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笑う竜  作者: mashironotsuki
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25/31

003話03 尾行はドップラー効果

カリカリカリ……。


『手羽先串食い逃げ』『財布および鞄の窃盗』『店主への侮辱』『公務執行妨害』『金券横領罪』


「……むう(尻を叩いて挑発、か。これは何罪になるんだ?)」


手帳を睨みながら頭を抱えるウェルマー。調査を始めて早々、対象者の犯罪歴らしきものが次々と増えている。


アラル=エーテル、十五歳。通称アル。

武闘派クラン《スレインドレイク》、またの名を《竜殺し》に所属する軽剣士である。

昨晩から仲間とは別行動らしいが、護衛任務の集合時間に6時間も遅れて来るような奴だ。恐らく置いていかれたのだろう。

ともあれ、今は単独行動。調査を進めるには好都合だった。

ところが、早朝からアルの後を追って森に入ったウェルマーは、その奇妙な行動に早くも困惑していた。


「これ食べられるやつ。こっちは……んー、たぶん大丈夫!」


アルは野草やキノコ、木の実を手当たり次第に袋へ詰め込んでいく。小一時間もすると木の根元に腰を下ろし、そのまま昼寝を始めてしまった。


(……おいおい、魔の森だぞ)


 幾ら街に近いとはいえ、魔獣の住む危険地帯だ。あまりの無防備さに呆れつつ、ウェルマーは戦時中の潜伏任務を思い出していた。嵐に晒され、空腹と傷に耐え、仲間を失い、泥水を啜って幾晩も敵の目を逃れた。あの頃の張り詰めた緊張感に比べれば、小僧一人の尾行など眠たくて敵わん。


 折しも木漏れ日はぽかぽかと暖かく、さわさわ揺れる木々の葉擦れに、ちちち、と小鳥の囀り。なんとも心地よい。なんとも、眠たくて…敵わ…ん…zzz。


 間も無くして眠りこけるウェルマーの眼前に立つアルの姿。

寝てやんのとばかりに、小悪魔的に笑いかける。


 バサササッ!!


(ぬおっ!?いかんいかん!)


 茂みから飛び出した山鳥の羽音に、慌てて目を覚ましたウェルマー。その刹那、途端にアルの姿が目の端から消えた。


「!?」


突風が吹き抜け、次の瞬間には十数歩先で山鳥を捕獲。


「やったー、今晩のおかず、決まり!」


そのまま嬉しそうに獲物を掲げるアル。

常人離れした反射神経。どうやら剣士としての腕前は本物らしい。


(……うたた寝とは、どうやら、油断していたのは俺の方らしい。)


ウェルマーは手帳に何やら書き加え、再び尾行を始めた。

そして、その日の昼過ぎ。

 森で採取した野草やキノコを抱え、アルが次に向かったのは街外れの小さな修道院だった。


「ねーねー、見て見て!すっごい大きいの捕まえたよ!」


 出迎えた見習い修道女に、得意満面で山鳥を差し出すアル。山菜の詰まった袋も押しつけられ、娘は少々困り顔だ。


「まあ!なんて立派な山鳥!アル君、ありがとう!」

「えへへ、ボクが捕まえたんだよ!すごいでしょ!」

「おお、アルか。来たならさっさと裏へ来い!」


 騒ぎを聞きつけたのか、建物の奥から坊主頭の男が顔を出した。傷だらけの強面に、修道院には似つかわしくない横柄な物言い。神に仕える者というより、どう見ても牢獄帰りの荒くれ者だ。


「あいよー!」


 アルは娘に手を振ると、男の後を追って修道院の裏手へ消えた。


(……なんだ、あの坊主。神父には見えんが)


 ウェルマーは森伝いに敷地の裏へ回った。そこには窓の一つもない大きな石造りの建物があり、煙突から細い煙が立ち上っている。


(工房か?しかし、窓がねえとは随分と怪しい造りだな)


 裏手の茂みから建物の床下へ滑り込み、匍匐前進。戦場仕込みの隠密行動で、声の聞こえる辺りまで這い進む。

 床板越しに、先ほどの男の野太い声が響いた。


「今はオフシーズンだからな。極上品は全部上客用だ。極品も希少だが、その分、純度100%!品質はブチ上がってるぜ。粒子の粗さもすっかりなくなった」


(上客?極上品?純度100%だと……?)


「ホント!?ねーねー、もっと細かくなってるの?」

「なってるの?じゃねぇ!細けぇんだよ!そんだけヌキもミンチもダンチってことよ!」


(ヌキ?ミンチ!?ダンチ??いったい何の話だ!)


