第二十八話:最初の花の真実
白い光が世界を満たしていく。
ひなは春人に支えられながら、巨大な花を見上げた。
花弁の奥。淡い光の中に、小さな人影が見える。
七歳ぐらいの女の子。
写真で見た姿と同じ。陽菜だ。
世界で最初に咲いた少女。
『ねぇ、おとうさん』
その声は優しかった。
責める色は少しもない。
『覚えてる?』
春人は小さく頷く。
声が出ないらしい。
『病院のお庭にね、白い花が咲いてたの』
風が吹いて、花の香りが強くなる。
『わたし、ずっと見てた。きれいだなぁって……』
陽菜の姿が少し揺らぐ。
光でできた幻みたいに。
『でもね、本当は怖かったの』
春人が顔を上げる。
『死ぬのが怖かった……』
ひなは息を吞んだ。そんな姿とは逆に、陽菜は笑っていた。けれどその声は小さく震えている。
『嫌だった』
春人の拳が震える。
『もっと行きたかった。もっと遊びたかった。もっと笑いたかった……』
風が止む。
静寂だけが世界を包む。
『だからね、願ったの』
陽菜が空を見る。
『終わりたくないって』
どくん。
巨大な花をが脈打つ。
『忘れられたくないって』
どくん。
『……消えたくないって』
どくん。
花の海全体が揺れる。
ひなは意味を理解し始めていた。
「まさか……」
春人が目を閉じる。
苦しそうに。
何百年も抱えてきた真実を知って。
『あの日、わたしは咲いた。そして願った。願ってしまったの……』
陽菜は静かに続けた。
『“みんなも消えなければいいのに”って』
ひなの背筋が凍る。
陽菜は悪意で世界を壊したんじゃない。
憎しみでも、怒りでもない。
ただ、寂しかったのだ。
陽菜の死にたくない、消えたくない、忘れられたくない。
その願いが花となった。
『人は死ぬ。だけど花になれば残れる。想いも記憶も全部……』
白い花が揺れる。
ひなは花の海を見渡す。
だから花声を持っていた。
だから感情も残っていた。
だから枯れなかった。死んではないから。
別の形で残り続けるためのものだったからだ。
『でも……』
陽菜の声が少し沈む。
『間違ってた』
世界が静まる。
『残ることと、生きることは違ってた……』
春人の瞳が揺れる。
『みんな苦しがってた。寂しがってた。帰りたがってた』
花々がざわめく。
無数の声重なる。
『おかあさん』
『あのひとに、あいたい』
『かえりたい』
『おわりたい』
陽菜の胸が締め付けられる。
陽菜はずっと聞いていたのだ。
世界中の声を。
何百年も。
『だから、終わらせたい』
その言葉に、ひなは顔を上げる。
『もう……終わらせなきゃいけない』
陽菜はまっすぐひなを見た。
初めて。はっきりと。
『だから、ひなちゃん』
ひなの心臓が跳ねる。
『あなたが必要なの』
「……私が?」
陽菜は頷く。
『あなただけが咲かなかった。あなただけがこの花を拒んだから』
風が吹く。
白い花弁が舞う。
『それは偶然じゃない。最初から決まっていたの』
ひなの身体が強張る。
「どういうこと……?」
『だってあなたとわたしは同じだから』
その瞬間ひなの頭の奥で、何かが弾けた。
見たことのない景色。知らないはずの病室。
白い天井。
小さな女の子の笑顔。
そして自分に似た誰かの姿。
「……え?」
ひなの視界が揺れる。
春人も目を見開いていた。
陽菜は静かに言った。
『ひなちゃん。あなたが咲かなかった理由はね』
世界が静まり返る。
風も止まる。
花も揺れない。
陽菜の声だけが響く。
『あなたの中に、わたしがいるからなの』




