二話09 規格外は屁の香り
――数刻前。
坑道の壁際。照明魔法のぼんやりした光の下で、ジオとホシミは向かい合っていた。
話しているのは魔杖と魔法理論について。
内容の割には、随分長いこと続いている。
「魔杖は媒質だ。魔力を最適化し、無駄なく魔法を運用するためのプロトコル。さらに多様なスクリプトやパラメーターなど、連続または多重かつ難解な魔法体系は……実に人間らしい功罪だな」
「ほほう」
ホシミはそう言いながら、魔杖をくるくる回した。
「だからこそ、お前は当て嵌まらないのかもしれない」
「ほう?」
ジオが少しだけ眉を上げる。
「所謂規格外、だ」
「ほほう?」
「ジオにとって、魔杖はブースターどころか……ブレーキだ。触媒を介せず魔法を行使できるか?難しいだろうが……」
「こうか?」
ジオは腰の杖を外し足元に転がした。
「……セットファイア!」
ズガーンッ!
ほぼ同時。
ジオの全身から炎が爆発した。
「きゃんっ!」
まともに爆風を喰らったホシミが、ころころ後ろへ吹っ飛んだ。
「おっ、大丈夫か!?怪我はないか?」
慌てて駆け寄ったジオが手を差し出す。
火傷はない。
ホシミは尻もちをついたまま、暫くぽかんとその手を見ていた。
「……ん。同情か?私の姿に」
「あん?普通助けるだろ」
ホシミは差し出された手を取った。
「……普通、か。」
起き上がっても、手をすぐには離さなかった。
「……私も、フツーに生まれたかったよ」
先程まで魔法理論をべらべら喋っていた声が、少しだけ小さくなる。
「フツーに学園に行って、フツーに泣いて笑って、怒って。誰かと夢を語り合ったり、悩みを相談したり、談笑したり……恋をしたり。全く悩みの無いアフォなお前が羨ましい。今回が、フツーに戻れる最後のチャンスかも知れない。私はまだ、私を諦めたくないんだ」
ジオはホシミの顔を見た。
「……俺もだ」
「……ジオ」
ホシミの目が少し潤む。
「アホシミが」
「……アホシミ」
数秒。
「……アホじゃ無い」
「違った、アフォシミか」
「……バカ威力だけのアンコントロール男ジオ。実戦で使えない男No.1ジオ。本番で役に立たないアホ面ジオ。最後っ屁だけ爆音スカンク男ジオwww。ぽふっwww」
「アフォーアーフォ!」
「さっさとゴーレムの下敷きになって来い!アフォジオスカンクが!」
「って誰がアフォだ!アフォシミ!……って誰がスカンクだとぉ!」
ドゴーン!!
近くで岩盤が跳ねた。
二人揃ってそちらを見る。
フレイムゴーレムの腕が地面へめり込み、砕けた石がばらばら飛んで来た。
ホシミは即座に魔杖を構えた。
「理力操作は私が補う!私から離れるな!」
「……ああ。お前の好きにしろ」
「ジオも、好きに魔法を使って良いぞ」
ジオが笑った。
――そして現在。
フレイムゴーレム数体が、狭い坑道を塞ぐように迫って来る。
岩の身体の隙間から炎が噴き出し、踏み込む度に地面が揺れた。
その一体が両腕を振り上げる。
ジオは避けない。
「……セットファイア」
ズッガーン!!!
炎が爆ぜた。
爆風と熱気が坑道いっぱいに広がり、覆い被さって来たフレイムゴーレムがそのまま後ろへ吹っ飛ぶ。
「突然するな!お馬鹿者!」
ホシミの怒鳴り声。
「好きに使えっつったろ!」
「限度があるだろ!」
そこへ奥の坑道から足音。
「ネイディーンさん、急いで!」
「あれは……ジオさんと、ホシミちゃん?」
サーラとネイディーンが瓦礫を越えて駆け込んで来た。
「おう。無事で何より」
ジオは軽く手を上げた。
ネイディーンは足を止めるなり、ホシミを見る。
「ホシミちゃん、この先は危ない……」
返事がない。
ホシミは魔杖を構えたまま、フレイムゴーレムを見ていた。
さっきまで泣いたり怒鳴ったりしていた顔とは違う。
口角だけが明らかに上がっている。
ネイディーンは続きの言葉を飲み込んだ。
サーラはホシミを一度見て、それ以上は何も聞かない。
「いけるか?」
ジオが拳を鳴らした。
「おお、こっちは任せろ」
サーラは薄暗い坑道を見回す。
炎の向こう、まだ動いている巨体を数えた。
「よし。フレイムゴーレムが6体、ネイディーンさん援護頼む」
「え?は、はい!」
ズン、ズンと六つの巨体が距離を詰めて来る。
今度はジオもホシミも動かなかった。
ジオが拳を握る。
その隣で、ホシミの魔杖に魔力が集まり始めた。




