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第十二話:咲かない場所

『――見つけた』


 鈴みたいな声が、遊園地へ響く。

 ひなは反射的に旅人の腕を掴んだ。


「な、なに今……」


 旅人は答えない。でも顔色が悪かった。

 チューリップたちが、ざわざわ揺れている。

 まるで何かを怖がっているみたいに。


『みぃつけた』


 また声がした。

 今度は近い。

 子供みたいな声。でも妙に冷たい。

 旅人が低く言う。


「走るぞ」


「え」


「いいから!」


 突然、旅人が私の手を掴んだ。

 次の瞬間。遊園地の奥で、ぶわっと大量の花弁が舞い上がる。

 赤。白。青。

 色んな花が渦みたいに巻き上がっていた。

 その中心に、“誰か”がいる。

 小さい影。

 女の子みたいだった。でも顔が見えない。

 花弁に覆われている。


『どこいくの?』


 ぞわり、と鳥肌が立つ。

 旅人はひなの手を引いたまま走り出した。

 壊れた遊具の間を抜ける。

 風が唸る。

 後ろで笑い声みたいなのが聞こえた。


『まってよ』


「旅人、あれ何!?」


「見るな!」


「無理!!」


 ひなは半泣きで叫ぶ。

 すると旅人が舌打ちした。


「……花溜まりだ」


「はなだまり?」


「感情が溜まりすぎた場所に出る」


 意味がわからない。でも旅人の声は、本気で焦っていた。


『さみしい』


『かなしい』


『いたい』


 遊園地中の花が喋り始める。

 チューリップたちが揺れる。

 色んな声が混ざり合う。頭がおかしくなりそうだった。


「っ……!」


 ひなは耳を塞ぐ。でも聞こえる。

 泣き声。笑い声。

 助けを呼ぶ声。

 旅人がひなを強く引っ張った。


「ひな!」


「っ!」


「聞かれるな!」


 その瞬間。後ろで何かが爆ぜた。

 ぶわっと花弁が舞う。

 ひなは思わず振り返る。

 そこにいた。白いワンピースの少女。

 身体中から花が咲いている。

 顔は見えない。でも、笑っていた。


『どうしてにげるの?』


 声だけは、ひどく幼かった。

 旅人の顔色が変わる。


「……陽菜じゃない」


「え」


「でも近い」


 その声は苦しそうだった。

 少女が一歩踏み出す。地面から花が咲く。

 アスファルトを押し破るみたいに。


『おにいちゃん』


 旅人の呼吸が止まる。


『また、いなくなるの?』


 旅人の手が震えた。

 ひなはその顔を見る。

 怖がってる。この人、今、本気で。

 旅人が低く呟く。


「違う……」


『どうして?』


 少女の周囲で花弁が舞う。

 風が強くなる。

 遊園地中の花がざわめいていた。

 その時だった。ぶつり、と音がした。


「……え?」


 花弁が落ちる。

 一枚。また一枚。

 少女の周囲から、花が消えていく。

 風が止まる。

 遊園地が静かになる。


『……あれ?』


 少女が小さく首を傾げた。

 旅人が顔を上げる。


「……ここから北だ」


「え?」


「咲かない場所が近い」


 ひなは息を呑む。

 少女の身体から、次々花が枯れていく。

 さっきまで咲いていたチューリップたちまで。

 色を失っていく。


『やだ』


 少女の声が震えた。


『いや……!』


 旅人がひなの手を引く。


「行くぞ!」


「で、でも……!」


「今しかない!!」


 風が吹く。

 でも。もう花の匂いがしなかった。

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