003話04 積荷は生もの
その後、アルは教会で仕入れた荷を、商人ギルドに持ち込んだのである。
「……なるほど、そういう事か」
建物の陰から搬入口を眺めていたウェルマーは、何やら合点がいった様子で頷いた。
「…っ痛!アラル=エーテル、お前を見失わずによかった」
教会を製造拠点とし、商人ギルドのグレーマーケットを経由して流通させる。もし禁制品なら相当大掛かりな犯罪だ。
(だが、証拠もなしに断定はできない。)
ウェルマーは荷役夫と警備が交代する隙を見計らい、積荷の陰に紛れて倉庫へ忍び込んだ。
木箱の積み上がった薄暗い倉庫の奥。二人の倉庫番が何やら話し込んでいる。
「おい、さっきの積荷、例の粉末、知ってるか?」
「ああ、あれな。何でも一度味わうともう元に戻れないらしいじゃないか?」
「そんなにイイのか?」
「イイなんてもんじゃねぇ。おまけに流通量が少なくてな、好事家の間じゃ驚くほど値が付く代物らしいぞ」
「へえ、そりゃ一度くらい拝んでみてぇもんだな」
「……!」
木箱の陰で聞き耳を立てていたウェルマーは、思わず息を呑んだ。
(どうやら相当な代物らしいな。)
しかも、倉庫番まで噂を知っているということは、既にかなりの範囲で取引されている可能性がある。
問題はアラル=エーテル自身だ。
十五歳の少年が、こんな危険な取引に関わっている。素行こそ悪いが、裏社会の事情まで理解しているとは思えない。
(……運び屋にされてるのか?)
それなら話は違ってくる。
今はまだ悪戯小僧で済んでいるが、こんなものに手を出せば取り返しがつかなくなるかもしれない。
ウェルマーがそう考えていた、その時。
「おーい!そこの荷物、出してくれるー?」
「……っ!?」
アルの声だ。
咄嗟に辺りを見回したウェルマーは、近くにあった大型木箱の蓋を開け、中へ身を滑り込ませた。
中身は空。どうやら荷造り途中らしい。
蓋を少しずらして隙間から覗くと、ちょうどアルが倉庫番を連れてこちらへ歩いてくるところだった。
「ねーねー、あっちのやつも一緒にお願いね」
「ああ、わかったよ」
「それとさー……ん?」
アルが足を止めた。
「……?」
こちらを見ている。
「なんか、今、そっちから音しなかった?」
(……まずい。)
ウェルマーは慌てて息を止めた。
こちらへ近付いてくる足音。やがて目の前で止まると、木箱の蓋に手が掛かった。
「……猫?」
……は?
「ねーねー、猫ねこ?そこにいるの?」
ウェルマーは目を見開いた。
よりにもよって猫とは!
この世で最も忌み嫌う、あの気まぐれな毛玉と間違えられるとは何たる屈辱。
しかし、ここで見付かる訳にはいかない。
「……に、にやあ」
言ってしまった。
しかも、我ながら随分と情けない声だった。
「あ、やっぱり猫だ!おいでおいで〜!」
「……にや、にやああん」
「どこー?ねーねー、出ておいでよー」
(誰が出るか!!)
蓋の向こうでアラル=エーテルがうろうろしている。今にも開けられそうになったところで、倉庫番の声が飛んだ。
「アル君!荷物はこっちだぞ!」
「あ、はーい!猫ねこ、またね〜!」
ぱたぱたと足音が遠ざかり、ウェルマーはようやく息を吐いた。
「……ふぅ」
危なかった。
大変な屈辱を味わったが、正体は隠し通せたらしい。さすがは俺。
暫くして人の気配がなくなると、ウェルマーは蓋を持ち上げようとした。
その時だった。
ただならぬ気配に、緊張感が増した。
(この甘ったるい気配…!!)
「にゃあ〜」「にゃん…ごろごろごろ…」
(しかも…囲まれている…!!前方も、後方も、右も左も、上にまで!!相当な数だ!!)
さっきの教会にいた猫か?ただの野良か?
積荷の上、見下ろすような視線。あれは人を殺したことのある奴と同じ目だ。
「にゃふん〜」「にゃーー〜ん」「ごろごろごろ…」
戦時中、敵兵に囲まれた時の事を思い出していた。荒れ果てた森林の汚泥に塗れ、死を覚悟しつつも獲物を狩る野生の虎の如く、気配を殺し…。
「何だぁ〜野良猫が入り込んだか…しっしっ!」
(…おお、よしよし!そのまま追い払え!)
「おい!そこからここまで!早く運び出せ!」
「これか?」
「そうだ!もう時間がない、急げ急げ!!」
(……いいぞ、その調子だ!包囲網を突破したぞ!)
ガタンッ!
「うおっ!?」
突然、木箱ごと持ち上げられる。
「よっしゃ、運べ運べ!気をつけろ〜!」
ドスン!
「ぐえっ!」
木箱が台車に積まれ、続けて上から別の積荷が重ねられた。どうやら荷役夫たちは中に人がいることに全く気付いていないらしい。
「おい!おおい!!」
蓋を押してもびくともしない。
ガタン!ドスン!
「いだっ!くそっ!おい、聞こえんのか!!」
木箱が揺れるたび、頭や膝をあちこちにぶつけるウェルマー。
やがて船板の軋む音が響き始めた。
「積み込み完了!船を出せー!」
「……船?」
ギギギギ……。
木箱がゆっくりと傾き、遠くで船員たちの掛け声が聞こえてくる。
倉庫の隣には運河があり、そこから川を下れば港町へ出られる。
「……嘘だろ」
気付いた時には既に遅かった。
「おおおおい!!誰か出してくれぇぇぇ!!」
船底に響くウェルマーの絶叫をよそに、貨物船は悠々と川を下っていった。




