003話01 地下室は夜会の賑わい
◻️登場人物
アラル=エーテル(アル)/15歳。風魔法と双短剣を操る超速の軽剣士。幼さ残る美少年で、わがまま甘えん坊な天邪鬼。基本無責任だが言葉は核心を突く。
ウェルマー=アーマディロ/28歳。淡黄色の短髪と屈強な体躯を持つ重戦士。猪突猛進な熱血漢だが、観察眼と判断力に優れる。情に厚く、酒好き。驚くほど地声の声量が大きい。
ギィ……ギギギギ……
沈黙の中、朽ちた廃屋は喘ぐように軋んでいた。
ウェルマーは、額から落ちる汗をぬぐいもせず、呼吸を極限まで浅くして、暗闇に身を沈めた。
埃。錆びた鉄の匂い。湿った腐臭。それらとは異質な――何かが、ここに"在る"。
――ガタッ!
鋭い物音に、心臓が跳ねた。
振り返る。だが、そこにはただ、暗がりと廃材の影。
それでも、確かに"何か"が動いた。
目を凝らす。視界の隅で、黒い何かが素早く駆け抜けた。
形は掴めない。だが、そこに意思のようなものがあるのは、痛いほどわかった。
(……幻覚…いや違う。)
ウェルマーは唇を噛み締める。
あの動き。あの気配。
己にとって最も忌むべき存在。
だが、認めたくない。
ぴちゃ……ぴちゃ……
耳元に届く、湿った舌なめずりの音。
そして、ギシ……ギギィ……天井からも、床下からも、音が這い寄ってくる。
何かが、蠢いている。
いや、蠢くだけではない。
こちらに向かって、じわじわと距離を詰めてきている。
「アラル=エーテル、話し合おう」
(来るな……頼む、来るな……!)
内心で絶叫する。
だが、祈りなど無意味だった。
ゴゴゴゴゴ……
地鳴り。
足元が震え、壁が悲鳴を上げる。
床が傾き、支えを失ったウェルマーは――
「むむむぐぐぐ…(なんだ…なんなんだ!これは!!)」
ドン!
積まれた棚に激突した。
崩れ落ちる木材。
その隙間から、ざらざらとした白い粉末が、どさっとウェルマーに降りかかった。
甘ったるく、しかしどこか鈍く危険な香りが鼻腔を満たす。
意識がぼやける。
「…むぐ…やばいぞ」
( アラル=エーテル、もういい、止めてくれ!)
警鐘が鳴る。
けれど、体は言うことを効かない。
その時だった。
――ざっ……
闇が、走った。
滑るような音。沈み込むような気配。
あらゆる方向から、一斉に迫ってくる"何か"。
赤く、ぎらぎらと光る点。その数、十、百、あるいはもっと。
それらが、静かに、冷たく、ウェルマーを包囲していた。
ドン!
ゴリッ!
衝撃。
何かが、ウェルマーの腕に触れた。
冷たい感触。
鋭い"何か"が、肌をかすめた。
牙のように尖ったものが、肉を割こうとする。
「むぐぎゅひぢぁっ!」
(俺が悪かった!頼む……頼む……!)
逃げたい。
振り払いたい。
だが、体は金縛りに遭ったかのように動かない。
赤い光が瞬き、耳元で湿った呼吸が鳴る。
鼻腔を撫でる甘い芳香が意識を誘う。
腹に、背に、顔にまとわりつく、冷たく粘り気を帯びた感触。
まるで、内臓を愛でられるような絶望。
「むぐあああああああああああああッ!!」
(アラル!エーテルゥゥゥゥ!!!)
絶叫。悶絶。残骸。
地鳴りに舞い上がった埃と、零れ落ちた白い粉末が月明かりをキラキラと反射してとても綺麗だった。
地下の闇にねじれるように、静寂がウェルマーを呑み込んでいた。




