003話07 怒号は猛る
小さな私設闘技場『ギャローデビルズ』。
かつて牢獄と処刑場だったこの場所は、今やエルステ随一の娯楽施設となっていた。粗末な観客席には平民から貴族、成金の元ギャングまでが詰め掛け、酒と汗の臭いが充満する中、怒号と歓声が飛び交っている。
「……うげぇ、凄いなこりゃ」
観客に紛れたウェルマーは、中央リングに目を向けた。
「やっほー!みんな元気ぃ〜?」
満面の笑みで手を振るアラル=エーテル。その向かいには倍近い体格の大男が立っていた。
ドゴン!!
大男の重剣が振り下ろされ、床板が大きく揺れる。
「はい残念〜!遅いよ〜!」
アルはひらりと躱すと懐へ飛び込み、両手のダガーで脇腹を打って背後へ抜けた。
「ほらほら、こっちだよ〜!お客さんも応援してあげて〜!」
相手の攻撃を巧みに誘い、死角から的確に反撃を繰り返す。あの小僧、ただ速いだけではない。相手の動きを見切り、殆ど無駄なく立ち回っている。
「くそっ!ちょこまかと!!」
「えへへ、じゃあ終わりね!」
大男が踏み込んだ瞬間、アルは足元を掻い潜り、膝裏へダガーの柄を叩き込んだ。
ドゴン!!
「ぐおおっ!!」
堪らず膝をついた大男の首筋に刃を添える。
「はい、おしまーい!」
ワアアアアアアッ!!
「……大した腕だな。あの歳であそこまでやるとは」
ウェルマーが感心していると、アルは両肘をぱたぱたさせながらリングを一周し、拡声器を手に取った。
「はいはーい!今日も勝っちゃったよ〜!じゃあ次の目玉企画!スペシャルゲストを紹介しまーす!」
俄にざわつく観客席。
「じゃじゃーん!そこにいるおっさんでーす!」
「……ん?」
アルが真っ直ぐこちらを指差していた。
「その名も怒号のフェルマーさん!なんとミノタウラスを素手で倒した伝説の超人だよ〜!」
(……は?)
「今日のメインイベントは、この人との即興バトル!みんな盛り上がっていこー!!」
ワアアアアアアッ!!
「フェルマー!フェルマー!フェルマー!!」
(……ちょっと待て!俺はウェルマーだ!!)
ウェルマーは思わず口元を押さえた。
かつて声がデカすぎて軍を除隊された男の中の男。通称『怒号のウェルマー』。以来、何を思ってもお口にチャックが癖になっていた。
「おっさーん!早く早く〜!」
(……落ち着け。今は任務中だ。挑発に乗るな)
「フェルマー!フェルマー!フェルマー!!」
(だからウェルマーだっつってんだろ!!)
「ねーねー、フェルマーのおっさーん!もしかして怖くなっちゃった〜?」
(……チャック。お口にチャック……)
「四つ腕熊に勝ったのに、ボクには負けちゃうんだ〜?まあ熊でも牛でも一緒だけどね〜!」
ブチッ。
ウェルマーの肩が小刻みに震え始めた。
「……おい」
「ん〜?」
「誰がフェルマーだあああああああああッ!!!」
ドゴオオオオオオン!!!
凄まじい怒号が闘技場に響き渡り、観客席の酒杯が震え、天井から埃が舞い落ちた。
「うわっ!びっくりした!!」
「俺はウェルマー=ロジーマルーアだあああッ!!ミノタウラスを倒したのも俺だ!!熊でも牛でも一緒だと!?全っ然違うわこのアホンダラァァァ!!!」
一瞬の静寂。
そして。
ワアアアアアアアアッ!!!
「怒号のウェルマー!!怒号のウェルマー!!」
観客総立ちの大歓声。
「上等だアラル=エーテル!!その勝負受けて立つ!かかって来いやあああああッ!!!」
ウェルマーは重剣を担ぎ直し、観客を掻き分けてリングへと向かった。
「やったー!ねーねー、もう一回さっきのやって〜!」
「断るッ!!!」
ドゴオオオン!!
再び震える闘技場。
かくして、数年来封印していた『怒号のウェルマー』が復活した。
本人の意思とは裏腹に、会場の興奮は最高潮に達していた。




