第36話 旅立ちの前に受け取った最後の灯り
3年生になり、進学か就職かを決める時期がやってきた。
私は奨学金の返済が不安だったし、何より1日でも早く家を出たかったから、
「就職でもいいかな?」
と思ってた。
けど、母はこう言ってきた。
「進学するなら今だけ。社会人になってから学びたいって言われても援助するつもりはない。ただ、進学するなら、地元の短大に家から通え」
と、いかにも自分たちが有利になるような言い回しをしてきた。
姉は一浪してまで、大学で都会に出て、おまけに海外留学するために留年までしてるのに、なぜ、私だけダメなのか? 全く理解できなかったし、完全に兄弟で差をつけられてるように感じた。
私だって本当は、地元を離れて都会の短大に行きたかったし、
「どうしても都会の短大がいい!」
と暴れるように訴えたこともあった。
けど、両親たちは
「お金がかかる」
「1人暮らししながら学校に通うなんて、お前には無理」
と高圧的に言い続け、結局、私は折れた。
地元の栄養系の短大に通うことになった。
それなのに、卒業式が近づいた頃、進学の話になり、父は
「地元の短大に行くって、決めたのはお前だろ!」
母も続けるように、
「別に就職でもよかったけど、進学すると決めたのは、お前なんだから!」
とまるで、自分たちは一切関与してないような言い方をしてきたのだ。
これまで散々脅すように、私を追い込んできたくせに、自分たちが言ってきたことは、全部なかったことにされ、はらわたが煮えくり返った。
「ふざけんな!」
「私をなんだと思ってるんだ!」
「お前らはホント、親になる資格もない奴らだな!」
「私を蔑ろにするのも、いい加減にしろよ!」
と思ったし、この時ほど、
「就職にしておけばよかった」
「就職してたら、思い描いてた人生を歩めてたかもしれないのに」
と何度も後悔した。
高3の時の担任は、身内びいきが激しく、お気に入りの生徒にはとことん甘く、そうでない生徒には
『自分でなんとかしろ』
という態度だった。
私はもちろん、後者だった。
それでも母は、時々私にこう言ってきた。
「担任の先生には、本当にお世話になったんだから感謝しろ」と。
お世話になったかどうかを決めるのは私。
母は毎年、そのようなことを押し付けるように言ってきたから、心底うんざりしていた。
そして、迎えた卒業の日。
式が終わったあと、私は相談室へ向かい、
「短い間でしたが、本当にお世話になりました」
とお別れの挨拶をした。
相談室の先生には、本当にお世話になったし、卒業する時は、
「ちゃんと挨拶したい!」
って思ってたから。
そう伝えると、相談室の先生は、優しく微笑んで言ってくれた。
「こちらこそありがとう。愛羅さんが来てくれたおかげで、この場所は明るくなったし、ここにいた子たちは、元気を取り戻していったよ」と。
胸の奥がじんわり温かくなったが、最後に先生は笑いながら、こう言った。
「いつかは、結婚して幸せになるんだよ。」
私は思わず苦笑した。
複雑な家庭環境で育った私は、昔から結婚願望なんて全くなくて
「一生独身がいい!」
と、しょっちゅう宣言するように言ってたから。
それでも、相談室の先生の言葉は、私の心にそっと灯りを残してくれた。
こうして、私の高校生活は幕を閉じたのでした。




