二話14 年上はぷっくり笑う
先程まで船中を走り回っていたホシミも流石に疲れたらしく、食事を前にして机へ突っ伏し、そのまますうすう寝息を立てていた。取り合いになっていた小さなサラマンダー二匹もホシミの腕の中で丸くなり、すっかり一緒になって眠っている。
同じテーブルを囲むジオ、サーラ、ネイディーン、そしてトレド。
食事を続けながらホシミを眺めていたサーラが、ふと思い出したように口を開いた。
「……娘さんだったのか。それにしては年が離れすぎているのでは?」
トレドは紅茶を一口飲み、いつもの穏やかな調子で答える。
「ホシミは私の晩年の子でね。ああ見えて、歳は今年で二十になります。幼く見えるのはその病気のせいですよ」
サーラは口へ運び掛けていた食事を止めた。
(俺より年上だった)
ほぼ同時にネイディーンもホシミの寝顔を見る。
(おねーさまだった……)
「何だ、孫じゃなかったのか」
二人が何とも言えない顔になっている横で、ジオだけは茶碗片手にふん、と鼻を鳴らした。
「……娘のようなものですよ」
「はっ、ただのちんちくりんじゃねーか。はは。無駄な年の取り方したもんだ」
「ジオォ……失礼すぎるぞ」
サーラの声が少し低くなったが、本人は気にもせず空になった器をトントン叩く。
「それより報酬だが、サラマンダー一匹――と言いたいところだが……。あの赤い指輪でどうだ?もうホシミには要らんのだろ?」
トレドは少し考えてから頷いた。
「……ふむ、そうですね。それは構いませんよ」
「よし。それともうひとつ。ミモザ=カプリチオについて」
「おいっジオ!!」
ガタンッ!
サーラが慌てて立ち上がり、倒れ掛けた椅子を足で止めながらジオの肩を掴んだ。しかしジオはびくともせず、そのままトレドを見る。
「旦那の仇敵だってな。どんな奴なんだ実際」
それまで黙っていたネイディーンが視線を落とした。
トレドも僅かに目を細める。
「ふむ、どうしてそれを……?私の正体も知っているという事ですかねぇ」
静かに立ち上がったトレドが、右手をローブの内側へ滑り込ませる。
サーラはジオの肩から手を離し、ネイディーンもすぐ動けるよう椅子から身体を浮かせた。
トレドが取り出したのは、小さな袋。
「……何それ。」
「珈琲豆ですよ」
袋の口を開け、中身を確認している。
「その話、長いですよ?ちょうど美味しい豆が手に入ったので、ぜひご一緒しましょう」
ガリガリガリガリ……。
何事も無かったように珈琲豆を挽き始めたトレドを見て、サーラは大きく息を吐きながら椅子へ座り直した。
「脅かすなよ……。」
トレドの昔話は、本当に長かった。
ミモザ=カプリチオは学生時代からの同期であり、自慢の友人だったという。
互いの研究成果を競い、魔法について語り合い、この先どんな世界を作るべきなのか、若い頃は何時間でも理想をぶつけ合った。
ただ、歳を重ねるにつれて同じ場所を見ていた二人の考え方は少しずつ離れていった。
ミモザは世界を“修正”するために。
トレドは世界を“守る”ために。
最後には同じ目的を口にしながら、全く違う道を歩くようになった。
もう十五年ほど会っていない。それでも今になって嫌いになれと言われても難しい、とトレドは珈琲を飲みながら笑った。
「やぁ、学生って良いですね。理想と現実のギャップが、成長の糧になるんですね」
ネイディーンがしみじみと呟く。
その横ではジオが机に突っ伏していた。
「すー……すー……zzz」
サーラは横目で見て苦笑する。
「俺たちも仕事柄、色々恨みを買うことが多くて。その中で、国の魔導師様から名指しで召集されました。伝令役に理由を聞いても『知らぬ存ぜぬ』ばかり……。でもトレドさんの話を聞いて安心しましたよ。ちゃんとした方だって」
「……魔女っ子アイドルの熱烈なファンだったこともな。ぷぷぷ……スースーzzz」
寝たままジオが口を挟んだ。
サーラが呆れた顔を向け、トレドは気にした様子もなく微笑む。
「しかしジオ君は、これからどうするつもりだい?」
「グーグー……」
当然返事はない。
トレドは仕方なくサーラとネイディーンへ向き直った。
「おや?ホシミとの契約の話は聞いていないのかい?」
サーラとネイディーンが顔を見合わせる。
「契約……?」
その時、寝ていたジオが突然むにゃむにゃ喋り始めた。
「お花ばたけが綺麗だねぇ……ふふふ……ん、誰が頭がお花畑だとっ!?!!」
ガバッ!
勢いよく起き上がる。
またいつもの夢だったらしい。
時計を見ると、既に朝の九時。
ジオにしては珍しい早起きだった。
デッキへ出ると、潮風に混じって市場の騒ぎ声が聞こえてくる。船は既に港へ着いており、朝の日差しの中でネイディーンが食事を取っていた。
「おうっ、おはようさん」
「おはようございます、ジオさん」
「こんな早朝に何かあったの?」
「早朝って……寧ろ遅いくらいじゃ?」
ネイディーンが顔を上げてジオを見た。
ぶーーーーっ!!!
盛大に茶を吹いた。
寝ぼけたジオは一拍遅れて気付き、首だけ左右へカクカク振って避けようとしたが、当然ながら全く避けられていない。
「全然避けられてないじゃない……ぷ、ぷ、ぷーー!や、やめてください、笑いすぎてお腹痛い!」
ネイディーンは腹を抱え、椅子からずり落ちそうになりながら笑い続けている。
「何だよ。」
ジオは訳が分からないまま窓へ顔を寄せた。
少女漫画みたいにキラキラした目元。
両頬にはハート。
そして額には大きく、
『にゃんこちゃんLOVE♡』
「アホォシィミィ……あの野郎……!!」
ジオが低く唸る。
「……ふふふ。君たちといると、毎日が楽しそうだよね。あははは」
まだ笑っているネイディーンのところへサーラがやって来た。
「あの二人なら、朝早くに発ったよ」
「そうね、それじゃあ、私もそろそろ……」
ネイディーンが立ち上がったところで、サーラがジオに向けて指先で何かを弾いた。
「ほれっ」
ピンッ――。
赤い指輪。
ジオが片手で受け取り、見覚えのあるそれを眺めて口元を上げる。
「そう、これこれ。これさえあれば、俺最強説も有力なんじゃ?」
そのまま指輪を装着したところで、ふと何かに気付いた。
「で、サーラ。なんでにゃんこちゃんファンのこと、ホシミが知ってるんだ?」
「あ、バレた」
ジオは無言で魔杖を構えた。
「炎竜よ天高く昇れ!そしてサーラを穿て!ファイアボール1000万パワー!!!ふははっ!」
「待てジオ、それ――」
ドッゴーン!!
プスプスプス……。
爆音のあと、サーラは何事もなかったように立っていた。
その正面。
ジオだけが黒焦げになり、魔杖を構えた姿のまま固まっている。
頭から細い黒煙が上がった。
既に帰路についていたホシミたちにも、港の方から立ち上るその煙はよく見えていた。




