二話13 取り分は不可分
サーラの声が船室に響く。
「で、今ちょうど、飯の準備ができたところ」
ぐぐぅ~~~。
部屋の外から腹の鳴る音。
「……。」
サーラが扉を見る。
ドタドタダダダダ!!
バタン!!
「ちょっと待てごらぁ!それは俺んだ!」
扉が勢いよく開き、ホシミが船室へ飛び込んできた。そのすぐ後ろからジオ。
「ちょっと!いや!もう離してよ!きもいきもいきもい!いや!もう、いや~!!」
ホシミは何かを抱えたまま、狭い船室をぐるぐる逃げ回っている。ジオもその後ろを本気で追いかけていた。
「待てって!返せ!」
「いや!!」
ネイディーンが何事かと立ち上がったところへ、ホシミが飛び込んでくる。
「ちょっと、おねーちゃん、あのキモジオに襲われる!骨までしゃぶられて売り飛ばされる!助けて!スカンクいや~!」
そのままネイディーンに縋り付いた。
「え?ちょ、何?」
状況が全く飲み込めない。
ホシミは乱れた髪のままネイディーンの足元をするりと潜り抜け、反対側へ逃げる。追ってきたジオが、その後ろへ手を伸ばした。
「ひゃあ!あんた、なにしよるね!」
咄嗟にネイディーンの膝が飛ぶ。
ひゅっ!
ジオは首だけ傾けて避けた。
「危ねぇ!」
その隙にホシミは窓へ駆け寄る。
ぴょんっ。
そのまま窓から飛び降り、デッキへ逃走。
「待て、こら!それは俺んだ!」
ホシミを追いかけて窓から外に飛び出すジオ。
ばしゃーん!
しかし、窓の外は海。ジオはそのまま海に飛び込んだ。ホシミはジオをやり過ごし、ぶら下がった窓枠から部屋に戻ってきた。
「この子たちは、私の子なんだから!キモジオにはあげません!」
「ざけんな!」
ようやく何を取り合っているのか見えた。
ホシミの両腕に抱えられているのは、サラマンダーの幼生が二匹。
昨日まで人間を丸呑みに出来そうな化け物だったものが、今ではぬいぐるみ程度の大きさ。ホシミの腕の中にすっぽり収まり、本人たちは随分大人しくしている。
暫くして。
ぬうっ……。
獲物を狙う鮫のような鋭い目つきで、高速バタフライよろしく飛び降りた窓へ一足跳びに帰ってくるジオ。
「ふしゅううう~~……」
全身から湯気。
「ぎゃあ!動きがキモい!キモジオが戻ってきた~!!」
またデッキの方からホシミの悲鳴。
サーラはその声を聞きながら頭を抱えた。
「朝からずっと大喧嘩でさ。もう手に負えない……」
ジオの必死な顔を茶化しつつ、ホシミは廃坑での魔法訓練を思い出していた。
何度も何度も火球を撃ち、壁には大小いくつもの焦げ跡が残っていた。
ホシミは魔杖を弄りながら、改めてジオへ向き直った。
「いいか、ジオ。サラマンダーを使い魔にするためには、やる事は2つ。一つ目は同系統の理力、つまり餌を与え続け、敵でない事を認識させること。二つ目は、腹いっぱいになる迄、理力を更に与え続ける事だ。同系統以外は只の挑発になるから要注意だ」
ジオは暫く黙って聞いていた。
「と言うことは、ただ殴り続けりゃいいってことだな。」
「うん、私がコントロールするから好きに魔法を使っていいぞ。その点は今は合理的に考えよう」
理解が早いのか、何も理解していないのか微妙なところだった。ただジオの場合、下手に細かいことを考えさせるよりその方が巧くいく可能性もある。
「精霊が使い魔になれば、お前の病気も治るというわけか?」
「うーん、治る訳ではないけれど、人並みにはなれると思う。精霊を介する触媒と理力源、私にはこの二つが欠けてるの」
ホシミは自分の指先を見た。本来ならそこにあるはずの指輪はない。
「あの指輪が触媒であり理力源というわけね」
「そうよ」
「そうか、あの指輪は不可欠か。最悪、俺を触媒にできるんだな?指輪が間に合わない場合は、その方法で行こう」
あまりにも簡単に言うので、ホシミは一度黙った。
「……待て。その前に説明しておく」
「ん?」
「ホワイトライアー・プレッジ。契約魔法だ。簡単に言えば、お前の理力そのものを私の使い魔にする」
ジオは首を傾げる。
「俺が使い魔になるんじゃないのか?」
「お前じゃない。理力だ。契約が成立すれば、私はお前を触媒として、お前の理力を私の意思で自由に行使できるようになる」
ホシミはそこまで言って、少し言葉を選んだ。
「しかも普通の契約とは違う。ホワイトライアー・プレッジは強力な呪いの一種だ。極端な話、お前が嫌だと言っても、私はお前の理力を好きなだけ持っていける」
ジオは黙って聞いている。
ホシミはその顔を見ながら続けた。
「戦ってる最中でも、寝ていても、お前が何をしていても関係ない。私が必要だと思えば勝手に使える。だから……本当に良いんだな?後悔しないな?」
少し間が空いた。
ジオは魔杖を肩へ担ぐ。
「好きに使えばいい」
「……は?」
「必要なんだろ?だったら使えよ。」
ホシミが思わず眉を寄せる。
「お前な、そういう話じゃない。私がお前の許可なしに――」
「だから許可してんじゃねぇか。今」
ジオは笑った。
「好きに使え。足りなきゃもっと持ってけ。どうせ俺一人じゃ巧く使えてねぇんだろ?」
「……。」
「ただし死ぬのは無しな。俺まだやりたい事あるからよ。ははっ」
ホシミは暫く何も言えなかった。
こちらは、それなりの覚悟をして説明したつもりだった。普通なら警戒して当然で、むしろ断られても文句は言えない。
馬鹿なのか。
多分、馬鹿なのだろう。
だが少なくとも、裏はない。
「……報酬はきちんといただくからいいんじゃねえの?」
「そうか」
「まあ、情けは無用、人の為ならずって言うしな」
「それは……」
違うと思う。
少し離れた暗がりでも、
(違うと思いますよ)
トレドも同じことを考えていた。
「と、言う訳だ。トレドの旦那、そこにいるのは分かってんだ」
「……!」
ホシミが勢いよく振り返る。
「居たのか!」
岩陰からトレドがゆっくり姿を現した。
「ふむ……娘を必要としてくれるのですか?」
ジオは特に驚きもせず、
「報酬次第だな」
即答。
ホシミは横目でジオを見る。
先程まで自分の理力を好きに使えと言っていた男と、今しっかり報酬交渉している男が同一人物とは思えない。ただ、恩を売るつもりも、見返りのない善人を気取るつもりもないのだろう。
アフォだが、分かりやすい。
ほんの少しだけ、それで良いと思った。
「成功報酬になるが、私ができる事なら、望むものを用意しよう。どうか望むようにしてやってほしい」
「なら、話は早い」
ジオはそう言うと魔杖を持ち直した。
ホシミも自分の魔杖を構える。
まだ信用したわけではない。ただ、少しくらいなら背中を預けてもいい。
今のところは。