「ふーん。で、効き目は?」

「アル、テメェふざけたこと聞くんじゃねぇよ、ああ!?」

「だってさー、口だけなら何とでも言えるじゃん」

「あぁ!?ざけんな!試作品の匂い嗅がせただけで、あっという間よ!瞳孔が開いたみてぇになっちまって、ヨダレ垂らしながら床を転げ回ってよ。最後はうっとりした顔で正気を失ってたぜ!」


(なっ!?まさか、さっきの娘に試したのか!?)


 ウェルマーは思わず床板を睨みつけた。何という外道だ。修道院の奥でそんな非道な実験が行われていようとは!


「おお〜! すごいすごい!」


 パチパチパチ。


(褒めてどうする、アル!)


「ちっ、こっちのシノギはテメェにかかってんだわ。おら、持ってけ泥棒!」

「あいよ〜!」


 何やら重そうな荷物を持ち上げる音。ウェルマーはさらに耳を澄ませたが、その瞬間、鼻先で何かが動いた。


「……にゃ」

 …………猫?

「うおっ!?」


 ガタン!!


 思い切り仰け反って床板に後頭部を強打。目の前には、一匹の猫がちょこんと座っていた。


「むぐぐぐ(いってええ……!)」


「おい、今の音なんだ?誰かいんのか?」


(ま、まずい!)


 坊主頭の輩に気づかれた。床下は狭く、逃げようにも後ろには猫。こんなところで!


「にゃあん」


「……なんだ、猫か。ったく、どっから入りやがった?」


 あの男の足音が遠ざかる。


(……バレてない?たかが猫の鳴き声だけで!?)


 生まれて初めて猫に感謝したことに我ながら驚いたが、この鳴き声がいけなかった!


「じゃあ、これありがと!持ってくね〜。あと、引き続きよろしくね〜!」

「おう」


 アルが建物を出ていく気配がした。


(よし、後はこっそり抜け出して……)


「……にゃあ」


 ん?

 目の前の猫がもう一度鳴くと、それに応えるように背後からも鳴き声が返ってきた。

 したたたっ、したたたたっ。

 いつの間にか前後左右から猫が集まってくる。さっきの鳴き真似で仲間と勘違いされたのか、んなバカな。


(……おいおい、待て。なんだこの数は!)


 一匹が膝に擦り寄り、もう一匹が尻尾を立てて近づいてくる。後退すれば別の猫、横へ逃れようにもまた猫。床下で身動きが取れないまま、ウェルマーの額から滝のように汗が流れ落ちた。


(囲まれた……八方塞がりだ!)


「おーい、誰かいるのかぁ?」


 そこへ巡回中の自警団が二人、騒ぎを聞きつけてやって来た。

 しっしっ、と猫を追い払い、片方の男がしゃがみ込んで床下を覗いた。


「……あんた、そこで何してんだ?」

「うおあああああああああっ!!」

「うわっ!?なんだ!?」


 かくなる上は!

 ドガッ!!

 ウェルマーは渾身の高速匍匐前進で男たちの足元へ突進!二人まとめて跳ね飛ばすと、そのまま地面をくるりと受け身。


「ぐえっ!お、おい!待てコラ!」


 さらに高速匍匐前進!

 ずざざざざざざっ!!


「な、なんだあいつ!?四つん這いで走ってやがる!」

「止まれ!そこの男、止まれぇ!!」

「うおああああああああああっ!!!」


 床下を飛び出し、ようやく立ち上がったウェルマーは街道を全力疾走。追いすがる自警団を置き去りに、凄まじい勢いで駆け抜けていった。


「うわっ!なんだ、あのおじさん!」

「すっげー!はやーい!」

「うおあああああああぁぁぁぁ…………!!」


 道行く子供たちに悲鳴のドップラー効果を置き去りにしながら、ウェルマーはあっという間に姿を消した。

 しかし、その背後にはもう一つ奇妙な光景があった。

 したたたたたたたたっ!

 工房の床下から飛び出した猫たちが、一団となってウェルマーを追いかけているのだ。


「にゃあああん!」

「みゃあああ!」

「うおああああああ!!ついて来るなぁぁぁ!!」


 一方、修道院の門前では。

 大きな麻袋を抱えたアルが、遠ざかっていく土煙を眺めながら楽しそうに手を振っていた。


「じゃーねー、おにーさん!」

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