第十七話:芽吹くもの
朝。目がを覚ますと、部屋に中は薄い光で満ちていた。
窓から差し込む朝日が床を照らしている。
ひなはゆっくり起き上がった。
昨夜見たものを思い出す。
花のない場所。
そして、あの小さな芽。
(夢……?)
そう思って布団を出た。
廊下を出て、外へ向かう。
階段を駆け下りて、建物の裏へ回った。
朝の風が冷たい。
胸が苦しい。
息を切らしながら、その場所へ辿り着く。
「……あ」
あった。土の上、昨夜と同じ場所。
小さな芽が、そこにあった。
消えてない。
夜を越えていた。
ひなはその場にしゃがみ込む。
葉の先に朝露が乗っていた。
光を受けて、キラキラしている。
あまりにも小さいのに、なぜか目が離せなかった。
「起きたか」
後ろから声がする。旅人だった。
ひなは振り返る。
「残ってた……」
「ああ」
旅人も芽を見る。
静かな横顔。
「こんなこともあるんだね」
旅人は答えない。ただ、じっと見ている。
その時。
「ほんとだ」
声がした。
見ると、昨日の女の子が立っていた。
ぬいぐるみを抱えたまま、裸足で土の上に立っている。
「起きてきたの?」
ひなが聞くと、小さく頷く。
女の子は芽の前に座り込んだ。
「おはな」
「まだ花じゃないよ。芽だよ」
「でも、なるよ」
迷いのない声だった。
ひなは少し笑う。
「そうだね」
女の子はじっと芽を見つめる。
その目が、昨日より少しだけ生きて見えた。
そこへ、アパートの女もやって来た。
そして、その後ろから老人と若い男も。
誰も何も言わない。
ただ、小さな芽を囲む。
朝の光の中で。
しばらく沈黙が続いた。
最初に口を開いたのは、老人だった。
「……何年ぶりだろうな」
掠れた声。
「花じゃない植物を見るのは」
女が息を飲む。
「ここで育つなんて……」
信じられない、と呟く。
若い男も窓を見る時みたいな空っぽな目ではなく、その芽を見ていた。
ひなは芽を見つめた。
何も咲かなかった場所。何も残らなかった場所。
その土から。
小さな命が顔を出している。
どうしてかはわからない。でも理由なんてなくてもいい気がした。
その時だった。
小さな手がひなの指先を握った。
見ると女の子だった。
「おねえちゃん」
「うん?」
女の子は芽を見たまま言った。
「これで、さみしくないね」
ひなは少しだけ目を見開く。
「……うん」
「ひとりじゃない」
その言葉に、胸がぎゅっとなった。
旅人が隣で静かに空を見上げる。
朝の空は青かった。
どこまでも澄んでいて。
花の匂いのしない風が吹いていた。




