根材が雪崩れ込み、地下室に凄まじい轟音が響く。
「痛ってて……。おい、生きてるか俺?」
幸い骨折はなさそうだが、瓦礫に埋もれて身動きが取れん。重剣も梁の下敷きだ。無理に動かせば、せっかく持ちこたえた天井まで落ちてきそうである。
「思ったより深いな…出られるか…?」
崩れた屋根の隙間から差し込む月明かりを頼りに、脱出口を探していると、足元を何かが駆け抜けた。
したたたっ。
続いて反対側からも、したたたたっ。
「……ん?」
目を凝らすと、瓦礫の陰に小さな目がいくつも光っている。
その一つが、ひょっこり顔を出した。
「……にゃあ」
…………。
ヤツだ。
しかも一匹や二匹じゃない。壁の隙間から、床下から、ガラクタの山から、数え切れないほどのヤツらが現れた。
「……げほっ!お、おい、ちょっと待て……!」
全身が硬直した。逃げようにも足が動かず、頭ではわかっていても身体が言うことを聞かん。
ウェルマーが壁際に追い込まれたそのとき。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「うおっ、地震!?待ってくれっ!」
あまりの揺れに、頭上の棚が崩れ、積まれていた麻袋が一斉に破れた。
ぱふっ!
「へブッシュ!!げほっ、げほっ!」
大量の白い粉を頭から被り、思わず身を縮める。甘く青臭い香りが漂った途端、ヤツらの様子が一変した。
「にゃああああん!」
「みゃあああ!」
床を転げ回り、柱に身体を擦りつけ、しまいには粉まみれの俺に向かって一斉に駆け寄ってきた。
「ひっ……!や、やめろぉぉ!!」
一匹が膝に飛び乗り、肩に、背中に、次々と猫が群がる。
もう駄目だ。
あの爪も牙も、尻尾も髭も、猫なで声も! 何もかも駄目だ!
「げほっ!げほっ!だ、誰か……!」
冷や汗が止まらず、呼吸は荒くなるばかり。何十匹いるのかもわからない猫の大群を前に、とうとう目の前が暗くなってきた。
……しかし、この白い粉。
どこかで見たような……。
教会、商業ギルド、白い粉……。
まさか……。
視界がぐらりと傾く。
「……どしたの?フェルマー?」
月明かりに照らされ、黄色い髪が揺れたように見えた。
「……アラル=エーテル?
俺は……ウェルマー…だ……。」
俺の意識は、ぷっつりと途切れた。




