第十五話:空っぽの家
女に案内された場所は、小さなアパートだった。
二階建て。古びた外壁。でも不思議なくらい綺麗だった。
花が侵食した跡もない。
本当に、この場所だけ別世界みたいだった。
「ここ」
女はそう言って、二階の一室を開ける。
ひなはそっと中を覗いた。
「……え」
人がいた。
三人。
みんな生きてる。花にもなってない。
ひなは思わず目を見開く。
「人だ……」
その声に、部屋の奥にいた老人が顔を上げた。
「珍しいな」
掠れた声だった。
長いこと喋っていないみたいな。
隣では若い男がぼんやり窓の外を見ている。
もう一人。
小さな女の子が床へ座っていた。でも。誰も笑わない。誰も驚かない。
生きてるのに。妙に静かだった。
「……この子たちも?」
ひなが聞くと、女は頷く。
「咲けなかった人たち」
ひなは小さな女の子を見る。
年は六歳くらいだろうか。ぬいぐるみを抱いている。でも、その目は妙に空っぽだった。
「こんにちは」
ひなはしゃがみ込んで声を掛ける。
女の子はゆっくりひなを見る。
「……こんにちは」
返事はした。でも感情が薄い。
まるで夢の中の人みたいだった。
「名前は?」
女の子は少し考える。
それから、小さく首を振った。
「わかんない」
胸が痛くなる。
旅人が部屋を見回していた。
「ここには何人いる」
「今は四人」
女が答える。
「前はもっといたけど」
「死んだのか」
女は静かに首を振った。
「消えた」
ひなは息を呑む。
「消えた?」
「朝になると、いなくなってるの」
風が吹く。
カーテンが揺れる。
「花にもならない。何も残らない」
女は窓の外を見る。
「空っぽになった人から、消えてく」
その言葉に、部屋がさらに寒く感じた。
旅人が低く聞く。
「お前は平気なのか」
女は少し黙った。それから、小さく笑う。
「もう、よくわからない」
その笑顔が怖かった。
諦めた人の顔だった。
ひなは思わず旅人の服を掴む。
旅人は何も言わない。でも、その手が少しだけ強く握り返された。
その時だった。ぐい、と袖を引かれる。
「……え?」
見ると、小さな女の子だった。
無表情のまま、ひなを見上げている。
「おねえちゃん」
「なに?」
女の子は小さく口を開く。
「おはなの、においする」
ひなは固まった。
旅人の目が細くなる。
女の子はひなの胸元へ顔を寄せた。
そして。
「まだ、ちゃんといるんだね」
そう呟いて、少しだけ笑った。




