第二十話:呼ばれた記憶
その夜、女の子は珍しく寝れないようだった。
布団に入っても何度も寝返りを打っている。
ひなは隣で、その気配を感じていた。
「……眠れない?」
小さく聞く。
暗闇の中で、女の子はこくりと頷いた。
「なまえ……」
か細い声。
「まだ、ぐるぐるしてる」
ひなは体を起こした。
窓から月明りが差し込んでいる。
白い光が床へ落ちていた。
「外、行く?」
聞くと、女の子は少し迷ってから頷いた。
ひなたちはそっと部屋を抜け出した。
階段を下りて、裏庭へ向かう。
夜の風は少し冷たいけれど、昼よりやさしい匂いがした。
土の匂い。草の匂い。
そして、小さな芽の匂い。
“希望”は、月の下で静かに揺れていた。
女の子はその前へ座り込む。
ひなも隣にしゃがみ込む。
「綺麗だね」
そう言うと、女の子は芽を見たまま呟く。
「この子、ひとりじゃない」
「うん」
「ずっと、ここにいたのかな?」
「……かもしれないね」
風が吹く。
葉が小さく揺れる。
その時だった。
「……陽菜」
後ろから声がした。
ひなは振り返る。
旅人だった。
いつからいたのか分からない。
少し離れたところに立って、こちらを見ていた。
でも、その視線はひなではなかった。
女の子へ向けられていた。
「え……?」
ひなの息が止まる。
女の子も振り返る。
旅人はもう一度、静かに言った。
「陽菜」
女の子の目が大きく開いた。
抱えていたぬいぐるみが腕から落ちる。
ぽとり、と土の上へ転がる。
「……っ」
女の子が胸を押さえる。
苦しそうに息を吞む。
「どうしたの!?」
慌てて肩を抱く。
でも女の子はひなを見ていなかった。
もっと遠く。もっと昔を見ているような目だった。
「……ひ……な」
震える声。
「……おとう、さん……?」
その言葉に、空気が止まった。
旅人の表情が揺れる。
初めて見る顔だった。
驚きと痛みと信じられないものを見る顔。
女の子の瞳から涙がこぼれる。
「……あれ」
ぽろぽろと落ちる。
「なんで……泣いてるの……?」
自分でもわからない。だが、涙は止まらない。
ひなはその背をさする。
旅人は動かない。ただ、そのに立ち尽くしていた。
月明りが三人を照らしている。
その時かさり、と音がした。
ひなは顔を上げる。
「……!」
“希望”の芽の先。
小さな蕾が生まれていた。
今までなかった、ふくらみ。
月の下で揺れている。
まるで、眠っていた記憶が、ようやく花開こうとしているみたいに。




