003話03 尾行はドップラー効果
カリカリカリ……。
『手羽先串食い逃げ』『財布および鞄の窃盗』『店主への侮辱』『公務執行妨害』『金券横領罪』
「……むう(尻を叩いて挑発、か。これは何罪になるんだ?)」
手帳を睨みながら頭を抱えるウェルマー。調査を始めて早々、対象者の犯罪歴らしきものが次々と増えている。
アラル=エーテル、十五歳。通称アル。
武闘派クラン《スレインドレイク》、またの名を《竜殺し》に所属する軽剣士である。
昨晩から仲間とは別行動らしいが、護衛任務の集合時間に6時間も遅れて来るような奴だ。恐らく置いていかれたのだろう。
ともあれ、今は単独行動。調査を進めるには好都合だった。
ところが、早朝からアルの後を追って森に入ったウェルマーは、その奇妙な行動に早くも困惑していた。
「これ食べられるやつ。こっちは……んー、たぶん大丈夫!」
アルは野草やキノコ、木の実を手当たり次第に袋へ詰め込んでいく。小一時間もすると木の根元に腰を下ろし、そのまま昼寝を始めてしまった。
(……おいおい、魔の森だぞ)
幾ら街に近いとはいえ、魔獣の住む危険地帯だ。あまりの無防備さに呆れつつ、ウェルマーは戦時中の潜伏任務を思い出していた。嵐に晒され、空腹と傷に耐え、仲間を失い、泥水を啜って幾晩も敵の目を逃れた。あの頃の張り詰めた緊張感に比べれば、小僧一人の尾行など眠たくて敵わん。
折しも木漏れ日はぽかぽかと暖かく、さわさわ揺れる木々の葉擦れに、ちちち、と小鳥の囀り。なんとも心地よい。なんとも、眠たくて…敵わ…ん…zzz。
間も無くして眠りこけるウェルマーの眼前に立つアルの姿。
寝てやんのとばかりに、小悪魔的に笑いかける。
バサササッ!!
(ぬおっ!?いかんいかん!)
茂みから飛び出した山鳥の羽音に、慌てて目を覚ましたウェルマー。その刹那、途端にアルの姿が目の端から消えた。
「!?」
突風が吹き抜け、次の瞬間には十数歩先で山鳥を捕獲。
「やったー、今晩のおかず、決まり!」
そのまま嬉しそうに獲物を掲げるアル。
常人離れした反射神経。どうやら剣士としての腕前は本物らしい。
(……うたた寝とは、どうやら、油断していたのは俺の方らしい。)
ウェルマーは手帳に何やら書き加え、再び尾行を始めた。
そして、その日の昼過ぎ。
森で採取した野草やキノコを抱え、アルが次に向かったのは街外れの小さな修道院だった。
「ねーねー、見て見て!すっごい大きいの捕まえたよ!」
出迎えた見習い修道女に、得意満面で山鳥を差し出すアル。山菜の詰まった袋も押しつけられ、娘は少々困り顔だ。
「まあ!なんて立派な山鳥!アル君、ありがとう!」
「えへへ、ボクが捕まえたんだよ!すごいでしょ!」
「おお、アルか。来たならさっさと裏へ来い!」
騒ぎを聞きつけたのか、建物の奥から坊主頭の男が顔を出した。傷だらけの強面に、修道院には似つかわしくない横柄な物言い。神に仕える者というより、どう見ても牢獄帰りの荒くれ者だ。
「あいよー!」
アルは娘に手を振ると、男の後を追って修道院の裏手へ消えた。
(……なんだ、あの坊主。神父には見えんが)
ウェルマーは森伝いに敷地の裏へ回った。そこには窓の一つもない大きな石造りの建物があり、煙突から細い煙が立ち上っている。
(工房か?しかし、窓がねえとは随分と怪しい造りだな)
裏手の茂みから建物の床下へ滑り込み、匍匐前進。戦場仕込みの隠密行動で、声の聞こえる辺りまで這い進む。
床板越しに、先ほどの男の野太い声が響いた。
「今はオフシーズンだからな。極上品は全部上客用だ。極品も希少だが、その分、純度100%!品質はブチ上がってるぜ。粒子の粗さもすっかりなくなった」
(上客?極上品?純度100%だと……?)
「ホント!?ねーねー、もっと細かくなってるの?」
「なってるの?じゃねぇ!細けぇんだよ!そんだけヌキもミンチもダンチってことよ!」
(ヌキ?ミンチ!?ダンチ??いったい何の話だ!)
