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第二十九話:ひなの中の種

 ひなの中に陽菜がいる。

 その言葉の意味が理解できなかった。


「……なにを、言ってるの……?」


 陽菜は静かに微笑んだ。けれどその笑顔は、どこか寂しかった。


『わたしが最初に咲いた時、花は世界に広がった』


 白い花弁が舞う。


『でもね、本当は全部暴走したわけじゃなかったの』


 春人が顔を上げる。

 陽菜は続ける。


『わたしも怖かったから、止める方法を残したの……』


 風が吹く。

 花の海が揺れる。


『だから種を残した』


「種……」


『もし世界が間違った方向へ進んだら、終わらせるための種』


 ひなの胸が嫌な音を立てる。

 陽菜の視線が真っ直ぐ向けられる。


『それが、ひなちゃん』


 ひなは息を吞んだ。


「私が……種?」


『うん』


 陽菜は頷く。


『花を咲かせる種じゃない。花を終わらせるための種』


 春人の表情が固まる。

 その真実を知らなかった。


「陽菜……」


 掠れた声で陽菜の名前を呼ぶ。

 陽菜は春人を見る。


『ごめんね。言えなかったの……』


 春人は何も言えない。

 何百年も探し続けていた答えが、今ようやく目の前にある。


『ひなちゃんは特別な人間なんかじゃない。選ばれた存在でもない。英雄でもない』


 陽菜は静かに言う。


『ただ、わたしの願いの欠片を持って生まれた子』


 ひなの頭が真っ白になる。

 だから咲かなかった。花の声も聞こえた。春人にも見つけてもらえた。

 全部。全部最初から繋がっていた。


「じゃあ……」


 ひなは唇を震わせる。


「私がいれば、世界は元に戻るの?」


 陽菜は少しだけ黙った。

 その沈黙がひどく嫌な予感を連れてくる。


『全部は戻らない……』


 ひなの身体が強張る。


『花になった人たちは、もう人間には戻れない』


 春人が目を閉じる。

 その答えを知っていたみたいに。

 ひなは俯く。

 胸が痛い。

 お母さん。先生。近所のおじさん。みんな、みんな……帰ってこない。


『でも』


 陽菜が続ける。


『開放することはできるよ』


 風が吹く。


『苦しみを終わらせることも、眠らせてあげることもできる』


 無数の花が揺れる。


 まるでその言葉を待っていたみたいに。


『だから、選んで……』


 陽菜はひなを見つめる。

 その瞬間花の海の奥から、無数の声が響いた。


『かえりたい』


『おわりたい』


『あいたい』


『ねむりたい』


 世界中の花の声。

 何百万。何千万。数えきれない声。

 ひなは耳を塞ぐ。

 それでも聞こえる。心へ直接流れ込んでくる。


「やめて……」


 涙が滲む。


「やめてよ……!」


 苦しい。悲しい。寂しい。

 みんな同じだった。

 残ったのに。忘れられなかったのに。それでも、苦しかった。


『ひなちゃん……』


 陽菜の声が優しく響く。


『お願い……』


 白い光が強くなる。


『みんなを、眠らせてあげて……』


 その瞬間、どくんと世界が大きく脈打った。

 ひなの胸が熱くなる。


「っ……!」


 心臓の奥。今まで眠っていた何かが、身を覚まそうとしていた。

 春人の顔色が変わる。


 「ひな!」


 ひなの胸に、淡い光が浮かぶ。

 皮膚の下を白い線が走る。

 まるで、花の蔓に似ている。でも違う。

 それは今まで誰にもなかった光だった。

 陽菜は静かに目を細めた。


『やっと』


 嬉しそうな声。


『芽吹いた』


 ひなの身体の奥で、何かが花開こうとしていた。

 花になる為じゃない。

 世界を終わらせるための最後の花が。

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