第二十四話:咲き損ないの花
眩しさに、ひなは思わず目を細める。
陽菜の涙が落ちた土は、淡い光をが波紋のように広がっていく。
その光は庭の隅々まで染み渡り――やがて止まった。
静寂。風もない。虫の音すら消えていた。
「……終わった?」
ひなは呟く。けれど、旅人は答えなった。
陽菜を庇うように前に出て、庭に奥を見つめる。
その横顔がひどく強張っていた。
「……春人?」
呼んだ、その時。
かさり。土が鳴った。
音は一つじゃないあっちこっちから。
かさり。かさり。かさり、と鳴っている。
湿った土が割れ、そこから芽吹いていた白い芽が異様な速さで伸びていく。
「っ……!」
ひなは息を吞む。
芽は茎なり、茎は絡まり合い、まるで人の指のように空へ伸びた。
けれど、その先には花は咲いてない。
蕾のまま、止まっている。
開けない。開こうとして、開けないのだ。
苦しそうに震えなが夜の庭に、無数の“咲けない花”が立ち並ぶ。
陽菜が小さく震えた。
「……この子たち」
泣きそうな声。
「苦しんでる……」
春人が静かに言う。
「……咲き損ないだ」
「咲き損ない……」
ひなはその言葉を繰り返した。
春人は視線を離さないまま頷く。
「花になりきれなかった者たち」
低く、重い声だった。
「咲くこともできず、還ることもできない」
白い蕾たちが、微かに揺れている。
風もないのに。
まるで、何かを訴えるように。
「……どうして」
ひなの問いに、春人は答えなかった。
代わりに陽菜が胸元を押さえ息を吐いた。
「……わたし……知ってる」
その声に、ひなは振り返る。
陽菜の顔色が真っ青だった。
跡を残したまま、揺れる瞳で庭を見つめている。
「この景色……見たことある……」
「陽菜」
春人の声が張り詰める。
陽菜は震えながら一歩前へ出た。
白い蕾の群れの中へ。
「だめ!」
ひなは咄嗟に腕を伸ばした。けれど、届かない。
陽菜が“咲き損ない”の一つへ指先を触れた瞬間――ぱきん、と。
乾いた音がし響いた。
閉じたままだった蕾に、ひびが入る。
白い殻が少しずつ裂けていく。
その瞬間から、零れたのは花びらだけではなく――ひとつの声だった。
『……たすけて』
ひなは凍りついた。
風の音にも似た、微かな響き。
でも確かに、人の声だった。
次々庭の蕾が揺れ始める。
ざわざわと。
泣くように。呼ぶように。
無数の声が夜を満たしていく。
『さむい』
『いたい』
『まだ、咲けない』
『かえれない』
陽菜が耳を塞ぐ。
「いや……っ!」
春人が陽菜を抱き寄せた。
「聞くな!」
けれど陽菜は、春人の腕の中で震えながら呟く。
「……ちがう」
「陽菜」
「この子たち……」
涙がこぼれ落ちる。
「……わたしが、咲かせたの」
その言葉に世界が、しんと静まり返った。