「ふーん。で、効き目は?」
「アル、テメェふざけたこと聞くんじゃねぇよ、ああ!?」
「だってさー、口だけなら何とでも言えるじゃん」
「あぁ!?ざけんな!試作品の匂い嗅がせただけで、あっという間よ!瞳孔が開いたみてぇになっちまって、ヨダレ垂らしながら床を転げ回ってよ。最後はうっとりした顔で正気を失ってたぜ!」
(なっ!?まさか、さっきの娘に試したのか!?)
ウェルマーは思わず床板を睨みつけた。何という外道だ。修道院の奥でそんな非道な実験が行われていようとは!
「おお〜! すごいすごい!」
パチパチパチ。
(褒めてどうする、アル!)
「ちっ、こっちのシノギはテメェにかかってんだわ。おら、持ってけ泥棒!」
「あいよ〜!」
何やら重そうな荷物を持ち上げる音。ウェルマーはさらに耳を澄ませたが、その瞬間、鼻先で何かが動いた。
「……にゃ」
…………猫?
「うおっ!?」
ガタン!!
思い切り仰け反って床板に後頭部を強打。目の前には、一匹の猫がちょこんと座っていた。
「むぐぐぐ(いってええ……!)」
「おい、今の音なんだ?誰かいんのか?」
(ま、まずい!)
坊主頭の輩に気づかれた。床下は狭く、逃げようにも後ろには猫。こんなところで!
「にゃあん」
「……なんだ、猫か。ったく、どっから入りやがった?」
あの男の足音が遠ざかる。
(……バレてない?たかが猫の鳴き声だけで!?)
生まれて初めて猫に感謝したことに我ながら驚いたが、この鳴き声がいけなかった!
「じゃあ、これありがと!持ってくね〜。あと、引き続きよろしくね〜!」
「おう」
アルが建物を出ていく気配がした。
(よし、後はこっそり抜け出して……)
「……にゃあ」
ん?
目の前の猫がもう一度鳴くと、それに応えるように背後からも鳴き声が返ってきた。
したたたっ、したたたたっ。
いつの間にか前後左右から猫が集まってくる。さっきの鳴き真似で仲間と勘違いされたのか、んなバカな。
(……おいおい、待て。なんだこの数は!)
一匹が膝に擦り寄り、もう一匹が尻尾を立てて近づいてくる。後退すれば別の猫、横へ逃れようにもまた猫。床下で身動きが取れないまま、ウェルマーの額から滝のように汗が流れ落ちた。
(囲まれた……八方塞がりだ!)
「おーい、誰かいるのかぁ?」
そこへ巡回中の自警団が二人、騒ぎを聞きつけてやって来た。
しっしっ、と猫を追い払い、片方の男がしゃがみ込んで床下を覗いた。
「……あんた、そこで何してんだ?」
「うおあああああああああっ!!」
「うわっ!?なんだ!?」
かくなる上は!
ドガッ!!
ウェルマーは渾身の高速匍匐前進で男たちの足元へ突進!二人まとめて跳ね飛ばすと、そのまま地面をくるりと受け身。
「ぐえっ!お、おい!待てコラ!」
さらに高速匍匐前進!
ずざざざざざざっ!!
「な、なんだあいつ!?四つん這いで走ってやがる!」
「止まれ!そこの男、止まれぇ!!」
「うおああああああああああっ!!!」
床下を飛び出し、ようやく立ち上がったウェルマーは街道を全力疾走。追いすがる自警団を置き去りに、凄まじい勢いで駆け抜けていった。
「うわっ!なんだ、あのおじさん!」
「すっげー!はやーい!」
「うおあああああああぁぁぁぁ…………!!」
道行く子供たちに悲鳴のドップラー効果を置き去りにしながら、ウェルマーはあっという間に姿を消した。
しかし、その背後にはもう一つ奇妙な光景があった。
したたたたたたたたっ!
工房の床下から飛び出した猫たちが、一団となってウェルマーを追いかけているのだ。
「にゃあああん!」
「みゃあああ!」
「うおああああああ!!ついて来るなぁぁぁ!!」
一方、修道院の門前では。
大きな麻袋を抱えたアルが、遠ざかっていく土煙を眺めながら楽しそうに手を振っていた。
「じゃーねー、おにーさん!」




