003話05 関税は罠
翌朝。
「……生きてるって素晴らしいな」
港町の石畳に腰を下ろし、寝不足で目に隈模様のウェルマーは心から呟いた。
昨晩から木箱に閉じ込められ、船が荷下ろしを始めた隙にようやく脱出できたのである。
全身は痛むし、腹も減った。何より狭い箱の中で一晩膝を抱えていたせいか、腰が伸びない。
だが、そんな事を言っている場合ではなかった。
教会から持ち出された白い粉と、アラル=エーテルの行動。その正体を突き止めなければ、今回の苦労は何だったのか分からない。
「……くそっ、アラル=エーテルめ!」
ウェルマーは通り掛かった行商馬車へ駆け寄った。
「おい! 護衛は足りてるか!?」
「へ?いや、別に……」
「俺が乗る!金はいらん!」
「いや、あんた何者だよ。何か怖い」
「頼む!急いでるんだ!」
「怖いっ!」
半ば強引に話を付けたウェルマーは、馬車の荷台に乗り込むと、再び魔の森近郊の街エルステへと引き返した。
そして昼前。
ようやく街へ戻ったウェルマーは、商人ギルドの一室で信じられない光景を目撃することになる。
「ねーねー、だからさー。三割上げでいいじゃん?」
机を挟んで商人ギルドの組合員三人と向かい合うアル。どうやら何かの売買契約を結んでいる最中らしい。
「い、いや、アル君。三割も値上げされては、こちらの利益が……」
「でも欲しいんでしょ?」
「それは、もちろん……」
「じゃあいいじゃん。ボクだって集めるの大変なんだからさー」
アルは机上の羊皮紙を指で叩き、商人たちに身を乗り出した。
「ねーねー、あとさー」
「……まだ何か?」
「ボク、国外にも売りたいんだよね」
「は、はあ……」
「だからさ、関税なくす方法ってない?」
「はぁぁぁっ!?」
組合員三人が同時に声を上げた。
「アル君!関税は国の法律で決まっているんですよ!?」
「でもさー、税金なくなったらもっと儲かるじゃん」
「そ、それはそうですが、我々がどうこうできるものでは……」
「じゃあ王様に言えば?」
「そんな簡単に謁見できません!!」
「えー、面倒くさーい」
頬を膨らませるアル。
組合員たちは、関税撤廃が如何に難しいものかを必死に説明したが、当の本人はさっぱり納得していない様子だった。
「ちぇー、せっかくいいこと思いついたのに」
「……(いや、思いつきで関税をなくせるなら苦労せんだろ)」
ウェルマーは思わず大声で突っ込みそうになった。
しかし、笑っている場合でもない。
「じゃ、貴族さんに納める分と、商人ギルドさんのグレーマーケット分。流通経路は二つね。関税の代わりに、値段は三割上げ。これでいいよね!」
「しかし、販売価格まで決められてしまうのは……」
「えー?持ち出しの貴族様黙らせる分も、ホントは出さなくてもいいんだけど…」
「ま、待ってください!」
「じゃあ決まりね!ほら、ここにサインして〜!」
満面の笑みで羽根ペンを差し出すアルに、組合員たちは顔を見合わせ、渋々署名していった。
その様子を物陰から覗いていたウェルマーは、思わず目を疑った。
「……グレーマーケットだけ…。正規ルートは無しか」
昨日までは、アルが怪しい取引に利用されているものとばかり思っていた。
ところが実際はどうだ。
商人ギルドの組合員三人を相手に、十五歳の少年が値段を吊り上げ、グレーマーケットや価格にまで口を出している。
しかも相手は、言われるがままに契約書へ署名してしまった。
「やったー!これで契約成立!!」
アルは嬉しそうに契約書を丸め、鞄にしまい込んだ。
教会から仕入れた正体不明の白い粉を商人ギルドに持ち込み、価格を交渉し、果ては国外への販路拡大をも目論んでいる。
これがもし禁制の類であれば、とんでもない事態になる。
(……あの小僧、まさかな)
もっとも、あの調子では何処まで理解しているのかも怪しい。
「じゃーねー!ボク、お腹すいたから帰るよー!」
アルは組合員たちに手を振り、上機嫌でギルドを後にした。ウェルマーもすぐに後を追おうとした。
「こんにちはー。昨日、修道院で覗きしてた方ですよね?」
「……ん?」
振り返ると、見覚えのある自警団員が二人。しかも昨日、修道院の床下で鉢合わせした連中だ。
「先ほどギルドの女性職員から通報がありましてね。床に這いつくばってスカートの中を覗いていた男がいると」
「はぁ!?違う!俺は商談を……!」
「はいはい、詳しくは詰所で聞きますから」
そういや先ほど、アルたちの会話を聞き逃すまいと物陰に伏せていた。目の前を女性職員が何人か通り過ぎたような……。
「ちょっと待て!誤解だ!俺は断じてそんなことは!」
「うるせえ!昨日は逃がしたが、今度こそ逃がさねえぞ、この恥知らずが!」
ガシッ!
両脇から腕を抱えられ、半ば引きずられるように連行されるウェルマー。抵抗すればますます立場が悪くなる。ここは大人しく事情を説明するしかない。
(俺は無実だ!断じて無実だあああ!!)
心の中で絶叫するも、二人の手は緩まない。
「おい、詰所はこっちだろうが!」
「今日は表通りを通るぞ。逃がしたら面倒だからな」
「むぐあっ!(だから逃げんと言っとるだろう!)」
そのとき、雑踏の向こうにアルの後ろ姿がちらりと見えた。
(……アラル=エーテル!)
そうだ。あいつを悪の道から救い出さねばならん。こんなところで油を売っている場合ではない!
「……おい、悪いが他を当たってくれっ!」
「はぁ?何言ってんだ。強制連行だって言ってるだろ!」
「ならば……ぬおおおおおおおおおっ!!」
ゴフッ!バギッ!ドサッ!!
「ぐえっ!」「うおっ!?」
突如暴れ出したウェルマーは、二人の腕を振りほどくと、まとめて抱え上げて道端の草むらへ放り投げた。
「すまん!後で必ず詰所へ顔を届ける!!」
「待てコラ!公務執行妨害だぞ!」
「ぬおおおおおおおおおっ!!」
返事の代わりに凄まじい怒号を残し、ウェルマーは雑踏を掻き分けて全力疾走。あっという間に通りの向こうへ姿を消した。
草むらに折り重なったまま、自警団員二人は、しばし呆然となっていた。
その頃、アルは市場の屋台でおでんを買っていた。
「おじさーん!三本ちょうだい!」
「はいよ!銅貨六枚な!」
「えー、五枚にしてよー」
「駄目だ!」
「じゃあ四枚!」
「なんで減るんだよ!?」
「えーダメー?じゃあ三枚!」
「お前、買う気あるのか!?」
楽しそうに店主と値切り交渉を繰り広げるアル。
一方、ここ魔の森近郊の街エルステの街道では、ウェルマー=ロジーマルーア、二十八歳が猫の大群に追われていた。
「……うあああああああああっ!!」
うるさい。
「……逃がさんぞ!アラル=エーテル!!!」




