二話11 サラマンダーは炎がお好き
ホシミが片手を高く上げた。
詠唱に合わせ、サラマンダーの周囲へ幾重もの魔法陣が浮かび上がる。
ボウッ、ボウッ、ボウッ!
その中から次々と現れたのはフレイムゴーレム。
一体、二体どころではない。
「行け!」
ホシミが手を振り下ろす。
ドドドドドドドッ!!
無数のゴーレムが一斉に突っ込み、サラマンダーの四肢へ取り付いた。
腕を押さえ、脚を抱え、数で無理矢理ねじ伏せる。
ブオオオオオッ!!
暴れるサラマンダー。
それでも離れない。
そのまま巨体を持ち上げ――
ズガアアアアンッッッ!!
仰向けに叩き付けた。
少し離れた場所で、その様子を見ていたトレドが静かに口を開く。
「ふむ、見ていられませんね。盲信は身を滅ぼす諸刃の刃。心が折れるなら、捨て去る強さを持って欲しいものです」
サラマンダーの腹が完全に露出した。
「ブレスが止んだ!今だ!」
ジオが魔杖を向ける。
「ファイアボール100倍!シュートッ!!」
ガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!
百を超える剛火球が一気に飛んだ。
腹部へ次々命中し、その度に爆炎が膨れ上がる。
ボン!ボボボボボン!!
その横でホシミの身体がぐらりと傾いた。
「……っ」
ドクンッッッ――ブシュ。
膝から力が抜けた。
そのまま倒れる。
「ホシミちゃん!」
ネイディーンが駆け出した。
ホシミは動かない。
全身の魔力を使い切り、意識を失っていた。
「ホシミちゃん!ホシミちゃん!!」
ネイディーンが抱き起こす。
サーラも戦闘を切り上げるようにして駆け込んだ。
その直後。
ズゴゴゴォォォォォァン……!!
炎に包まれたサラマンダーが、取り付いていたフレイムゴーレムごと塔へ激突した。
古い石壁が崩れ、何十もの瓦礫がその上へ落ちていく。
暫くして、何も動かなくなった。
「やったのか……?」
サーラが息を切らしながら呟く。
だがネイディーンはそちらを見てもいない。
「こんな子供に、何をやらせているんだ、私は……!」
目を潤ませながら、魔杖を掲げる。
「アクシアム――」
魔力付与。
淡い光がネイディーンの手元からホシミへ伸び――途中で消えた。
「……え?」
もう一度。
届かない。
「どうして……?この子、魔力を……受け付けない?」
「ジオくん、これを使いなさい!」
トレドの声。
ピンッ。
何かが宙を飛んだ。
赤い指輪。
「規格外の指輪だ。君に扱えますか?」
パシッ。
ジオが片手で受け取る。
赤い石を一度見て、それからトレドを見た。
「……あんた、遅かったな」
声はいつもと変わらない。
だが、目だけは笑っていなかった。
その時。
ガラ……。
瓦礫が動いた。
サーラが振り返る。
ガラガラガラッ!!
フレイムゴーレムの破片を押し退け、サラマンダーの幼生がゆっくり身体を起こした。
面倒そうに首を振る。
そして真っ直ぐこちらを見る。
「……効いちゃいないのか?」
サーラの顔が引き攣る。
ネイディーンはホシミを地面へ寝かせ、その前へ出た。
「私が時間を作ります!その間に皆さん逃げて!」
「待ちなさい。メインディッシュがまだですよ」
トレドの声で、全員の動きが止まった。
「ホシミ、諦めて帰るかい?ジオ君も巻き込まれて、困惑しているよ」
返事はない。
「サーラくん、ホシミちゃんを安全なところへ!」
ネイディーンが叫んだ、その時だった。
塔の奥で赤い光が灯る。
二つ。
さらに奥。
また二つ。
「……え?」
ぐおおおおおああああ〜!!!
空洞全体が震えた。
熱風が吹き抜け、砂埃と灰が一気に舞い上がる。
瓦礫の奥から、サラマンダーの幼生が這い出してきた。
一体。
さらに後ろから続く。
「6匹か……!」
サーラが歯を食いしばった。
しかし、それで終わりではなかった。
幼生たちの後方。
赤い光がゆっくり持ち上がっていく。
ズズズズズ……。
「……。」
誰も声が出なかった。
教会ほどもある巨大な身体。
岩壁と見間違うほどの胴体が、暗がりの奥からゆっくり姿を現す。
母体。
その一歩だけで地面が揺れた。
ホシミを抱えていたネイディーンも、サーラも、その巨体を見上げたまま動けない。
「諦めねえよ」
ジオの声がした。
「……ジオ?」
薄く意識を戻したホシミが顔を上げる。
ジオはサラマンダーを見たまま言った。
「こいつは、諦めない、負けないために、いつだって自分と戦ってるんだ。他人が勝手に終わらせんじゃねぇ!!」
ブオオオオオオオオオオオッ!!
母体が吠えた。
腹に響く咆哮。
ホシミが目を閉じ、一度だけ大きく息を吸った。
「……ジオ、もう少し……あと少しだけ、手伝ってくれるか?」
「おお、次は何倍だ?」
ジオが赤い指輪を指にはめる。
ボッ。
炎が漏れた。
次の瞬間。
ゴオオオオオオッ!!!
ジオの全身から今までとは比較にならない炎の魔力が噴き上がった。
「うおっ……!」
サーラが思わず半歩退く。
ホシミは両手を上げた。
震えている。
ネイディーンが後ろから腕を支える。
「ホシミちゃん、無理は――」
「大丈夫。まだやれる」
サーラも反対側へ回り、対物理強化をかけた。
折れそうな細い腕を、二人で支える。
ホシミが照準を合わせる。
「……行くぞ!」
オオオオオオオオオオオオオオ!!!
ジオの炎が一気に膨れ上がった。
「ファイアボール一千万倍!!!!!」
空洞の上半分を埋めるほどの巨大火球が生まれた。
熱だけで瓦礫が赤く焼ける。
岩肌がぱきぱきと割れ、足元の砂が舞い上がった。
「最大火力だ!ホシミ!意識を保て!持ってかれるな!!」
ジオがホシミの頬を思い切りつねる。
「いたぁあああああああい!!!!!何してくれてんだこのバカスカンク!!!」
「はぁ!?何言ってるか聞こえねぇー!」
ゴオオオオオオオオ!!!
爆音でまともに声が聞こえない。
「臭いっていってんの!!!!」
「何だってぇ!?」
巨大火球が前へ動いた。
一瞬遅れて、凄まじい爆風。
母体が大口を開ける。
幼生たちも一斉に吠えた。
そして、
ドッッッッッッゴォォォォォン!!!!!!
全部まとめて炎に呑まれた。
母体。
六体の幼生。
崩れた塔。
瓦礫。
フレイムゴーレムの残骸。
赤い光以外、何も見えなくなる。
ゴオオオオオオオ……。
暫くして、少しずつ炎が引いた。
音も消えていく。
焼けた岩がぱちぱちと鳴り、黒い煙だけが天井へ昇っていた。
誰も喋らない。
ホシミも、ジオも、サーラも、ネイディーンも、炎の消えた先をじっと見ていた。
動くものはない。
……そのはずだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
足元が揺れた。
サーラがゆっくり下を見る。
今度の揺れは、さっきまでとは違う。
さらに強くなる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
大地そのものが、また動き始めた。




