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第十四話:咲けない人たち

 黒く枯れた花弁が、地面へ落ちる。


 ひなは息を呑んだ。


「……え」


 旅人自身も驚いたみたいに、自分の首元へ触れる。

 でも、そこから先は咲かなかった。

 蔓も広がらない。ただ静かに、痕だけが残っている。

 白い服の女がそれを見つめる。


「やっぱり」


「……何がだ」


 旅人の声が低くなる。

 女は少し迷うように目を伏せた。


「ここは、花を殺すの」


 風が吹く。

 ひなは思わず辺りを見る。

 空っぽの街。

 花のない道路。静かすぎる世界。


「だから咲かない」


 女はぽつりと言った。


「咲いたものも、枯れる」


 ひなの肌に鳥肌が立つ。

 旅人は女を睨むみたいに見ていた。


「……誰だ、お前」


 女は少しだけ困ったように笑う。


「名前、忘れちゃった」


 旅人の目が細くなる。

 その反応を見て、ひなは気付く。

 この世界じゃ、それは珍しくない。

 旅人もそうだった。

 長く生き残るほど、色んなものが曖昧になっていく。


「ここには、他にも人がいるの?」


 ひなが聞くと、女は静かに頷く。


「少しだけ」


「花になってない人?」


「ううん」


 女は首を振る。


「咲けなかった人」


 ひなは息を止める。


「……違い、あるの」


 女はしばらく黙っていた。

 やがて、小さく言う。


「花になれた人は、まだ幸せだったのかも」


 その言葉が妙に重かった。

 旅人が眉を寄せる。


「どういう意味だ」


「ここに来た人、だんだん空っぽになるの」


 風が吹く。

 でも、本当に何も匂わない。


「悲しいも、嬉しいも、会いたいも」


 女は胸を押さえる。


「全部、薄くなる」


 ひなはぞっとした。

 それじゃまるで……。


「感情が……死ぬ?」


 女は静かに頷く。


「だから花が咲けない」


 旅人が黙る。

 ひなは旅人を見る。

 この人は今まで、“感情”で生きてた。

 娘を探して。花を弔って。

 苦しみながら旅してた。でもここは、その全部が薄れていく場所。


「……なんでこんな場所があるの」


 女はゆっくり空を見る。


「わからない。でも、昔から言われてた」


 その目が少し遠くなる。


「“最初の花が嫌った場所”だって」


 旅人の呼吸が止まる。


「……陽菜が?」


 女は答えない。

 ただ静かに歩き出した。


「来る?」


「え……?」


「夜になると危ないから」


 ひなは旅人を見る。

 旅人は少し迷っていた。でも今は他に行く場所もない。

 やがて小さく息を吐く。


「……行くぞ」


 ひなは頷いた。

 女の後ろを歩き始める。

 空っぽの街を。

 花のない道を。歩きながら、ひなはふと思う。


(もし。もし本当に花が“人の本音”なら。ここは“誰の想いも届かない場所”なんじゃないかな……?)

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